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初めてのチューニングエンジンとその終わり

同棲してた彼女に同棲始めた頃から浮気されてて別れたので初投稿です。

エンジンを組んだきっかけ

2022年4月
友人主催の走行会でTC1000(筑波サーキット)で走った時
このときとある2台にコテンパンにされて悔しくなったのがすべての始まり。
足回りにこだわり続けても、エンジンパワーではもう手も足も出ない事を痛感、パワーアップさせることを計画。

そして知人の提案により2022年7月頃にこのプロジェクトがスタートした。

はじめて自らの手でOH バルタイの悩み

OHキットや補機類などを買い揃え 組み上げスタート。
11月に控えていたオートランド作手の走行会と 
なんとか枠を勝ち取ったTC2000の走行会に向けてのOHだった。 
ストックしていたカムシャフトもハイカム加工依頼をしたり、シリンダーヘッドの組み上げなど順調に進む
9月に入り、カムシャフトの加工が仕上がり腰下の組付けへ。
そこでぶち当たった壁はバルブタイミング
日産A型はチェーン駆動のシングルカム
バルブタイミングとはなんぞや?から始まり試行錯誤が始まった。 
狙った数値がなかなか出ず、知人の助けによりなんとかまとまった。
そして9月末になり、エンジンは完成。
あとは載せるだけに。

エンジン載せ替え完了 油圧が上がらない! 

10月より載せ替え開始。積み込みは流れるように完了したものの、クランキングで油圧が上がらない。
オイルポンプを何機か試した結果、元々積んでいたエンジンから剥ぎ取ったものでなんとか動くように。 
頑張って組んだエンジンに火が入った瞬間はうれしかった。
※このたいみんぐでじっかにもどってます なにがあったかはべつきじでかくかも〜
とりあえず慣らしということで500km少々を2週間でこなした。 
パワーが全然違う。走ってて気持ちいいなと感じた。これをジブンで組んだんだなという感じはまだ湧いてなかった。ふしぎだね

全開OK いざ実戦へ

11月13日 愛知はオートランド作手
ここで初の実戦投入
TC1000でやられた2台には勝つことができた。
悔しさをバネに、手を入れてきた約3ヶ月が報われた瞬間だった。
タイムは32'639 
そして25日のTC2000。だれもが一度は憧れる場所で最高の走りができた。
タイムは1'12.770
仕様的にはかなり速い部類らしい。
また全開率の高さが楽しさにも直結していた。 
レーシングドライバーの木下みつひろ氏にドライブしていただく機会にも恵まれ「楽しくてずっと走っていたくなる 印象に残った車」と講評も頂いた。

12月 これまで走ったことのあるサーキットでノーマルとの比較をしていなかったので本庄サーキットを走った。
タイムは48'796
ノーマル時代に出したタイムより4秒以上短縮
これが現在の仕様で最後のサーキットに。

エンジンブロー。起きたことには原因がある

走り納めから2週間ほど、この記事を書いた前日にブローしました。
テストコースにて久々にあった友人を助手席に載せていたときにそれは起こりました。
急に吹けなくなり エンジンがストップ。 
なんとか安全な場所まで退避し、恐る恐るエンジンルームを覗くとエンジンオイルまみれ。
日中、オイルポンプの不良を疑い別品へ再び交換したが、プレッシャースイッチの締結が甘かった様でそこから漏れ出した模様。
レベルゲージには一切オイルがつかない。メタルの焼付きからのエンジンロック。
100%ヒューマンエラー。あのときああしてれば─というのはもう遅い。考えても無駄だ。

起きたことをすべて認め、また別の形で走らせる方向で再計画中。

ただ、心の奥底では自分が抱え込んでいたモノを吐き出し切ってそのまま逝ったのかなと思っているフシもある。

これが現実。
今まで起こったことの全て。
まだ乗り始めてから5年しか経っていないので、じっくり時間をかけながらまた車に向き合っていきたい。

さいごに 


同乗者のSさん。救援に駆けつけていただいた皆様へ
この場を借りて再び御礼とお詫びを申し上げます。

ぼくはタダでは折れないのでまた復活したら一緒に走ってください。 

楽しみにしてくれてた人、支えてくれた人が多くてすごくビックリしました。
ひとりだったらここまで出来てないです。

みんなのお陰で走らせてもらえてるんだというスタンスはずっと変えないです。それが僕のモチベーションなのだから。

相変わらず拙い文章ではありますが、最後までお付き合い頂きましてありがとうございました。

またどこかで。

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