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パブロフの犬 誕生日スペシャル


「あ、」

改札口を出た先の閉店間際のショーケースに、ド定番ショートケーキが佇んでいたのを目の端で捉えてから迷うこと3秒。くるっと踵を返して松屋に向かった。

でも信号待ちの間、ずっとこだましていた。
「いいのか?誕生日だぞ?誕生日にはケーキって決まってるじゃあないか。
 今までずっとそうだったじゃないか。」

 甘いものが嫌いだ。それ故学生時代のバレンタインの友チョコ交換はなかなか地獄だったし
なんなら半分以上はさようならをした。ケーキなんぞ誕生日かクリスマスにしか食べようと思わない。

しかしまあ逆に言えば誕生日が来るとなぜかケーキを食べなければいけないという焦りにも似た欲求が襲ってくるのだった。言うなればパブロフの犬。

 ある時から、ケーキを食べなければ「良い」誕生日ではなくなってしまう気がしていた。子供の頃から誕生日にはケーキがあったし、ないと不安だった。正直なところ、ケーキを囲んでくれている人たちに「良い」誕生日を演出できていると言う実感を持たせられたら、私にとって誕生日ケーキの役割はそこで7割果たされたようなものだった。後の2割は写真を撮ってinstagramにアップして他人から見た「良い」誕生日っぽさを強化するため。最後の1割は、「良い」誕生日を過ごしていると言う幻を自分に信じさせるため。

誕生日会はいつも盛大に驚いて、しらけないようにずっとテンション高く喋って、ケーキを頬張って「美味しい」と喜ぶ。そうしないと祝ってくれている人と祝われたい自分の欲求をうまい具合にごまかしたその空間が音を立てて崩壊してしまいそうだったから。

喜ばなくちゃ。そう思いながら食べるケーキは2口目以降どんどん重くなってくる。元々甘いものが好きじゃない自分にとっては紅茶で流し込むのが精一杯になる時もあった。

誕生日にケーキが食べたいわけじゃない。「良い」誕生日会を作り上げたいわけでも、プレゼントが欲しいわけでもない。ただ、心の底から何か想って欲しいだけなんだ。それだけなのに。

今日は一人暮らししてから初めて迎える誕生日。改札口からショートケーキが見えたときは帰宅途中の乗客がスローモーションに見えるくらい時間がゆっくり流れて、周りから音が消えた。例年通り買わなければ、と焦る思考を振り切って自分に聞いてみた。
「今、ケーキ食べたいって思ってる?」


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