たまちゃんのプレゼント大作戦!(4/4)

その日の夕方のことだった。
大袋いっぱいの食材とともに道具鍛冶ギルドへ現れたカスガは、ごく慣れた様子で周囲に挨拶をして回っていた。
そしてそのまま『厨房をお借りします』と声をかけただけで、ギルド中から歓声が上がったのだった。
たまが知らないだけで、ギルドでは有名人なのだろうか?流浪のコックさん、のような。

ギルドの作業部屋でバッジの仕上げをしていた二人のもとへ、ノックの音が届いたのはそれからしばらく後のことだった。

「さ、夕飯だ。一旦手をとめて、熱いうちにおあがりなさい」

左腕に大きな盆を抱えたカスガが、作業テーブルの端へ皿を下ろす。立ち上る湯気の下には、輝きと芳香を放つメギス鶏の唐揚げがあった。

「わー、待ってたよおにいちゃん!」
「いいにおい!ありがと!です!」

添えられたお手拭きで、たまとサヨコは手早く手を拭く。何か薬品が染み込ませてあるのか、作業で汚れた手はまたたく間にキレイになった。
よく見れば、唐揚げだけではなくおにぎりやピクルス、スープまでつけてある。簡易に食べられるようにしてはあるが、内容は立派な定食であった。

「鍛冶作業で汗をかいたら、しっかり塩気を摂らなくてはね」
「うれしーい!お腹ペコペコにしてた甲斐があったよ!いただきまーす!」
「いただき!ます!」

さっそくサヨコが唐揚げにかぶりつく。メギス鶏のもも肉のジューシーな肉汁がはじけ、同時に漬け込んだタレの旨味が口いっぱいに広がった。
たまもたまらず、自分の皿へ盛られた唐揚げを口へ運ぶ。いつぞやお裾分けされたものとはまた違った味付けだったが、とても美味しかった。

「「おいしい!」」

二人の声が唱和すると、カスガは嬉しそうに目を細めた。

「それはよかった。さて、これからギルドのみなさんの分を揚げてくるから、二人はゆっくり食べておいで」
「おねがいね!」

カスガが部屋を出てしばらくの間、二人は黙々と唐揚げ定食を口へ運ぶ。仕上げ作業で疲れた体に、栄養が染み渡るようだ。
やがて唐揚げとおにぎりは一つ残らず二人の胃袋へ消え去り、作業机の上には空っぽの皿だけが残された。

「はー、やっぱおにいちゃんの料理はうまいわー」
「うん。シショーのとも違った味付けだけど、おいしかったー……」

食後のけだるいまったりとした空気の中、たまは机の端に寄せたバッジを見やる。
研磨と仕上げ磨きも終わり金属固有の鈍い輝きを放つそれを、たまは最高に気に入っていた。
いっそ、塗装はせずにこのまま渡してもいいのではないだろうか?まるの趣味を考えても、こちらの方を気に入りそうな気がしてきた。
そんな風に考えていたときだった。

「あ、そうだたまちゃん。今のうちに説明しておきたいことがあるんだよ」
「えっ?なんですか?」

サヨコはたまの見ていたバッジを手に取り、裏表をひっくり返しながらたまに見せつけてくる。

「表にあるのは、放射状の模様。これは上下左右が完全に対称になってる」
「はい」
「で、裏。これ、ちょっとした意味があるんだよ」

裏地。バンダナにつければちょうど布地へ押し当てる形になり、外からは一切見えない面だ。
そこに彫り込まれてあったのは、正三角形の模様。その中央へ、底辺と水平になる一本の線が引かれている。

「……🜁?」
「そう、その模様。たまちゃんはこれが何か、知ってる?」
「いえ、その……知らない、です」
「そっか。これは錬金術における四大元素のシンボルってやつでね、『風』や『大気』を示すものだよ」
「かぜ?」
「揮発性の象徴、基本性質は熱・湿。これをたまちゃんの織った布に押し当てると、魔術的なスターターになって面白いことが起きる」

そう言って、サヨコはバンダナの入った包みへ目をやる。

「論より証拠……といきたいところだけど、プレゼントへいきなり穴を空けるのはよくないか」
「あ、あの!実は、余った布でもう2枚、無地のバンダナをつくってあります!」
「ホントに?じゃあ、そのどちらかで実験してもいいかな」
「わかりました!」

たまが取り出した予備のバンダナに、サヨコはゆっくりとバッジを押し当てた。そしてすぐに、たまを呼ぶ。

「さわってごらん」
「……!!あったかい!!」
「そう。これがけいりんさんの考案した、魔術的効果を持つ布地だよ。これに風のシンボルが接すれば、冬でもあたたかいバンダナになるわけ」
「すごいすごい!……でも、夏は?」
「心配ないよ。今度はそのバッジを、上下逆にして押し当ててごらん」

言われるまま、たまはバッジの上下を返す。すると、布地を握る手の中へたちまちその効果があらわれた。

「わわっ!スーっと!スーッとするよ!」
「ふふ。ビックリしたでしょ?」
「どうして!?ねえ、どうしてこんなに涼しい感触になるの!?」
「それもバッジのシンボルの力だよ」

先程の『🜁』のマークは、天地を返された結果『🜃』となっている。

「これは『土』のシンボル。固定状態の象徴で、その基本性質は冷・乾。夏はこうやって装備することで、涼しさを保つことができる」
「……!!す、すごーい!!」

感激するたまに対し、サヨコは最高のドヤ顔をキメた。元ランプ錬金職人の面目躍如といったところだ。
最も、けいりんが先頃こうした素材を開発した話を聞いていたからこその工夫でもある。今回のこれは、本当にちょっとした応用に過ぎないのだ。

「いや、本当にすごいな。こんな面白いものがあるのか」

部屋の入口から、驚いたような声が上がる。振り返ると、口をぽかんと開けたカスガが棒立ちになっていた。
どうやら、調理を終えて自分も食事をしようとしていたのだろう。自分用の唐揚げとおにぎりを載せた盆を抱えていた。

「これは、サヨコが考えたのかい?」
「そうだよ!……実は、もっと別の用途で考えてたことなんだけどね」
「別の用途?」
「……たまちゃんとおにいちゃんになら、言ってもいいかな。包帯としてどうかなって思っていたの」

そう言われて、カスガにはすぐにピンときたようだ。逆にたまにはよくわからない。

「なるほど。冷涼かつ通気性のよい包帯であれば、骨折の固定や打撲の治療にはうってつけだ」
「逆に、失血した患者さんには保温性をもたせた方を使う。……素人考えなんだけどね」
「ふむ、試して見る価値はあるかもしれないね。バッジではなく、ペンか何かで書き記せるようにすれば言うことなしだ」

感心することしきりなカスガをよそに、たまはその使途を聞いてふと脳裏へ蘇る言葉があった。

アタシは、『服は持ち主を戦場へ導く』とも思っているんだ――。

「ねえ、もし!もしもだけど!」

突然大きな声を上げたたまに、二人は驚く。

「もしね!これを巻いた人が怪我をした時に、このバンダナがあったら!その人は、そのひとは――」

言いたいことを察したカスガは、すぐにその言葉を引き取った。

「すぐに適切な処置を施せるかもしれないね。その人を守る力になるはずだ」
「そう、だよね。……そう、なんだ!」

カスガの言葉で実感する。単なるファッションとしてのそれだけではなく、まるを守る可能性を少しでも増やせるのであれば。
たまにとってその感覚は、『誰かに何かを与えることができる』という実感は、途方もなく大きな希望だった。

「……たまちゃん。色々察してしまったけど、これはあまり話さないほうが良いやつかな?」
「こら、おにいちゃん!言わぬが花!」
「えへへ……。内緒ね……?」

はにかんだ笑顔で人差し指を鼻の前へ当てるたまを見て、カスガは完全に納得した。

「……どうやら、ご馳走様、という奴だね」
「おにいちゃん、それはこの唐揚げとおにぎりはいらないってことかな?」
「いやそれは困る。これは私の分だ!」
「あはっ。あははっ!私ももっとほしーい!」

カスガの唐揚げを掠め取ろうとするサヨコとの仁義なき戦争へ、たまもにこやかに参戦する。
そんなドタバタを経た次の日、たまはひとつの荷物を荷物の片隅に隠してゴレム亭へと帰っていった。

彼女の初めてのプレゼントは、こうして出来上がったのだった。



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