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金沢へかんぴょう巻きを持って

東京大丸にあった神田志乃多寿司が撤退してしまった。ここのこっくりと甘辛く炊かれたかんぴょう巻きが大好きで、呑んだ帰り道や小腹が減ったときなど、折につけてはたびたび利用していた。何より駅直結というのがよい。

この日も金沢へ向かう車内でつまもうと思って地下の店のある場所へ向かうもなぜか見つからない。狐につままれたような気になりつつ店員さんに訊ねると「つい先日閉店してしまいまして…」と申し訳なさそうに仰る。いやいや、あなたが悪いのではない。というか誰も悪くない。

とはいえ、これからどうすればよいのか。夜は散々呑むだろうから(既に三次会の予定まで決まっていた)、宿に戻って胃をなだめるためにもちょっと大きめの折詰で贅沢しようと思っていたのに。
店があったあたりには鯖寿司やらお稲荷さんを扱う店もあったが、わたしはプラスチックのペナペナした容器から直接食べるのがどうにも嫌なのだ。これは現地でお金を落とすべし、ということねと判断してコーヒーとパルミエを買って北陸新幹線に乗り込んだ。

そんなことがあったのが1月中旬のこと。
さて、立春も明けて再びの金沢である。新幹線の発車時刻は12時27分。家を少し早めに出たので、東京駅には11時50分前には到着した。今回はどうしてもかんぴょう巻きが食べたい。ついでにお稲荷さんも食べたい。となれば助六だ、と事前に調べたら丸ビルの地下に相模屋といういなり寿司専門店があるではないか。しかも経木の折詰。これはいい。

丸の内側へ向かって歩いていくと、かつての通勤路であったためか、つい丸の内北口へ出てしまった。そういえば文庫本を家に置いてきてしまったようだ。せっかく北口に来たのだから丸善で文庫を一冊買っていこう。そうだ、くどうれいんさんの「うたうおばけ」にしようか。今までも何度か書店で探してみたのだけど見当たらなかったが、丸善ならきっとあるはず。

くどうれいんさんは恵文社で「わたしを空腹にしないほうがいい」を買って以来のファン。食いしん坊の人の文章はたのしい

目論見は当たり、丸善のカバーがかけられた文庫を手に丸ビルへ向かう。時間は既に12時を回っている。「なんでいつもギリギリで行動するの」と夫が渋い顔(いい意味ではない)で言うのも分かる気がする。でも私は切羽詰まると普段働かない脳みそがよく動くのだよ。

丸ビルの相模屋にたどり着いたのが12時8分。前には2組。なんとか間に合うだろう。「助六ひとつお願いします」と急いでいることを悟られないようにできるだけ丁寧に注文し、包みを受け取った。「無料でお味噌汁をおつけしていますが、いかがですか?」あー!欲しいけど私はこれから走るの。こぼれちゃうからごめんなさい!とは言わなかったが丁重にお断りして再び東京駅へ小走りで向かう。

改札を通ったのが12時16分。しかし新幹線乗り場は八重洲側である。人波を潜り抜け、リカーズハセガワの日本酒の棚を横目で確認しつつようやく新幹線口へ。12時19分。ところが乗り場を確認したら12時27分発の金沢行きが見当たらない。はて、と再度予約を確認したところ12時24分発であった。あぶないあぶない。発車3分前に着席。

発車して上野を待たずに折詰を開けると黄金色のお揚げ。寿司は匂いを周囲に撒き散らさないのもいいわよね、と車内に充満するシウマイ弁当の匂いを嗅ぎながら早速ひとくち。うん、ぎゅっとした甘辛さはないものの、好きな味である。海苔もしっかり厚めでよい。お腹がすいていたこともあって、ものの数分で食べ切ってしまった。割り箸を先程までお稲荷さんとかんぴょう巻きが鎮座していた場所へ納めてビニール袋でしばる。

そりゃシウマイ弁当は好きですが、元横浜市民の私の行楽弁当といえば大船軒の鯛めしか鯵の押し寿司でした

すっかり満たされて買ったばかりの文庫を読んでいるとやってくるのが強烈な眠気。本を閉じ、テーブルに置くなり寝入ってしまったようだ。パラパラと細かい雪の粒が窓にあたる音で目を覚ますと、すでに長野駅。目覚めの新雪は目にしみる。目線を下げると3羽のハトが雪の積もった線路の上で何かをつついていた。まるで墨汁を半紙の上にポタポタと落としたようだと思いながら再び目を閉じた。
間もなく金沢。

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