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CL Round of 8 PSG vs Atalanta Match Review

追い込まれてこそ真価を発揮できる人間も世の中にはいるものだ。

4ヶ月に及ぶシーズン中断を乗り越えて、欧州サッカーのトップシーンに還ってきたPSG。一方、2か月と少しだけの中断期間を越えて、リーグ戦で最終盤に破竹の勢いを見せたアタランタ。”普通にやれば”勝てるはずのPSGを追い落とす条件は十分にそろっていた。非常に見ごたえのある一戦だったといえるだろう。

異例のシーズンオフを終え、実質新シーズンを始めたかのような状態で戻ってきたPSGは、コンディション向上の過程で必然的にけが人を出さざるを得なかった。出場停止だったディ・マリアは置いておいて、ヴェッラッティが不在で、エンバぺも30分しか使えない状態(彼の回復力は驚異的だったが)。

ゆえにスターティングメンバーは、公表する前から公表されているようなものだった。

しかし、これをプラス材料に変えることになるとは思いもよらなかったわけである。

PSGのフォーメーションは4-3-3。DFラインとアンカーはベストメンバーが揃い、これが再開後初の公式戦出場になるベルナト以外は不安要素は少ない。IHにゲイエとエレーラで、加入後まともに出場すらできていないエレーラが出てきたここが苦しいところ。3トップはネイマール、イカルディ、サラビアとなんとか形にはなっている。

アタランタは正GKのゴッリーニが不在で、攻撃の核であるイリチッチが個人的な事情で母国スロベニアに帰国。抜けると痛い選手が欠けていた。とはいえ、先発と控えの実力差は小さく、スタメンと遜色ない選手を途中投入できることが強み。終盤の連勝も、交代枠が5人に増えたことで途中投入できる枚数が増え、消耗の激しいスタイルを長時間維持できたことが大きかったように映る。

アタランタはとにかく前方の5つのレーンに人を配置し、後ろから湧くように人が出てくる人海戦術系温泉サッカー。やられる前にうまく位置取りして、あとはスタミナを利して押し込んでしまおう、というある意味攻撃は最大の防御を地で行くスタイルだ。系統としては今流行りのリバプールやライプツィヒのスタイルに近い。ちなみに、この日の対戦相手であるPSGもアレンジを加えて異なる形にしているものの、基本的にはこのスタイルを志向している。

それ故に、PSGとしてはプレスを掻い潜れるヴェッラッティの存在が重要だった。昨季のリバプール戦でも、彼が出なかった試合は散々な内容で落とし、彼が出たリターンマッチでは完勝を収めている。

しかし、そのヴェッラッティの出場が叶わず、トゥヘル監督はゲイエとエレーラをIHに置く守備的な布陣でスタートする。つまり、押し込まれるのは覚悟のうえで、前半はネイマールとサラビアに攻撃の組み立ては一任するという極端な隊形を取った。先発FWがイカルディだったのは、ゴールハンターを前線に置くことによる威圧だろう。受験生が試験会場に赤チャートを持ち込むノリと一緒である。しかもこの赤チャートは、完璧でないにせよ守備やポストプレー等の汚れ仕事はきちんとこなそうと努力する。ベルナトの守備同様決してうまくはないのだが、やろうとすることには価値がある。ただの威圧要員でないことは大きい。

トゥヘル監督のプランは、この布陣のままゼロに抑え、後半に勝負をかける算段だったはずだ。おそらく、ネイマールとサラビアでなんとか攻撃の威力を保持できれば引きこもるまではいかないと考えたはずだ。

しかし、勢いに乗って上がってきたチームはそう簡単に抑えられない。攻撃の旗手であるネイマール、組み立て能力の高いベルナトがいる相手の左サイド=右サイドからの攻めを徹底し、相手の起点を抑えながら自軍の起点を作る。ベルナトとネイマールで左サイドから起点を作るのは予想ができたことで、ハテブールとデローン、ゴメスの3人で右を攻略しつつ、左で仕留める構図を描く。26分のパシャリッチの先制点は、右→左→右と展開したのに対してPSGのIH2人のプレスバックが間に合わずに事故が起きたものだった。もちろん、この事故は必然的に起こしたものである。

修正は前半のうちに行われた。ネイマールとベルナトで組み立てるのを諦め、サラビアを左に、ネイマールを中央に、そしてイカルディを右に置く前線大シャッフル。4-3-1-2に近い形の3トップを組み、狙われていた右サイドをケアする選択をした。

流れが変わったのはここからだ。サラビアにある程度組み立てを頼み、ネイマールが崩しにより関与する形で、とりあえず攻撃の完結を狙う。前半の終了が近づくにつれて、パリ優位の時間帯になっていく。しかし、決めるまでには至らず、前半は終了する。

後半になっても展開は変わらず、59分にアタランタは司令塔にしてアタッカー、チームの王たるゴメスを(おそらく負傷で)下げざるを得なくなる。これが結果的に大きく響いた。

1点を失ってプランが少し崩れてしまったトゥヘル監督は、おそらくあまり無理はさせたくなかったエンバぺを起用可能な30分すべて使い切る選択をする。60分での投入はこの試合最大の賭けだった。延長に進めば、エンバぺが使えなくなって終わりなのだから。

しかし、トゥヘル監督はセカンドオプションもしっかり用意していた。72分には、ドラクスラーとパレデスを入れ、守備要員の2人のIHを下げる。両方ともアタッカーで育った選手で、攻撃力を上げるための交代なのは明らかだった。ここで、PSGは実質的に4-1-4-1のような形態を取る。2列目の選手を4人並べ、3バックに圧をかけるには最適な陣形をここで取ったのだ。この交代は、同点の状況ならエンバぺよりも先に行われていたはずで、本来のファーストオプションだ。

75分にはナバスが負傷。正GKの負傷でゲームは終わりを告げたかのように思えた。それでも交代するセルヒオ・リコの準備のために数分間守り続け、ゲームに賭ける思いの強さを示した。すでにこの大会を3連覇したGKが、だ。ビハインドの状況でも、ブラジル人3人を中心にパリの選手たちは色を失っていなかった。

トゥヘル監督がギリギリ最後の仕上げに用意したカードはチュポ=モティングだった。ここまで前線で孤立しつつもできる仕事はなんとかこなしていたイカルディとの交代。ずっと練習試合には出場していたものの、公式戦は再開後初登場。最後の交代枠は、パニックを起こしたパワープレーかのように思われた。

しかし、これが最後の最後に用意していたストーリーだった。CFとウイングでのプレー経験が豊富で、ワイドでの仕事をこなせるチュポ=モティングをサイドに走らせて起点を作る。走力が要求されるアタランタのWBでずっと走り回っていたゴセンスに、チュポのケアをさせるのは厳しいタスクだった。チュポの投入を見て判断したかは定かではないが、ガスペリーニ監督はすぐにゴセンスをカスターニュと交代させている。

しかし、疲労への対処は想像以上に厳しかった。交代枠を使い切った5分後、ボランチで走り回っていたフロイラーが負傷。後手に回った結果だった。

こうなるとPSGの勢いは止まらない。89分、仕掛けられた爆弾が爆発する。サイドでボールをキープしたチュポが、中央に切り込んでクロスを上げる。雑なクロスだったが、チュポの切り込みへの対応に追われたアタランタDF陣はネイマールを一瞬フリーにしてしまった。見逃さなかったネイマールはすかさず走りこんできたマルキーニョスにラストパスを送り込む。勝負の勘所を抑えていたブラジル代表MFが、貴重な同点弾を叩き込んだ。

90分で試合を決めなければいけないパリはその3分後、この日孤軍奮闘し続けたネイマールが切り込んで仕掛ける。アタランタDFがなんとか掻き出したこぼれ球を、右SBのケーラーが左足で絶妙にトラップし、再びネイマールへパスを送る。そして、ネイマールの超絶スルーパスにエンバぺが反応し、折り返しを決めたのは最後にセットされた、コロナがなければセットされていなかったはずの爆弾だった。

振り返ると、コロナ禍で両者万全ではないゲームにはなった。しかも、両者大事なところを複数欠くという結果である。常時であればもっとすさまじい試合になったのだろうと思うし、これだけハイレベルな試合をさらに超えるものを観たかった。予算規模が小さい中、欧州のベスト8に進出したアタランタは確実にすさまじいチームだった。

しかしそういった難敵を吹き飛ばすべく、的確に修正を施し、様々なことを想定して幾つものオプションを用意し、鮮やかに逆転劇を演出して見せたのはトゥヘル監督の方だった。イカルディからチュポ・モティングへの交代は、彼にしか許されない一手だっただろう。インテルのエースストライカーを、ストークで降格を経験した選手と交代させる手は、マン・マネジメントがしっかりしていないと許されない手だ。しばらく出場機会に恵まれていなかったドラクスラーを起用できたのもその点で素晴らしかった。

そして、8年間チームを支えた主将に報いたい思いが、その同胞であるネイマールとマルキーニョスを中心にチームに伝播していた。精神論ではないが、使命を背負ったチームは強い。キンペンべとマルキーニョス、ケーラーの鬼気迫るディフェンスはそれを感じさせていた。

そして、その想いに逆に潰されることがなかったのは、ネイマールを中心としたアタッカーが希望を見せ続けたからだ。攻守が一つになったチームに、不純物はもはや存在しなかった。

主将の横でずっと学び続けてきた守備職人と、ずっと裏方として貢献し続けた陽気な”第4FW”。スコアシートに名前を載せた2人は、まるで神様が選んだのではないかというくらいそれに値する2人だった。

勢いや戦術、コンディションを超えた重いものを観た、そんな90分だった。

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