【うちの子創作-D024】煮るまで待てない。【その1】

「――よし、そろそろ頃合いか」

 春の日の昼下がり。台所の片隅に置かれた小ぶりなツボの中身を確かめ、カスガはにんまりと口角を上げた。
 その脇で食器の片付けをしていたナゴミは、敬愛する主人のその表情を見て確信する。この家に勤め始めてそろそろ1年経とうかという今日この頃。その間に幾度も幾度もこの表情を見て、そしてその後の時間を一緒に過ごしたナゴミには理解る。この顔は……おいしいものができる前兆である!

「お兄さま?」
「ああ、今晩は期待してくれていい。ちょうど例のルートから仕入れたアレたちと……それにこれが組み合わされば、これはもう間違いがない」
「例のルート、ですか」

 例のルートというのは、おそらく主人が足繁く通う例の村絡みであろう。レンダーシアの内海に浮かぶ島のひなびた村――エテーネの村というらしい――には、他にはない特別な素材の調達ルートがあるらしい。珍しい食材からめったに拝めないモンスターの素材まで、その種類は多岐にわたる。
 昨日レンダーシア大陸を一周する仕事から戻ってきたカスガは、すこぶるごきげんだった。背中の荷物にその秘密があるような気はしていたが、どうやら早速その理由を教えてもらえるようだ。
 そんなわくわくした気持ちが表情に漏れてしまっていたのだろう。カスガはナゴミの様子を見て苦笑し、仕事の指示を出した。

「今晩のメインは揚げ物だよ。ナゴミはいつもの時間に野菜煮込みスープをつくっておいてくれないか?パンはまだ朝焼いたものが残っていたね」
「かしこまりました!パンには何か味付けをいたしましょうか?」
「いや、そのままでいい。ああ、付け合せに使いたいからしゃっきりレタスの葉も少しちぎっておいてくれないかい」
「がってん承知です!」

 しかし、時刻はまだ昼下がり。夕食の支度を始めるにはいささか早い時間である。ナゴミは食器の片付けを終えると、自室に戻っていつもどおりの休憩を頂戴することにした。
 仕事を始めた当初は「主人が台所に立っているのに、プラコンたる自分が休憩していてもいいのだろうか」と不安になったものだが、料理はカスガの純然たる趣味であり、誰かへ手料理を振る舞うことはカスガの一番の楽しみでもある。在宅している時のカスガは予め自分の調理の予定をナゴミに伝えてくれるため、その連絡に基づいてその後の仕事を組み立てるやり方がすっかり身についた。それに、仕事に支障のない範囲で休憩を取ることはむしろカスガの方が推奨している。

 椅子に腰掛けて淹れたてのお茶を飲みながら、ナゴミは今夜の献立について思いを馳せた。

 揚げ物といえば――。

 カスガのお得意はまず唐揚げだ。有名どころであるメギス鶏やメルサンディ村の若鶏を仕入れては、様々な味付けのものをこしらえてくれる。ナゴミのお気に入りはふっくらニンニクのスライスに漬け込んだモモ肉を塩味でまとめた唐揚げ。別の日に出された激辛トマトジュースとピリからペッパーに漬け込んだ真っ赤な唐揚げは火を吹くような辛さであったが、強烈な辛味の後に残る旨味が後を引く美味しさで、汗をかきながらも勢いよく完食してしまったのを覚えている。
 エルトナ大陸名物の天ぷらもよいものである。カスガは自作(!)の釣り竿を下げて時折釣りに出かけることがある。そうして釣られてきた新鮮な小魚やエビが、サクサクとした衣に包まれてカラリと揚がったアツアツの天ぷらは実に美味だった。アズランで採れる季節の野菜も、天ぷらにするとまた違った味わいを見せてくれるのである。

 はたして、今夜の献立は何が飛び出てくるのだろうか。
 先刻昼食を食べたばかりであるにも関わらず、ナゴミは早くも少しお腹が空いてきてしまうのであった。

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