「その男、ピッグテイル」のこと
語らなくてもいろんなことが伝わる瞬間もあれば、語りたおしても何一つ伝わらないときもある。大切な時間を過ごしているときほど、言葉はたくさん溢れてくるのだけれど、どうにも人に伝えたいと思ったときに言葉が多すぎて、140字じゃとてもうまく伝えられない。
いま、そんな気持ちで11月出演舞台「その男、ピッグテイル」の稽古の日々を過ごしています。(公演詳細→https://tokyo-festival.jp/2020/jitsunashi)
観にきてくださいというシンプルな気持ちを伝えるためにこの文章を書いてるのですが、この1ヶ月感じてきたことにできるだけ言葉を尽くさせてください。
「こんな時期だから」観にきてください
今世の中がどんな状況で、演劇界がどんな状況で、とかは僕なんかが偉そうに書くことではないのですが、演劇のお知らせをもらうときに「こんな時期ですが」という枕詞をよくみるようになりました。
「こんな時期」なんです。今はなにもかもが、とくにお芝居をするには「特別」な時期なんです、きっと。僕はこのお芝居をどうしても「こんな時期だから」観て欲しいと心から思っています。
あまりくわしく内容には触れられないのですが、このお芝居で描かれるのは江戸時代から明治時代になった直後の頃。おそらく、日本の歴史上でももっとも多くの価値観が一変した時代です。
言い換えればそれまでの「あたりまえ」が一気にあたりまえでなくなった時代。家柄で人生を決められるという「あたりまえ」は、自分の人生を自分で選べるという「特別」に。国とは「藩」であった「あたりまえ」は「日本人」という「特別」に。
そして、数々の「特別」に適応していく人、抗う人が混然一体となっていた時代。きっと「こんな時期ですが」の時代。
でも変化が多い時代だからこそ、変わらないものはなにか、ということも同時にみえてきます。痛烈に猛烈に、痛々しく、生々しく、真正面から。今も「変わらないもの」がなんなのか、観て欲しいと思います。
「素晴らしい作品を観ると、観た人の人生のどこかと必ず繋がるんです。これは絶対です。」
僕が所属劇団のAmmoで、マルセル・デュシャンの役を演じたときのセリフの一つで、今も大好きで、大切な一言です。「こんな時期」の今に、繋がって、力になる作品であることを、お約束します。
寺十吾さんの演出作品を観にきてください
寺十吾(じつなしさとる)さんの現場にいくというのは僕の心からの憧れで、目標の1つでした。
僕が今回出演させていただくことになったのは、あとで触れますが同じAmmoの劇団員の仲間である吉村公佑さんが引っ張ってきてくれたおかげです。はじめはアンサンブルという話を聞いていて、寺十さんの現場ならアンサンブルでもなんでも喜んで!という気持ちで臨んだのですが、蓋を開けてみたら、役をいただけました。それも、きちんと役割のある、そして「おいしい」とか「目立つ」とは違った意味で、俳優冥利に尽きると思える仕事をする役所でした。やりがい、しかない。
いま現場でそんな憧れの演出家の演出を受けながら、寺十さんが目の前でシーンを立ち上げていく過程を見逃すものかと外から睨みつけながら、この作品を、31人という出演者ひとりひとりの働きを、何一つ無駄にせんと粘り続ける執念に震えあがる瞬間が数えきれないほどある。誰かが変わる瞬間、場が動く瞬間、一つの演出の違いでドラマがとんでもなく大きくなる瞬間。
やっぱり、すげえ。
とんでもなく、すげえ。
寺十さんの演出するこの作品を、僕の知っている人にも知らない人にも、とにかく観て欲しい。作品に宿るこの執念を、どうか感じてもらいたい。そう、心から思います。
宮崎秋人さんや一色洋平君たちの姿を観にきてください
メインキャストも盤石の布陣で1人につき3000字くらい書き尽くしたいのですが、まず主演の宮崎秋人さんと、10年近くぶりに再会になった一色洋平君についてだけ今は。
いつも稽古場にはできるだけ早く行くのですが、どんなに早く行っても、宮崎さんよりも早く着いた日はありません。どんな日も宮崎さんが誰よりも早くきて、アップをしています。宮崎さんの現場での振る舞い、居方。全てが本当に勉強になる。きちんとお芝居で生きている人の現場でのあり方はこうなんだと、背筋がのびます。かっこいいんだ、本当に。
一色君は早稲田の演劇研究会時代の1期下の後輩で、卒業以来はその活躍自体は一方的に見ながらも、会うことはありませんでした。そのくらい、一色君はものすごいスピードでかけあがって行ったので。なので、顔合わせで会ったときは不覚にも泣きそうになりました。真摯で真っ直ぐな人柄も、とんでもない魅力も、現場でのあり方も、素直に尊敬しています。そんな一色君と、しっかり絡む役でもある今回。彼の情熱にちゃんと応えたいし、自分の芝居が一色君を一層素敵にみせることができたら、本望です。
吉村公佑っていう最高の兄貴を観にきてください
先に少し書きましたが、僕の今回の出演は、先に出演が決まっていた同じAmmoの劇団員の仲間、吉村公佑さんが引っ張ってきてくれて決まったものです。
吉村さんとは3年くらいの付き合いになります。でも、寺十さんと吉村さん、そしてメインキャスト陣に名を連ねている今井勝法さんや中山朋文さんたちの付き合いは10年以上に及びます。寺十さんの演出作品には欠かせない存在の方々です。
僕は吉村公佑という人を、先輩としても俳優としても劇団員の仲間としても友達としても、すごく大切で大好きで尊敬しているので、どうしても吉村さんの稽古は誰よりも力強く見ます。
長年の付き合いになる寺十さんと吉村さんたちの間には、重ねてきた年月の分の信頼感があって、この作品をつくる上で大切なことがたくさん吉村さんたちの稽古に詰まっていました。厳しい言葉の中に、深い愛情があるのも感じます。
吉村さんの稽古場での姿は、あたりまえかもしれませんがいつもAmmoでやっているときとはだいぶ違います。そのだいぶ違う姿が、死ぬほどかっこいい。今までは見えてなかった、吉村さんの現場でのあり方は、死ぬほどかっこいい。心から、あの人を誇りに思う。
だからこそ、あの姿に誰よりも応えたいと思います。
いつもの外部の現場で背負うのは、Ammoという劇団の看板だけです。でも今は、Ammoって劇団のやつであると同時に「吉村が連れてきたやつ」でもあります。そして心から僕は「吉村が連れてきたやつ」もちゃんと背負いたい。胸を張らせたい。自慢させたい。僕が吉村公佑って人を誇りに思うように、少しでもあの人が誇れる「津田修平」でいたい。他ならない、寺十さんの現場で。
そんな吉村公佑(B級遊撃隊/Ammo)が今回つとめるのは大役もいいところです。吉村さんを知っている人はまず全員どうか観にきてください。そして、吉村公佑なんて知らねえって人は、どうか全員この舞台で知ってください。そして驚いてください。そのあと好きになってください。そこからAmmoも観にきてください。どうか、よろしくお願いいたします。
いろいろひっくるめて観にきてください
細かいことは書き尽くせないほど日々たくさんあります。いろいろひっくるめて、観にきてください。チケットは完売の日もありますが、とりあえず、ご連絡ください。
自分にとっての特別が誰かにとっても特別になるとは思いません。いかに自分にとって特別な現場かなんてことばっか書いてしまったけど、それと作品や演技は別の話。
でもこの作品は信じてます。信じられます。
きっと観てくれた方々の特別になれると、心から思っています。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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