【断髪小説】髪を貢ぐ女①
メグさんと初めてあったのは、俺が21歳の時だった。そのときのメグさんは29歳の、童顔だけど大人の女性だった。
歳は離れていたものの、彼女が追っかけをしているアイドルに似ているらしい俺のことを可愛がってくれていた。
とは言っても、単に仲の良い飲み仲間みたいなもので、当時は男女の関係ではなかった。
俺が大学を卒業して、他の都市で就職してからはメグさんとも疎遠になってしまっていたのだが、この春から転勤で再びメグさんの住む街に戻ってくることになった。
もうメグさんも36歳だし、結婚もしているんだろうな。
そんなことを思いながらメグさんとよく行った焼き鳥屋に一人で入ろうとすると、偶然にもお店からメグさんが出てきたのだった。
「あ、え、メグさん?久しぶり…。覚えてる?」
胸までのロングを可愛らしく巻いて、少し長めの前髪を流しているメグさん。目元に少し年齢は感じられるものの、相変わらず童顔で可愛くて、歳を感じさせない透明感のある白い肌と紺色のワンピースがとてもよく似合っていた。
「あー!はる君!?久しぶりだね!全然音沙汰なかったじゃん!」
メグさんはあの頃と変わらないテンションで笑いかけてくれた。
「ごめん、実は就職して名古屋に住んでてさ。最近またここに戻ってきたんだ」
「そうなの?お姉さん寂しかったよ?またこれから飲みに行けるね!早速いまから飲もうよ?」
メグさんは俺の手を掴み、他の店を探しに歩き出そうとした。
「ちょっと待ってよ、俺いま焼き鳥食べたい気分なんだけど。てか、飲み歩いてて家族になんか言われたりしない?」
「焼き鳥なんかいつでもいいじゃん。家族ぅ?年中遠征してる36歳独身舐めんなよぉ?」
どうやらメグさんはすっかり出来上がっているようだった。
それにしても、こんなに可愛い人なのに未だに独身なのは、酒を飲んだときのこのキャラと、アイドルの追っかけをしているせいなんだろうな、と一人で納得してしまった。
「でさぁ、はる君は彼女とかいないわけ?」
「いやぁ、いないんだよねぇ…」
「そうなの?じゃあお姉さんが立候補してあげるよ?ほら、どう?」
「メグさん、目がガチだよ…」
駅前の海鮮居酒屋に移動した俺たちは、日本酒を愉しみながら会話に興じた。
「はる君はさぁ、私のことかわいいって言ってくれてたじゃん?あれは嘘だったの?」
完全に出来上がったメグさんがくだを巻いている。
「いや、今でもかわいいとは思うよ?」
「でしょ?じゃあ何も問題ないじゃん。私をもらってやりなよ、かわいそうだよ?」
どうやっていなそうか…。
「ほら、メグさんはずっとロング一筋じゃん?長いのがかわいいって言ってさ。でも、俺は短い方が好きなんだよね」
「えー?初耳なんだけど。どんくらい短いのが好きなの?」
「うーん、長くてもショートボブかな、うん」
「えー、めちゃくちゃ短いじゃん!でもさ、お姉さんがその長さまで切ったらかわいい私がはる君の好きな髪型になってなんの問題もないってことだよね?」
「うん、まあ、そうなる…のかな」
少し雲行きが怪しくなってきた。
「わかった!行こう!」
「どこに?」
「美容院に!」
は?
「え、いつ?」
「いまから」
「いやいや、開いてないでしょ、もう9時前だよ?」
「私の行きつけは働く女性の味方だから、9時半まで受付してるんだなぁこれが」
そういうとメグさんは店員を呼び、さっさと会計を済ませてしまった。
お姉さん行動力ありすぎません?
移動している間に、俺はメグさんに促されてショートボブの画像を検索して見せることになった。
「はる君はこういうのがいいのか…。よし、いいや。お姉さんに任せなさい。そして健気なお姉さんを貰い受けなさい」
「ちょっとメグさん、声でかいよ。それに短くしたからって付き合うとすら言ってないしさ」
「大丈夫大丈夫、お姉さんはね、はる君を信じているから!」
大学卒業後に音信不通になってた8つ下の飲み仲間のどこにそこまで信じる要素があるんだよ…。
そうこうしているうちに、メグさんの行きつけだという美容院にたどり着いた。
「いらっしゃいませ。お、神野さんどうしたの?彼氏さんと一緒?」
「え、いや俺は「そうでーす!彼氏がショートボブが好きっていうから切りにきました!」
「そうなの?いい人捕まえたねぇ」
美容師さんはニヤニヤしながら俺を品定めするように眺めた。
「とりあえず神野さん、こっちに座って。彼氏さんは特等席で彼女さんがかわいくなる姿を見ていてね」
そういって、俺を彼氏だと決めつけている美容師がメグさんがよく見える斜め後ろの場所に椅子を用意した。
本当にあのメグさんの髪が今から短くなるんだ。
そう思うと、徐々に興奮してきている自分に気付いた。あのメグさんの巻かれた綺麗な髪が、今から30cmも切り落とされることになる…。それも、俺のために。
あの歳で髪を短くすると、もう今みたいに綺麗で可愛らしく伸ばすのはなかなか難しいだろう。
メグさんは、俺のために髪を捨てるのだ。
俺がそんなことを考えている間に、注文が終わっていたらしく、メグさんの首元にハサミが触れる。
美容師は見せつけることを意識するかのように、鋏をゆっくりと閉じた。
すると、メグさんの後ろ髪に肌色の切れ目ができ、やがて、切れ目の下が重力に逆らいきれずにゆっくりと落ちていった。
メグさんの後ろ姿は、黒色のカーテンの一箇所だけが肌色になった。
そして感慨に耽る間もなく、再びハサミが閉じ、メグさんの髪がゆっくりと落ちていく。
左半分はクルっと巻かれた黒のロング、右半分は巻いた髪を全て切り落とされ、首の真ん中の長さで揃えられている。
ハサミは未練がましくしがみつく残りの髪も切り落としていき、すぐにメグさんは切りっぱなしのボブになった。
美容師はすきバサミに持ち替えて、メグさんの髪をすきはじめた。
20分ほど経った頃だろうか。メグさんのえりあしは、生え際ギリギリのところで切りそろえられてうなじが丸見えになっている。後ろ髪は全体として丸みを帯び、耳にかけられた髪が女性らしさを際立たせてメグさんのかわいさを引き立てている。
いままで巻き髪のロングだったメグさんは、ショートボブに変身したのだ。
「お姉さんの新しい髪型はどう?」
美容院を出てすぐ、はにかみながらメグさんが聞いてきた。
「正直、とてもかわいい」
「よかったー!とても不安だったんだよ?切ったかいがあったよ」
上目遣いのメグさんはとても新鮮だった。
「さ、飲み直しましょう。お姉さん奢るからさ」
上機嫌になったメグさんは、俺の背中を押して歩き始めた。
牛しぐれが美味しい居酒屋さんで、またもや日本酒を飲み始める二人。
「どう?お姉さんはる君の好きなショートボブになったよ?これで嫁にするしかなくなったね?」
「いや、付き合うとも言ってなかったし、彼女飛ばして嫁は行き過ぎでしょ」
「いま、心の中でお姉さんのこと『行き遅れ』って思わなかった?」
勘の鋭いメグさんは、少し真顔になって俺のことを睨んだ。
「いや、被害妄想でしょ、かわいいメグさんにそんなこと思うわけないじゃん」
メグさんはほっぺを膨らませて、鼻にかかる前髪をさっと手で流した。
「ならいいけど。ほら、せっかく髪まで切ったんだから、この健気さに報いなよ」
俺は、メグさんが自分のために長年愛してきたロングヘアを捨てたときの快感が忘れられなかった。そして、メグさんは俺のためならどこまでもするんじゃないかという予感と興奮が生じてきたのだ。
「ねえ、メグさん」
「なに?」
「ショートボブになってめちゃくちゃかわいくなったんだけどさ、前髪少し長くない?」
「えー?前髪まで切ってほしいの?欲しがりさんだねぇはる君は。どのくらい?」
俺はメグさんの眉上3センチを指でつつきながらいった。
「ここくらい」
一瞬固まるメグさん。
「まじ?」
「まじで」
「まじかぁ。うーん、さすがに前髪は…。んー、あー、チクショウ、いいよ、切るよ。今から切ってくるよ」
メグさんはそういうと、カバンからポーチを取り出してお手洗いへと向かった。
3分後、前髪の真ん中から右は眉上3cmのパッツン、だけど、酔ってうまく切れなかったのか、左三分の一ほどは元の長さのメグさんが戻ってきた。
このとき、俺の良くない予感が確信に変わった。メグさんは俺のためならどこまでもする…。
続く
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