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ENHYPENのアメリカン・ジャーニー ~ タイムトラベル編 〜


なぜだか知らないがイプニは中南米を旅している
というツイートを昨年末に何度かした。(※)

もちろん実際に行っているわけではなくて、ステージや写真の中に演出として現れる旅のイメージのことだ。

単発ならさして気にならない。だが点と点が繋がって線になり、けっこうな距離を移動しているのが分かると無視できなかった。

眩い太陽の下、中部アメリカを横断して最後は船でどこかへ去って行ったENHYPEN。
彼らがこの道中で私たちに伝えようとしたこととは……。

(※最終的には南米まで行かなかったので「中南米」ではなかった)

文中に登場する地名はあくまでも個人の印象によるものであり、特定の地域をモデルにした裏付はありません。よってこれに基づいた解釈は完全なる個人的見解であることを予めおことわりいたします。


ENGENEを呼ぶ1本の電話

最初にあれっと思ったのは、10月28日に放送されたM COUNTDOWNでのパフォーマンスだった。

オープニングに現れた風景はどう見てもハリウッドサインを模したもの。車のフロントガラス越しに眺めているようだ。

2021.10.28. M COUNTDOWN 
‘Upper Side Dreamin’

続いて、アメリカ西海岸風の街角で歌うメンバーの姿が映し出された。
ヤシの街路樹が流れていく。サンタモニカの海沿いをドライブしてるんだろうか。正面の空を横切るのはLA空港を発った飛行機? じゃあ右側は海か…

ここでふと疑問が湧く。
なぜ実在する場所を具体的にイメージさせてくるんだろう。

実際のハリウッドサインと海岸沿いの道


この件に関して、ツイ友のnicoちゃんが興味深いことを教えてくれた。
皆さんはこれより約2週間前の10月15日、公式が発したこの奇妙なツイートを覚えているだろうか。

10月15日の公式ツイート(左)と通話先(右)

指定された番号に電話をかけると、アルバムをPRするメンバーの声が流れるという仕組みだった。
(※現在はサービス終了)

注目すべきはこの電話番号である。
国番号1はアメリカ合衆国、市外局番310はカリフォルニア州南部。まさにサンタモニカやビバリーヒルズ、ロサンゼルスを含むこの地域のナンバーだったのだ。

そういやさっきのステージに電話BOXあったw

彼らはここからENGENEに電話していた、という裏設定でもあるんだろうか?
そうでもなきゃカリフォルニアの電話番号であるべき理由がわからない。

この場所にENGENEを呼んだ…?


さらにその2日後、10月30日の「ENHYPEN NOW : Dreamin'」で再びびっくりすることが起きた。

2021.10.30.  ENHYPEN NOW : Dreamin'
 ‘Upper Side Dreamin’

街を出てハイウェイを走ってるー!?😳


この時直感したのだ。
彼らはきっとメキシコを目指しているのだと。

サンタモニカからメキシコ国境へ


死者の日とハロウィン

なぜメキシコだと思うのか。

過去記事生と死とジレンマのENHYPENで触れたが、私はアルバム「DIMENSION:DILEMMA」CHARYBDISバージョンのモチーフの中にはメキシコの死者の日があると思っている。

その死者の日は11月1・2日、まさに目前だ。もしかすると彼ら、空想上の旅の中ではあるが、本場で当日を迎えようとしているのではなかろうか。


ということでその翌日、10月31日から3日間の彼らを見てみよう。

10月31日は西洋的にはハロウィンだが、メキシコ的には死者の日の前夜祭(雰囲気は似ているが両者は別物)。
マッパンで人気歌謡に出演したが、前日30日と同様にアースカラーを基調としたエスニック風、あるいはメキシコ風ともいえる衣装だった。

とりあえずハロウィンぽさはゼロ


直後のV LIVEでは、この日の食事がケサディアナチョスだったことに言及し、ジェイが「この衣装と妙にマッチしてた」と発言😂

そりゃマッチするわww
誰かが君たちにその服を着せ、わざわざメキシカンフードを与えているのだ。
私らにはそんなとこまで見えやしないのに、どこまでも仕込むHYBE…!

知らぬ間に服と食事をコーデされるENHYPEN


11月1日は目立った動きがなかったが、死者の日のメインである11月2日にはゴーストバスターズのビハインド(約20分)がアップされた。

‘Ghost Busters’ Behind the Scenes

死者の日はおどろおどろしいイベントではなく、あの世から遊びに来た死者の魂と楽しく過ごすことを目的とした日だ。そういう意味では、ENGENEを爆笑させたキモ試し大会の様子は死者の日にピッタリだった…ような気もする。

そんなわけで、私の目から見ればそれなりに、イマジネーションの世界でメキシコと死者の日を満喫していたエナイプンなのであった。


中部アメリカを旅するイプニ

それから1ヶ月ほど経った12月1日、突然Holiday Collectionの予告ビジュアルが出た。

えー!?

まだそんなとこにおったん!?😳

【ソノラ砂漠】アメリカ・メキシコ国境を挟んで
広がる砂漠地帯。巨大なサワロサボテンが有名
(写真/サワロ国立公園


どうやらイプニたちはメキシコに入り、ソノラ砂漠を通過したようだ。

いや、それだけではない。飛行機を使ったのかスワンボートで海を渡った(笑)のかは定かでないが、いつのまにかハバナまで来ているではないか。

【ハバナ】キューバの首都。1950年代の米国産
クラシックカーが街中を行き交う風景が名物
(画像こちらからお借りしました)
飛行機やスワンボート(笑)で
「どこかへ向かっている」コンセプトの撮影。
背景はおそらく、白砂漠に湖が点在する
メキシコのクアトロシエネガス自然保護区


世間はクリスマスムードだというのに、真夏のイメージを貫くENHYPEN。傍目には「なにこの季節感のズレw」と映るかもしれないが、これでいいのだ。
彼らは大体、こういう違和感の裏にメッセージを隠しているのだから。

メキシコからキューバへ


そして12月4日のMMAで、イプニたちはとうとうバハマへ到達した。

【ピンクサンドビーチ】バハマのエルーセラ島に
ある砂浜。赤サンゴや桃色の貝殻でピンク色に
(画像こちらからお借りしました)
【ナッソー】バハマの首都。パステルカラーの
コロニアル風建築が点在(写真はAtlantis)
2021.12.4 MMA (要VPN)



ラストは12月25日のSBS歌謡大祭典。
彼らはどうやら船に乗って、700以上もの島々が点在するバハマ諸島海域を航海しながらどこかへ去って行った。

(写真/The Islands of Bahamas
2021.12.25. SBS歌謡大祭典(要VPN)


またどこか別の場所へ向かったのかもしれない。
だが、ひとまず中部アメリカの旅が終わったということは何となくわかった。

最初は、何が始まるのかとワクワクしながら見守った旅のゆくえ。
でも彼らの到達した場所がバハマだと気づいてから、じわじわとその真意が理解できてきた。

イプニたちが眩しい光を浴びながらたどった道のり……それが意味するものは、とても胸躍るような内容じゃないかもしれない。

キューバからバハマへ


"発見"されたアメリカ


実は前回の記事でメキシコについて触れて以来、死者の日とはまた別の理由でずっと心に引っかかっていることがあった。

なぜ彼らの作品から、植民地時代独立革命の空気が漂ってくるのか。

「生と死とジレンマのENHYPEN」前編より

K-popアイドルの作品に通常出てくるようなテーマではない気がしたし、正直どう触れたらいいのか分からない怖さがあった。


だが結局、イプニはこうして私たちをバハマまで連れてきた。

そうだ。
ここはコロンブスが大西洋を渡って最初に上陸した新世界。ヨーロッパ人がアメリカ大陸植民地化の第一歩を刻んだ土地なのだ。

サン・サルバドル島へ上陸したコロンブス
(画像:「歴史の窓」)


数百年前にここで起きたことを簡単に説明する。

1492年10月12日、コロンブスはバハマ諸島のグアナハニ島に到達した。そこには先住民族がいたが、彼はここがスペイン領であるといきなり宣言し、島を新たにサン・サルバドル島、一帯を西インド諸島と命名する。悲惨な歴史の始まりだ。

その後新大陸に大挙して押し寄せたスペイン人は、虐殺強制労働、そして彼らが持ち込んだ様々な感染症(天然痘、麻疹、チフス、インフルエンザ等々)によって先住民の数を減らし続けた。
サン・サルバドル島の全住民が滅ぶまでわずか10年弱。コロンブス到達以前に数十万人が暮らしていたというバハマ諸島は、アメリカで最初に先住民が絶滅した地域となった。

バハマの次に“発見”されていたキューバは1511年から入植が始まったが、プランテーションでの過酷な労働で多くの先住民が命を落とし人口が激減。
メキシコでは、高度な文明を誇っていたアステカ帝国インカ帝国が立て続けに滅亡した。

16世紀半ばまでに南米はスペインとポルトガルが二分、17世紀に入るとイギリスやフランスを筆頭とする他のヨーロッパ諸国が続々と北米に進出。

コロンブスの到達後100年も経たないうちに、アメリカ大陸の先住民人口は80~90%減じたとも言われている。(数字は資料により様々)

ヨーロッパ諸国による米大陸植民地(1750年当時)

近年こうした歴史認識が広まり、コロンブスは「新大陸を発見した英雄」から「先住民を虐殺した侵略者」に変わった。

南北アメリカ各地では、彼がサン・サルバドル島に到達した10月12日「コロンブス・デー」と呼び祝日にしてきたが、名称を「先住民の日」に改め、先住民の苦難をしのぶ日に置き換える自治体も増えている。


そういえば私たちもこの日付にはちょっとした覚えがある。
10月12日——それは「DIMENSION:DILEMMA」のリリース日だった。



さかさまから見る世界

イプニのこの旅は、コロンブスや植民地主義人種主義に対する批判を含んでいるのだろうか? 

それはまだ断言できない。だがこの価値観の転倒は、今までたびたび彼らの作品の中に感じてきたあのメッセージを思い出させた。


物事は必ず別の方向からも見なければならない

歴史には二面性があり、どの時代のどの立場から語られるかで見え方がガラリと変わる。往々にして、ある視点の正義は別の視点の悪だ。ひとつの出来事も両方の側面から眺めなければ真の形は見えてこない。

生まれてまだ数百年のアメリカの歴史もそんなことの繰り返しだ。

時計の針を進めてみよう。

先住民が激減したため植民地では労働力が不足し、その代用として今度はアフリカ人を捕えて売買する大西洋奴隷貿易が盛んになった。

16世紀~19世紀の300年間で、奴隷船に積み込まれアメリカへ渡った黒人奴隷の数は数百万、あるいは数千万とも言われる。現在のアフリカ系アメリカ人の大半は彼らの子孫であり、これこそが今に続く黒人差別問題の根源だ。

そうした多くの犠牲を礎に、豊かな大地は作物を育み、植民地を成熟させていった。それはやがて各地で独立運動を起こすに至り、アメリカ合衆国をはじめとする新しい国々の誕生へと続いていくのだ。

'Interlude : Question'
辿り着いた"宝島"は肥沃な大地だった。
ヨーロッパ人は新大陸からトウモロコシや
ジャガイモという新しい作物を持ち帰り、
母国から運んだサトウキビや小麦を植えた。
映像の最後に現れる半裸の人物は…
"私は人間でも、仲間でもないのか"

1776年、北米の13植民地が結束し、宗主国イギリスの圧政から独立してアメリカ合衆国となる。だが彼らがうたう平等・自由・幸福の追求といった基本的人権が、先住民インディアン黒人奴隷に与えられることはなかった。

奴隷制度は、19世紀にリンカーン奴隷解放宣言を行うことによってようやく終焉した。黒人たちの生活がすぐ改善されたわけではないが、歴史的な偉業であることは間違いない。

ところがリンカーンは、本当は奴隷解放に乗り気でなかった(奴隷解放宣言は南北戦争を有利に運ぶ戦略にすぎなかった)し、インディアンに対する民族浄化を推進した人物でもあるのだ。ここ数年はそうした側面に光が当たり、「奴隷解放の父」の英雄イメージとの乖離が起きている。

引き倒されたコロンブス像(左)
元奴隷を跪かせた構図が問題となり
撤去されたリンカーン像(右)

2020年、ジョージ・フロイド事件に端を発したBLM運動は、アメリカが白人至上主義の上に築かれた国家であることを改めて思い知らせるものだった。人種差別を連想させる銅像が各地で破壊され、あるいは急いで撤去される事態となったが、その中にはコロンブスやリンカーンの像も含まれていた。

「世界がひっくり返る」とはこういうことだ。



ところで、ここに至る段階であることに気づいた。
イプニたちのこの旅の始点はサンタモニカだと思っていたが、そうじゃなかったのだ。

そういえば彼らは、もっと前からアメリカにいたじゃないか。


今回彼らが私たちを呼んだカリフォルニア州サンタモニカは、アメリカで最も有名な道路・旧国道66号線、通称ルート66西の終着点だ。じゃあ東の端はどこかというと…

イリノイ州シカゴである。
Given-Taken (Japanese ver.)のMVに現れた車のナンバープレートの州だ。


2021年7月の日本デビュー。あの時は、なぜMVにイリノイナンバーの車が出てくるのかさっぱり分からなかった。
だが今ならこんなふうに解釈することができる。

イリノイ州は大統領になる前のリンカーンが長年暮らしたゆかりの地。そのため“Land of Lincoln”の愛称を持ち、この州の車のナンバープレートにはどんなデザインのものにもその文字が刻まれている。

しかしMVに登場したナンバープレートにはその文字がない
意図的に排除されたのだろうか?
だとすれば、やっぱりこれは人種差別に対するアンチテーゼを内包する旅なのだ。


ルート66が繋ぐ過去と現在

ルート66はアメリカの発展を支えたマザー・ロード。アメリカンポップカルチャーに欠かせない題材のひとつでもあり、廃線となった今も多くの旅人がこの道をたどり映画や音楽の世界を追体験している。

同時に、この道を旅すればネイティブアメリカン(インディアン)の文化や歴史とも出会うことになる。かつて沿線には25以上の部族の居留地が点在し、全長約4000kmのおよそ半分がその中を通っていたからだ。
(※国の政策により居留地は減少している)

ルート66(左上)、ナバホ族の家族(右上)
ナバホ族の聖地モニュメント・バレー(下)

北米における先住民の歴史もまた目を覆う悲惨さだった。武力を振りかざす白人によって荒野へ追いやられ、大規模なジェノサイドの犠牲となったインディアン。白人たちが「西部開拓」の名のもとに彼らの土地と生命を奪い続けてきた事実は、奴隷制度と並ぶアメリカの負の歴史だ。

イプニたちの旅にルート66が組み込まれているということは、きっとこの歴史にも目を向けよということなのだろう。

自由と正義の国アメリカ、その成り立ちはあまりにも矛盾に満ちている。怒りは必要だ。だが銅像を倒し、歴史上の人物に唾を吐いたところで過去は変わらない。
今をどう生き、未来をどう変えるかではないのか。
これはたぶん、凝り固まった価値観を叩き壊し、柔軟な目で多角的に物事を観察し、自分の頭で考える力を身に付けろという話だ。
もっとも重要なこと、
それは "What Do You Think?" なのだから。


ところで、イリノイ州ナンバーの車が登場したGiven-Taken (Japanese ver.)2021年7月6日の公開。10月にサンタモニカ風のセットでUpper Side Dreamin'するまではしばし時間が空いている。
そこで空白期のイプニに代わり(?)、この期間中は先輩がたがこの界隈に現れていることにお気づきだろうか…。

BTS  'Permission to Dance' (7.13公開)
様々な人種、年代、性別、環境の人々が
登場する"ボーダーレス"な世界観。風景もまさに
アメリカ-メキシコ国境付近のイメージだ。
衣装の色は白人、黒人、赤人(インディアン)を
表しているのかも(RMの頭が黄色人種?笑)。
TXT  'LO$ER=LO♡ER' (8.17公開)
まさしくモニュメント・バレーを模した背景。
オマージュした映画『テルマ&ルイーズ』は
性差別について問題提起する作品でもあった。
TXT演じる少年たちの姿は、自由を求めて
ルート66でメキシコへ走るヒロインにシンクロ。


HYBEアーティストはそれぞれに独自の世界を持ちながら、根っこでは共通したメッセージを発信していると思う。ただし自分たちの価値観を声高に訴えるというよりも、我々に考えるきっかけを与える役目に徹している気がする。今はまだ媒介者かも知れないが、この先ENHYPENもきっとそうあるのだろう。


最後に、このグレートジャーニーに隠されたちょっとした遊び心?をバラしておしまいにしたい。
(単なる思い込みの可能性もありw)

ENHYPENの旅は、アメリカの時間(それは同時に人種差別の歴史でもあった)をさかのぼっていた。
つまり、彼らの通った道のりを逆行すると、1492年のコロンブス上陸から2020年のBLM運動までをなぞる時間旅行になっている。
まさに『BACK TO THE FUTURE』である。

図解するとこんな感じ。

ややこしいが、興味のある人はどんな構造になっているか何となく観察してみてほしい。
私の印象では活動曲のテーマも歴史とリンクさせている気がしていて、とくにアメリカを大国に仕上げた"欲望まみれ"の大事件「ゴールドラッシュ」 아니면 (Go Big or Go Home)」のタイミングが重なっていることは、あまりにも見事すぎて笑うしかなかった。


※米大陸先住民の総称を北米ではインディアン、中南米ではインディオという。差別的な印象を避けるためネイティブアメリカンと呼ぶ場合もあるが、逆にその表現は事実でないと反発する先住民も多いという。本記事ではあえてインディアンを使用した。

<もう少し知りたい人への番外編はこちら>


★長旅にお付き合いくださりありがとうございました。
 ♡していただけたらイプニみくじが引けます。

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