【断髪小説】彼の気を引くために①

高校生のときに片想いをしていた彼と偶然出会ったのは、隣の市の駅前のカフェの中だった。

高校を卒業してから8年も経つというのに、彼の輝きは昔と変わらなかった。

私はずっと彼が好きで、高校を卒業して会えなくなってから、ずっと気持ちを伝えなかったことを後悔していた。

だから、どんなチャンスでも逃すものかと決めていた。幸運の女神様には前髪しかないのだから。

……

彼は私と背中合わせの席に座っている。どのタイミングで声をかけようかな。
期間限定のコーヒーを飲みながら、カバンから荷物を取り出すフリをして彼の方を覗き込む。

彼のスマートフォンが見えると、私は目を疑った。

女の人が坊主にされている?

その後も度々、不自然にならないように気をつけながら後ろを覗くが、彼は女の人が坊主にされる動画を観ている。それも、いくつも。

ひょっとしたら、彼にはそういう趣味があるのかもしれない。

私は自分の鎖骨まである髪を無意識のうちにさわった。

特異な彼の性癖に少し引くと同時に、これはチャンスかもしれないと思った。彼に、私の髪を切らせてあげれば、少しは気をひけるかもしれない。

でも、どこまで?5cm?肩まで?ボブ?それともさっきの人と同じくらい!?

毛先を触りながら、コーヒーを飲んで考える。でも、今を逃したらもう会えないかもしれない。

私は彼が動画を観終えるのを見計らって、とりあえず声をかけることにした。

「わぁ!久しぶり!高校以来だよね?」
「あ、あ、うん、久しぶり!元気にしてたよ!」

彼が肩をビクッと震わせてから答える。大丈夫、私は何も見てないから。

「ねー、せっかくだから相席してもいい?それとも、彼女さんと待ち合わせとか?」
「いや、実は先月別れたところだから彼女はいないよ」

さりげなく彼女の有無を確認する私、ファインプレー。

「えー、そうなんだ。そういえばさぁ……」

そこから、私は彼と30分くらい何気ない、普通の話をした。そろそろ切り札を切ろうかな。

「最近暑くなってきたよね。髪の毛切ろうかなって思うんだけど、似合うかなぁ?」
「え、そうだね、似合うと思うけどどのくらい短くするの?」

少し彼が食いついてきた気がする。

「まだ考えてないんだよね。私にもし彼氏でもいれば、彼氏の好きな髪型にでもするんだけどね」
「そういえば彼氏いないんだっけ。どんな髪型でもいいの?」

彼がかなり食いついてきた気がする。

「どんなのでもいいよ。彼氏がそれで私に夢中になってくれるならね」
「えー、じゃあたとえば彼が坊主にしてほしいっていってきたとしても?」

かなりぶっ込んできたな、おい。私は考える風を装って、自分の毛先を撫でる。
ここで肯定してしまったら、私は彼と付き合えたらこの髪の毛を全部切ることになるんだろうな。だけど、否定してこのチャンスを逃すと、私は死ぬまで今日のことを後悔するかもしれない。
幸運の女神様よりもシンプルな頭になった自分を想像しつつ、私は覚悟を決める。

「そうだねぇ…。彼がそれがいいっていうなら、それもありかな!」
「ほんとに!?そうなんだ…。すごいね」
「でしょ?健気でしょ?」
少しおどけていう私の手には汗が。

「まあでも、いまは彼氏もいないし、とりあえず肩くらいまでかな」
「それも似合うと思うな。たとえばだけど、後ろを少し刈り上げてみたりしたらスッキリしてもっと可愛くなるんじゃないかな。おろしちゃえば見えないから変じゃないと思うし」

この男はなんとかして私の頭を刈る方向に持っていきたいらしい。でも、ある意味チャンスだし、それに乗っかるのもありかな。

「えー、似合うかなぁ。しかも美容院で頼むの少し恥ずかしいし」
「絶対に似合うと思うよ!恥ずかしくないって」
「えー、じゃあ私の髪切ってくれる?そしたら美容院に行かなくて済むし」

こい!こい!こい!

「え、俺が切るの?素人だから変になっちゃうかもだよ?」
「その時はその時で美容院に行くよー」
「うーん、それだと初めから美容院に行った方がよくない?まあいいけど、いつどこで切るの?」

彼は冷静を装っているつもりらしいが、空になったコーヒーを何度も持ち上げてしまっている。

「今からとかどうかな?場所は…」
「俺の家、と言いたいところだけど、 実は今マンション全体の電気工事中で真っ暗なんだよね」
「あー、そうなんだ…。私の家も隣の市にあるし…。あのさ、もしよければだけど、変な意味じゃないけど、ホテルとかは…?」
「え…いいの?まあでもそれしかないか…」

よし、きた。問題はここからどうやって彼と交際に持ち込めるかだ。

「じゃあ決まり!道具とか必要なのあったらこの駅前で買って行こ?」
「わかった、そうしよっか」

……

その後、駅前でハサミ、クシ、クチバシ(クリップ)、そしてバリカンを買って、私たちはホテルへと向かった…。

続く

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