友人の結婚式の帰りに心肺蘇生を行った話。そして伝えたいこと。

こんにちは。医師のとくみずめいと申します。先日、プライベートで買い物をしていたときにたまたま心肺停止の患者に遭遇して救命するという体験をし、そのことをSNSに投稿したところ、多くの反響をいただきました。

心肺停止患者に対する救命措置は一分一秒を争いますが、いつどんな状況で誰が倒れるかは分かりません。だからこそ医療従事者だけでなく一般の方の協力が大切です。私の体験を共有することで、一人でも多くの人が救急救命に興味を持っていただけたらと思い、記事にしてみようと思いました。

その日は友人の結婚式があり、私はパーティードレスにハイヒール、耳や首元や手元にはアクセサリーという装いで参列しました。とても素敵な結婚式で、医師になって以来の友人の結婚ということもあり、感慨深く満喫しました。その後他の人と会う約束があり、隙間時間に一人で百貨店を散策することにしました。
 エスカレーターに乗っていると、下の階から「ぎゃーー!!!」と叫び声が聞こえました。3階付近から吹き抜けの下を覗くと1階のエスカレーターのひとつが緊急停止しており、その真ん中に人が倒れていました。周囲には家族と思われる方が2人いらっしゃってパニック状態で叫び続けていました。私はエスカレーターを駆け下りながら、近くにいる人に救急車とAEDを手配するようにお願いしました。
近寄ると患者さんは明らかに意識がなく呼吸もできているのか怪しい状態でした。しかしエスカレーターの上では救命処置が十分に行えないのでまずは患者さんを移動させることにしました。患者さんはしっかりとした体つきの方で、痩せ型の私一人で運ぶのは難しかったのですが、偶然居合わせた看護師さんが協力してくださいました。平らなフロアに寝かせてもう一度呼吸と脈を確認すると心肺停止状態だったのですぐに胸骨圧迫(いわゆる心臓マッサージ)を開始しました。自分以外の医療従事者も十分にいない状態で大勢の人に見られ、普段とは違う状況下で私も緊張しましたが、いつも職場でやっていることを思い出しつつ平静を保ちながらやるべきことをやりました。
 胸骨圧迫を続けているとAEDが到着し、シールを貼ってもらいました。しばらくすると看護師さんが「意識が戻ったかもしれません」と仰ったので、一度胸骨圧迫を中断し全身状態の確認を行いました。頸動脈に触れると、どくどくと脈打っていてとりあえず循環が回復したことに安堵しました。呼吸も弱々しいものでしたが戻ってきていて、「大丈夫ですか?わかりますか?」と患者さんにお声がけしました。患者さんは目を閉じたまま「うーん…。」と反応され、意識は完全に戻ったわけではないけれどもとりあえず自発呼吸は再開しました。AEDからは「ショックは必要ありません」とのアナウンスが聞こえてきました。そこで回復体位(横向きの姿勢)にして看護師さんにも状態を見てもらいながらご家族の方にもお声がけしました。
「大丈夫ですか?」
「私が悪いんです、私が悪いんです…。」
ご家族の方は突然目の前で身内が倒れて大変動揺している様子でした。
「怖かったですよね。私は医師で必要な処置をさせていただきました。いま心臓も肺も動き出しましたから。ここでやれることは全部やりましたよ。救急車待ちましょうね。」
「本当に…。ありがとうございます。ありがとうございます。」
患者さんは涙を流されながら何度も感謝の言葉を述べられました。
私達医療従事者にとって患者さんが倒れること、意識がなくなること、そしてそれに対応することは日常業務の一部です。でも患者さんにとってはさっきまで普通に話していた身近な家族が急に倒れること、もう会えなくなってしまうかもしれないことはどれほどの恐怖だったのだろうと思いました。
まもなく救急車が来て引き継ぎを終え、そこで私は百貨店をあとにしました。
その後この体験を記したところ多くの反響をいただきました。その中でも「自分もいざというときには動けるようになりたい」という言葉や、「この投稿をきっかけに心肺蘇生の動画を復習しました」「講座に参加しました」といった言葉には心を動かされました。
おそらくあのとき患者さんは心停止になっていて胸骨圧迫によって心拍再開した可能性が高いです。すぐに駆けつけて処置をしたことは救命上意義が大きかったと思います。人間の脳は酸素の供給が止まるとほんの数分で取り返しのつかないダメージを受けはじめます。1分以内に救命処置が行われた場合は95%が救命されますが、3分では75%、5分で救命率は25%になります。心肺停止状態の患者さんに適切な救命処置を行うことはまさに一分一秒を争う話です。加えていつどこで人が倒れるかというのは予測不可能で周りに医療従事者がいないケースも多々あります。だから、いかに医療従事者でない一般の方が救命に参加できるかが生死を分ける鍵になります。しかし医療者のいない場で心肺停止した人の約半数は救急車が到着するまで救命措置が行われていないのが現状です。
 今回のように病院ではなく街中で心肺蘇生を行うのは私にとっても初めての経験でした。周りに人はたくさんいましたが私が到着するまで駆け寄る人はいませんでした。自分が何かをするのは不安だし、慣れてないから自信もない、人が倒れて家族が泣き叫んで、自分にはどうすることも出来ない、とにかく怖い、というのがあのときあの場にいた人の大多数の方たちの本音だったのではないでしょうか。私は医師ですが、あの状況に気圧される気持ちは実際にその場に居合わせてよくわかりました。私だって緊張で救命中はずっとドキドキしていました。こうした状況に慣れていない人にとっては救命に参加することはさらに高いハードルを感じてしまうことも想像に難くありません。
そういう気持ちも知った上で、それでも私はやはり救命救急に参加してくれる方が増えてほしいと願っています。なぜなら目の前で倒れている患者さんは何もしなければ死んでいくだけで、その場に偶然居合わせた人にしか救命救急は出来ないのですから。
救命措置についてはすべてのことが完璧に行えなくても大丈夫です。心臓が止まっていて、脳に酸素が供給されず脳が死んでゆく状況よりも悪い状況はありません。何もしないということが救命上の最悪手であり、救命救急を行うことは結果の如何に関わらず最善の選択であるといえます。そしてそういう状況で一歩踏み出す勇気を与えてくれるのは自分の知識と経験であることも痛感しました。
心肺蘇生法についてはインターネット上に多くの文章や画像や動画が出回っています。また街中でも調べてみると救急救命を復習する救命講習会を行っている施設もいくつかあります。この文章をみて自分もやってみたい、何かあったときに動いて人の命を守りたいと思った方はぜひ救急救命のやり方を復習してほしいと思います。そうして一人でも多くの命を守れたら、私にとってこんなにうれしいことはありません。ここまで読んでくださってありがとうございました。

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