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【鈴木菜々江】最強挑戦者に強い危機感「1ポイント差でも勝ちたい!」 2022年9月1日

◇WBO女子アトム級タイトルマッチ10回戦
 王者 鈴木菜々江(シュウ) 16戦11勝(1KO)4敗2分
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 挑戦者 黒木優子(YuKOフィットネス) 28戦19勝(9KO)7敗2分

涙の戴冠劇から6カ月 最強挑戦者を迎えて高まる危機感

2022年2月25日、後楽園ホールのリング上で鈴木菜々江は泣いた。人目を憚らず思いっきり泣いた。WBOアトム級タイトルマッチは王者の岩川美花(姫路木下)へ2度目のチャレンジ。採点は割れ、最後にリングアナウンサーの「新チャンピオン!」という絶叫が耳に入ると、内に秘めた感情を抑えることは不可能だった。

「1回負けちゃったのに2度目のチャンスをいただいて、勝たなくちゃいけないという気持ちでした。勝てて気持ちは楽になりました」

 「楽になった」という言葉に深くうなずいた。普段は万事に控えめな鈴木だが、ひとたびリングに上がれば鬼と化す。ひたすら前に出て、手数を出し、これでもかと相手に襲いかかる。気力も体力も魂も、文字通り全身全霊を残らずリングに叩き込むのだ。だからこそ、試合を終えたあとの解放感はだれよりも強い。ましてや「負けたと思った」という内容で勝利を告げられたのだから、涙腺の大爆発は当然の現象だった。

 涙の王座戴冠から6カ月あまり。新チャンピオンは燃え尽きてしまってはいないだろうか? そんな心配をしていたら、鈴木は2月の試合前と変わらず、黙々とトレーニングに励んでいた。いや、以前にも増して燃えていた。初防衛戦の相手が世界タイトルを5度防衛した黒木ということが、鈴木のモチベーションを一段と高めていた。

「黒木選手は世界タイトルを5度も防衛した大先輩です。継続して防衛できるということは本当に実力があるということ。本当に上手いですし、私があまり慣れていないサウスポーでもあります。難しいと思うんですけど、がんばりたいと思います……」

 鈴木の黒木評は極めて高い。2017年12月、鈴木は福岡で自身初の日本タイトルマッチに挑み、黒木の同門、葉月さなとの王座決定戦に引き分けた。このときのメインが黒木の世界タイトルマッチだった。あれから5年がたち、当時、雲の上の存在と仰ぎ見た選手と世界タイトルをかけて対戦するのだ。しかも自身がチャンピオンという立場で初のメインイベンターというのだからプレッシャーも大きい。危機感が高まるのは当然だった。

涙の戴冠の様子。周囲はその懸命で無邪気な鈴木の姿に笑みをこぼした

歴戦の強者、天海ツナミから本当の強さを学ぶ

 鈴木にとって黒木を攻略するカギはサウスポー対策となる。ファイターの鈴木とは対照的に黒木はアウトボクサーでしかもサウスポー。同じようなタイプの選手はなかなかいないが、1日のリングで初の日本タイトルマッチに挑む元トップアマの晝田瑞希(三迫)や、元世界チャンピオンの天海ツナミ(山木)とのスパーリングで対策を重ねたという。

「晝田選手とは、彼女がアマチュア時代からスパーリングをしてもらっています。今回は本人がスピードのある晝田選手とぜひスパーリングをしたいと言ってきたんですよ。次の試合に負けられないという危機感と、自分が世界チャンピオンだというプライドを感じました」(松岡修会長)

 先ほどツナミの名前を出して違和感を抱いた読者がいたかもしれない。そう、ツナミはサウスポーではなく、右構えのボクサーである。そのツナミは鈴木のためにわざわざサウスポーになって相手を務めてくれた。本人曰く、ツナミのサウスポーは「めちゃめちゃうまい」。確かにセンスの塊のような元王者であれば、サウスポーも器用にこなしてしまうのだろう。

 鈴木は2月にタイトルを獲得した直後、先輩王者たちの名前を挙げて「人としてもかっこいいチャンピオンになりたい」と口にした。ツナミはそんな尊敬する大先輩の一人。鈴木がツナミから学んでいるのはボクシングの技術だけではない。

「やっぱり強い人はみなさん共通してやさしいし、思いやりがあると感じます。もしかしたらライバルになるかもしれないのに、それでも心優しく教えてくれます。それが本当の強さなのかなと思うんです。私にはまだまだ欠けているところだと思っています」

 ボクサーとしての幅を広げ、理想のチャンピオン像を手に入れる。そのためには防衛を重ね、丹念に自らを磨いていかなければならない。ただし、それは時間との闘いでもある。鈴木はそう認識している。

「いけるところまでいきたい気持ちはありますけど、時間というものがあるので、そこは区切りをつけてやっていきたい。私は社会人でもあるので、そこを見極める日は必ず来きます。30歳になって自分もそういう時期にきていると思います」

ボクシング人生に終わりは必ず訪れる。そう自覚しているからこそ、日々の練習をおろそかにすることはできないし、悔いを残すような試合はしたくない。そして勝利こそが次なるステージへのパスポートになることもよく理解している。

「ちょっと情けないかもしれないですけど1ポイント差でもいいから勝ちたいです」

 たとえ決め手を欠いたとしても、思うような展開に持ち込めなくても、死に物狂いで相手に1ポイント差をつけて勝つ。炎のファイターはそうやって這い上がってきた。難敵を迎える初防衛戦においても、最後の最後まで自身のスタイルを貫くことだろう。

●ライブ配信情報
 ▷配信プラットフォーム:BOXINGRAISE
 ▷ライブ配信:9月1日(木)17時45分~試合終了時刻まで
 ▷料  金:980円 ※月額会員制
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詳細はこちら

(カバー画像:DANGANカメラマン ヒノモトハジメ氏撮影)

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