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医学部入試女子差別問題について

 今回の文章はm3.comにて私が連載している記事の一つです。 医学部入試女子差別問題について広く知ってもらうため、誰にでも読めるように今回こちらのnoteに掲載しましたがm3会員の方はこのURLからもアクセスできるので読んでみてくださいね。(https://membersmedia.m3.com/articles/1667)

 元文系の現役女子医大生 だすまんちゃんが、実習や授業を通して感じたことを「医療人と非医療人の間」という視点からお伝えする連載企画です。
 今年度の受験シーズンも終わりを迎えようとしていますが(執筆時当時)、今回は医学生である私が、今なおくすぶり続ける医学部入試女子差別問題について書きたいと思います。
 2018年、東京医科大学を発端として次々に明らかになった医学部入試の女子差別。この問題は、皆さんご存知のように、医学部入試において女子と浪人生がその属性であるという理由だけで一律に減点され、さらにそれが多くの医学部において長年行われてきたことが発覚したというものです。(参考:http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/303228.html)
 この問題については、今までさまざまな医師や大学関係者の方々によってそれぞれの視点から語られてきました。しかし医学部受験生こそが最大の当事者であるにも関わらず、その当事者の立場からこの問題について深く語られることは少なかったように感じます。
 自分の苦しんだ経験が不当な差別によるものなのかもしれない。この事実は当事者にとってあまりに辛いもので、受け止めて咀嚼すること自体、精神的に大きな負担を伴います。この件に対するさまざまな意見が飛び交う渦中で、自分の心を守りながら発言することは、当時の私にはできませんでした。
 けれども医師国家試験を終え、幾らか心にゆとりができた今この事件を風化させないためにも、かつての女子受験生としてここにいる私が、この事件に対して思っていることを記そうと思います。あらためてこの問題について考える助けになれば幸いです。

 浪人生の頃私は医師を目指すべく医学部進学コースにいました。日々の生活は勉強が中心で、高校時代の友達が受験のプレッシャーから解放されて大学の友達と遊びに行ったりサークル活動を楽しんだりしている中、毎日予備校に通って開館時間から閉館時間まで勉強し続ける日々を送っていました。
 真面目すぎる性格だからなのか、これ以上浪人できないというプレッシャーもあったからなのか、外食に行くことだけでなく少しの時間スマホを触ることや、テレビをみること、長い時間眠ること、お風呂にゆっくり浸かることにすら罪悪感を抱いてしまい、常に追われるように勉強していました。
 精神的に追い詰められて辛いことも多い日々でしたが、そんな中頑張ってこられたのは「医師になりたい」という強い気持ちがあったからです。そして私の通う医学部受験コースには、同じように不安や希望を抱きながら文字通り朝から晩まで勉学に勤しむ友達がたくさんいました。
 はじめは思うように結果が出なかったのですが、自分の努力は徐々に成績に反映されていき、やがて模試では目指していた大学でA判定が出るようにまでなりました。
 そして本番の試験。苦手だった数学は特によく解けたと感じ、面接でも医学への興味や人を助ける仕事への憧れなど、医師になりたい気持ちを全力で伝え、面接官からはぜひ来てくださいとまで言われました。そう伝えることには勇気がいったのですが、親にも「今回はよくできたかもしれない」と伝えました。
 しかしその年の結果は不合格でした。

 翌年私はまた浪人生活を送ることになり、呆然としていました。あの試験はなぜダメだったのだろう。計算ミスがあったのかもしれない、あの化学の問題を間違えて書いたのかもしれない。何度も見直したけどマークミスがあったのかもしれない。自分では毎日必死にやったつもりだったけど、もっと頑張らなきゃダメだったんだ。こんな自分ではまだまだ不十分だったんだ。
 こんな風にとめどなく自分の粗探しをして、自分の欠陥を見つけるたびに自分のことが嫌いになって、そんな出来損ないの自分が許せなくて悔しくて、涙で参考書の文字が黒く滲みました。
 でも悲しんでいる場合じゃない、自分は馬鹿でまだまだ足りない人間なのはよくわかった。でもこんな馬鹿な自分だからこそ、もっと感情に流されずに真面目に人一倍勉強しなきゃ、とギリギリのところで自分を奮い立たせていました。
 ちょうど前年仲良くしていた女の子も同じ予備校で、勉強ばかりの毎日でしたがお互いを支え合いながら、何とか前に進んでいくことができました。浪人生活を経て、結果的には前の年に受けたところとは別の大学でしたが、何とか医学部合格を勝ち取ることができました。
 しかし一緒に頑張ってきたその女の子の友達は、私より普段の成績が良かったのに「なぜか」医学部には不合格で、薬学部に通うことになりました。

 そんな私が医学部入試女子差別問題を知ったのは、医学部5年生のときでした。医学部入試で女子が女子であるという理由だけで減点されていたということを聞き、足元から崩れ落ちるような衝撃を受けました。
 学問の扉は性別に関係なく平等に開かれていると当たり前のように思っていましたし、試験の結果というものは募集要項に書かれている通り、ほとんどは試験の出来次第で、そこに面接での受け答えがプラスアルファされて決まるものだと思っていたからです。
 確かに浪人生差別の噂は聞いていたものの、念のためそういう大学を避ければ上手くいくものだと思っていました。しかし蓋を開けてみれば、単に女子が女子に生まれたというだけで多くの医学部で減点が行われていました。
 私たちが一体何をしたというのでしょうか。私たちが女子に生まれたのは、私たちが選択したことではありません。私たちが偶然女子に生まれたこと。そこに何の落ち度があるのでしょうか。
 私が、自分自身が至らないと思い込んで自分のことを責め続け、自分のことが嫌いになり、自己嫌悪にがんじがらめになって苦しんでいたあの日々。あれは一体何だったのでしょうか。
 医学部を目指して黙々と夢に向かって一緒に勉強していた、成績優秀な私の大切な友達。彼女が「なぜか」医学部に落ちた結果も、女子差別の存在が分かった今は、とても納得して受け止められるものではありません。彼女はなぜこのような仕打ちを受けなければならないのでしょうか。
 なぜ女子が女子に生まれたというだけで、こんな詐欺みたいな入試を受けなければならないのでしょうか。さらっと聞き流していいような話ではありません。その数点にどれだけの想いを込めて生身の人間が勉強してきたか。その数点にどれだけ一人ひとりの大切な人生がどれだけ左右されるか。その数点にどれだけ多くの涙が流されたか…。
 医学部入試女子差別問題は医師の労働環境に焦点を当てて語られがちです。実際に毎日現場で働いている先生がたの目線からは、そういう話が真っ先に浮かぶかもしれません。
 しかし、ついこの間まで受験生だった私、受験に失敗して自己嫌悪で動けなくなった私、今医学部を目指している女の子の教え子を持つ私、そして夢を諦めさせられた大勢の大切な女の子の友達を持つ私は、これはまず何よりも、女子に対する深刻な人権侵害であるということを強調したいです。
 労働環境が過酷なら、その環境こそが改善されるべきです。私たちはただ女性に生まれただけであり、今の労働環境の状態は、私たちや私の教え子たちの公平な試験を受ける権利を奪う正当な理由とはならないはずです。
 不正の発覚した大学の中にはまだ差別を認めていない大学もありますが、それに対し2万6000名を越える抗議署名が集まり、評価機関からも不適合の評価が下されるなど、こうした不公正は社会的にも厳しい批判にさらされています。
 しかしそもそも私自身は世間の反応がどうであれ、人を属性で差別することはそれ自体、あってはならない人権侵害だと考えています。全ての人間の人権は出自により変わらないこと。特定の属性を不当に差別しないこと。社会のために人が存在するわけではなく、人のために社会が存在する以上、これは全ての議論で当たり前に守られるべき前提だと思います。

 今回の記事では、自分の経験をもとに医学部入試女子差別問題について考えてみました。この問題について多くの医師の口から「女子差別は仕方のないこと」等の意見を聞くのは正直とても辛かったです。
 医療現場の労働問題も深刻な問題だと思っていますし、おそらくそういうコメントも、先生なりにどうしたら医療現場が持つのかを真剣に考えた結果なのだろうと思います。もちろんその実際の経験に基づく意見も軽んずるべきではないと思います。
 しかしどうか一瞬だけでもいいから、医学部入試で能力はあるのに不当な差別にあって夢を諦めさせられた女の子たちの存在を、その子たちの歪められてしまった人生を想像してみてください。そんな不当に夢を奪われる社会を、子どもたちに胸をはって渡すことができるでしょうか。
 
〈参考文献〉
 ・医学部入試における女性差別
 ・朝日新聞DEGITAL 不正入試の聖マリアンナ医大など、7校基準不適合に
 ・聖マリアンナ医科大学 第三者委員会からの報告書
 ・私たちには言葉が必要だ/イ・ミンギョン
 ・82年生まれ、キムジヨン
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