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『20代の失敗酒場 ~迷走編集者の取材日記~』特別編『酒のほそ道』を描くレジェンドマンガ家・ラズウェル細木先生

こんにちは。
本誌連載企画「20代の失敗酒場」担当編集の笹渕です。

酒場ライターのパリッコさんと一緒に
様々な人たちの若き頃の失敗談を聞きまわる本連載。

絶賛迷走中20代編集者・笹渕の目線からの
「20代の失敗酒場」取材日記をお届けします。


酒飲みの指南書とも言っても過言ではないグルメマンガ『酒のほそ道』。
本作を描かれているラズウェル細木先生は、我々呑兵衛にとってはいわばレジェンドのような存在である。

開始早々余談になってしまい恐縮だが、
実は私はラズウェル細木先生に「救われた」ことがある。

仕事がうまくいかず気持ちが沈んでいる時期、知り合いから勧められたマンガが『酒のほそ道』だった。
酒への強いこだわりで蘊蓄をたれつつも、どこか憎めない主人公のサラリーマン・岩間宗達と、美味しそうに描かれるきどらない酒と肴。
酒の場で起きるちょっとした人間模様の数々を読みながら、当時疲れ果てていた心身がじわじわと溶かされていくような気がしたのを憶えている。

わたしに「食べて飲む」ことがもたらす生きる楽しさを改めて教えてくれたのが『酒のほそ道』だったのだ。

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10月某日、そんなレジェンドの自伝本が発売すると聞きつけた。
なんと、執筆担当として本連載のライターであるパリッコさんが本書に関わっているのだ。
「ラズ先生の人生ってめちゃくちゃ面白いんですよ~」とパリッコさんから貴重な話を聞いていると、最後に一言。
「そうだ、失敗酒場にもラズ先生でてくれると思いますよ」

まさか……?! レジェンドに、取材ができる…?!
少し緊張しながらも、またとないチャンスに胸を高鳴らせながら某居酒屋へと向かったのだった。

マンガ家になりたくなかった
ラズウェル細木先生

とうとう取材の日が来てしまった。
緊張で約束の時間の40分前には到着して、お店の周りのうろうろするくらいには緊張していた。

時計を何度も見ながら10分前には約束の居酒屋に入り、そわそわしながら待っていると……。
「よろしくお願いします」
とふらりと現れたのは紛れもなく、あのラズウェル細木先生だった。

しどろもどろに挨拶をしつつ乾杯

取材の前にラズウェル先生の自伝本『ラズウェル細木の酔いどれ自伝』を予習していて気になっていた言葉がある。
「僕はマンガ家にはなりたくなかったんですよ」。
その言葉の真意はどこにあるのか、聞きたい……!

「子供の頃からマンガ描きたいな~とは思ってました。だから、一浪までして憧れていた早稲田大学の漫研に入ったんですよね」

20代になってすぐに漫研に入り、友達や先輩に囲まれながら切磋琢磨にマンガを描いていたラズウェル先生。まさにマンガに囲まれた生活。
憧れの世界に踏み入れて、いよいよマンガ家街道まっしぐらだったのでは……?

「いや、その‟マンガに囲まれた生活“があだになったんですよ。当時、漫研に所属していると先輩マンガ家のアシスタントをさせてもらったりしてたんですけどね……。やっぱりマンガに費やす時間が圧倒的に多いんですよ。当たり前ですが、これは辛いだろうなぁって」

なるほど、たしかにマンガ家さんで〆切に追われてなかなか睡眠がとれないとおっしゃってる方もたくさんいますもんね……。

「そうそう、全然眠れない。すごく印象に残って憶えているのが、当時のアシスタント先の先生の後ろに編集者がずっとついていて。先生が編集者に『15分だけ寝ていいでしょうか』とか聞いたりして。それでどうしても切羽詰まっていて起きていなければいけないときは、先生の手にはずっとジュースの入ったコップが握られてるんですよ。寝てしまうとこぼれてしまうから、そうして寝ないようにするんですよね。そんな姿を間近で見ていて、これは普通の人間じゃできないなって思って」

そうしてラズウェル先生は「描かないけど、マンガには関われる」道として編集者になるために就活をしたり、イラストレーターとして活動したりなどをして20代を過ごしたのだという、このあたりは自伝本に詳しく書かれているので、ぜひ読んでいただきたい。

「どんな料理でしょうね?」と予想大会が盛り上がった、皮にらきゅうり。
「鶏皮、にら、きゅうりの相性が最高」と大好評。

しかし、そんな思いとは裏腹に導かれるようにして結局マンガ家となったラズウェル先生。さすがに今はマンガ描きたくない!なんて思っていないですよね……?

「もちろん好きな仕事ではありますけど、今でもマンガってめんどくさいなぁって思いますよ(笑)。ストーリー構成を考えて、それを自分で絵として描かないといけない。作業量が多いですよねぇ」とのんびりと語る。

では、ラズウェル先生も他のマンガ家さんたちと同じように睡眠時間を削って、昼夜逆転しながら作品を生み出しているのですね……。

「それが、マンガ家として働き始めてからも、昼夜逆転した生活を送ったことはないのですよ。もちろん、徹夜をすることはあるにはあったのですが、基本的には午前中から仕事始めて、夕方に終えるというのは、やっぱり辺りが暗くなると酒を飲みたくなるんですよ。まぁ僕の場合は飲むのも仕事のうちですし(笑)。パリッコさんもそうだもんね?」

隣を見るとにっこり微笑むパリッコさん。
たしかに、パリッコさんからの業務連絡も早朝に届いていることがある。
常に朝が苦手なわたしですが、呑兵衛の先輩方を見習い美味しい酒を飲むために朝方に転向することを検討します……!

突如店員さんから渡されたトランシーバーで店員さんを呼ぶパリッコさん。
居酒屋らしからぬ光景。

そんなご自身の人生を振り返ってみてラズウェル先生は
「なんだか導かれるようにしてこうなった」気がするという。

「あくまでも自分に関しては、運がよかったなというのももちろんあるんですけど。最初に野心家にならなくてよかったなぁと思うんですよ。マンガを描くためにとか、がむしゃらに頑張っていたら今のような生活はしてないだろうな。
 
今日、こう話していても思ったけどやっぱり失敗とか迷走とか、寄り道しながらどんどん自分の向かうべき道が見えてきた気がしますね。その時に無駄だと思っていたことは、実は無駄ではないのかもしれないですね」

迷走真っ只中のわたしにはじーんと染みる一言。
温かい気持ちになりながら、またわたしはラズウェル先生に救われてしまった、と思ったのだった。

本誌2024年1月号では、ラズウェル先生の20代のころのやんちゃな失敗談を公開しています!
また、『ラズウェル細木の酔いどれ自伝~夕暮れて酒とマンガと人生と~』では先生の生まれたころから現在まで余すことなく書かれているのでこちらもお見逃しなく!


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