たまちゃんのプレゼント大作戦!(1/4)

「ねえ、ミスミはお仕事きらいなの?」

グレン住宅村の雪原地区の根雪の上に、今年はじめての新しい雪が降り積もった翌日のこと。
娘のようにかわいがっている同居人から唐突にそんな言葉を投げつけられ、ミスミは軽く面食らった。

「……質問に質問で返してすまないが、どうしてそういう発想になったんだい」
「んー、だってミスミ、お仕事のお願いがきても断ったりするし……それにお仕事してても、すぐに終わらせちゃうでしょ?」

なるほど、この子の目にはアタシの姿がそんな風に映っていたのか。たしかに先日、うちのブランドの名前だけ借りに来た手合を追い返したばかりだ。
あれからそんなことを考えていたとは、この子は本当に面白い。ミスミは苦笑しながら、たまに向き直る。

「そんなことはない。マダムデルタはアタシが好きで始めた店さ、好きでなきゃあできないよ。アタシはこの仕事に誇りを持ってる。
 それに、仕事が早いのは心がけさ。チンタラ時間だけかけても、いい服はできないからね」
「そういうものなの?」
「そういうもんさ」

たまはまだよくわからなさそうな顔をしている。しょうがない子だね、とミスミは笑い、厨房の方へ声をかけた。

「いってつ、お茶いれとくれ。たまの分も頼んだよ」
「ゴ」

了承の返事を受け、ミスミはたまへ向き直る。
子どもの抱いた疑問には正面から、そしてとことん答えてやりたい。ミスミはそういう性分の持ち主だった。

「少し、アタシの話を聞いてくれるかい?」




「たま。いい服、ってのはどういうもんだと思う?」

いってつの淹れたお茶を一口飲み、ミスミはそう問いかけた。

「んー。……燃えない?」
「はっはっは!そりゃ、アンタにはそれが一番大事かもしれないね!」
「むー。だって、ミスミとまるがつくってくれた服、ほんとうにうれしかったんだもん!」
「そうかいそうかい、そりゃあ冥利に尽きるね。ありがとう、たま」

笑いながら礼を言うが、たまは少しむくれてしまった。

「じゃあじゃあ……デザインが素敵?着心地がいい?」
「ま、それらも大切ではあるね。『いい服』には大抵備わってる要件のひとつだ」
「うーん……むずかしいよ!ミスミ、いじわるしないで教えて!」
「そうだね。アタシはこう考えているんだよ」

ミスミは笑いながら、たまの目をまっすぐ見つめて言葉を続ける。

「着た人間を、しあわせにする服さ」

その、あまりに漠然とした答えにたまは面食らった。

「しあわせに……?」
「そうさ。もっと言えば、『着た人が、その人らしくいられる服』。それがアタシの理想の『いい服』さ」
「その人らしく……?」

自らの着込んだ服をつまみ、たまは首をひねる。れんごくちょうの羽毛を編み込み、耐火性と機能性を併せ持つたまの一張羅である。
体内に満ちる魔力が炎となって溢れ出してしまう体質のたまにとって、決して燃えることのないこの服は重宝していた。

「この服も、そうなの?」
「そうさ。最近のアンタは炎を調節できるようになってきたが、あの頃のアンタにはそれが必要だったろう?」
「うん!この服を着たら、ぶわーって!ほわーってなったの!」

擬音の多いたまの言葉だが、言いたいことは伝わってくる。

「他の服も同じさ。誰だって、自分に自信を持てなかったり、困難にぶつかったりすることがある。
 そんなときに、着ている人間を"おうえん"するのが『いい服』さ。ほんの少しだけ前向きにさせてくれる。そして背中を押してくれる」
「そうだね!この服もそうだったもの!」

ふんす、と鼻息荒く語るたま。この服との、そしてアタシたちとの出会いは、この子の中でそんな風に消化されているようだ。
その何の衒いもない純粋な喜びの感情は、ミスミの年頃にとっては少し眩しい。

「だけどね、たま」
「ん?」

これは、おせっかいなのかもしれない。それでも、ミスミは言うべきだと思った。

「これは、知り合いの靴職人から聞いた言葉だ。『いい靴は、持ち主をいい場所へ連れて行ってくれる』と言葉があるらしい」
「うん。……ミスミの服も、いい場所へ連れて行ってくれるの?」
「いいや、違う。アタシは、そうは思っていないんだ」

たまは首をかしげる。先程聞いた話の続きであれば、当然そこへ話が着地するものだと思ったからだろう。

「その言葉自体はアタシも正しいと思う。が、アタシの持ってる考えとは少し違う」
「違う……」
「アタシは、『服は持ち主を戦場へ導く』とも思っているんだ」
「せんじょう?」
「戦う場所。敵のいる場所へ、さ」

淡々と放たれたミスミの言葉に、たまは絶句する。その顔には困惑の色が強く浮かんでいた。
ミスミは苦笑し、お茶を一口すすった。そして、再び語り始める。

「いい服は人をしあわせにする。それと同じくらい、アタシは服を"戦うために着るもの"だと思ってる。
 強い敵と向き合った時に自分を守るために、そして自分を見失わないためにね」
「つよい、てき」
「アンタにも覚えがあるだろう?その服と一緒に戦った敵のことを」

たまは胸を抑える。すぐに、ミスミの言いたいことが理解できたようだ。

「そうだ、わかっているようだね。そこらの魔物や悪者だけじゃない、アンタの中にもいる……いや、"いた"のが敵さ」
「……」
「自分につらく当たるやつが憎かったろう?世界中が自分をいじめてくるように見えてただろう?」
「……うん。そう、だった」
「でも、アンタはそこから抜け出した。見世物小屋の中で閉じてたアンタの世界は広がって、もっといろんなものが見えるようになった」
「そうだよ!ミスミもまるも、他の人もいっぱい、いっぱいいたの!」
「そうだね。アンタはそうやって、自分の中の敵に勝ったんだ」

たまの顔が一瞬呆けた。どうやら、ここまでの話がすべてたまの中でつながったらしい。
確かに、自分のこの一張羅は戦闘服だった。それは自分を脅かす外側からの何かではなく、自分自身を追い詰めていた内なる自分に対しての。
心を守る服。それは確かに、『着た人をしあわせにする服』なのだと思う。

「『自分の人生の主役は自分なんだ』ってことを思い出せるもの。それが、アタシの究極の理想の服さ」

ミスミは、にこやかにそう言い放つ。それはあたかも、ミスミ自身に言い聞かせているようでもあった。
胸を抑えたまま俯いていたたまは、顔をあげないままにぽつりと呟く。

「私、変われたかな……」
「そんな言葉が出てくる時点で大進歩さ、たま」

ミスミのその言葉に、たまはぱっと顔を明るくした。

「……うん!ありがと、ミスミ!だいすき!」
「ちょ、こら!抱きつかない!離れな、たま!」

そうは言うが、屈強な種族であるオーガの力で抱きつかれては、ドワーフのミスミではひとたまりもない。
感激のままミスミに抱きついて離れないたまをようやく引き剥がしたのは、それから数分の後だった。

「……で、アタシが好きでこの仕事やってることには納得できたのかい?」
「あ、うん。すごくよくわかった!」

自分で脱線させたようなものではあるが、あちこちへ行ったり来たりした話がようやく元の軌道へ戻り、ミスミはため息を付く。

「で、どうしてそんな話を振ってきたんだいアンタは」
「えっとね、もしミスミがお仕事キライなら、ミスミに頼むのはダメかなぁって思ったから?」
「頼んじゃダメって、何をだい」
「プレゼント!」
「ぷれぜんとぉ?」

プレゼントとは何のことか、誰に渡すつもりかと訊きかけたその刹那。ミスミの脳裏へ、不意に蘇るデータがあった。

「……ああ!そうか、もうすぐアイツの誕生日じゃないか!」
「そう!まるのお誕生日なの!だからプレゼント!」
「そうか……すっかり忘れていたね」

頭を掻きながらミスミは苦る。ここ最近いろいろと立て込んでいたとはいえ、完全にド忘れしていた。

「ミスミの服なら、まる絶対によろこぶと思うの!だから、お願いしたいんだ!」

その言葉を聞いて、ミスミは困ったことになったと臍を噛んだ。
たまがそれを心の底から願ってくれているのはよくわかる。だから、返す言葉は歯切れの悪いものになった。

「んー……。ちょっと、それはねぇ」
「えっ……。ミスミ、ダメなの?」
「なんて言ったらいいのかねぇ……。師匠と弟子の間の取り決め事というか、あいつの意地というか……」
「いじ?」
「うーん……」

『勝手に着いてって、やれる事全部真似して、そのうち姐さんの技盗んでやるんだ――』

そう叫んだかつてのオーガの少年の姿は、今も記憶の中へ色濃く焼き付いている。

「昔ね、あいつがアタシの押しかけ弟子になったときに、あいつはこう言ったんだよ。
 服飾に関する一切のものを、姐さんからはもらわない、ってね」
「えっ、そうだったの!」
「だから、アタシはこれまであいつには布切れ一枚、裁縫針一本だって渡しちゃいないんだ」
「……お誕生日プレゼントも?」
「身に付けるようなものはあげちゃいないねぇ……。うまい飯を食わせたり、タバコをくれてやったりはしたけどね」

そうだったんだ、とたまは見るからに萎れてしまった。
可哀想には思うが、アイツのプライドはなるべく尊重してやりたい。ミスミ自身も今はまだ、その時ではないように思う。

「すまないね。そういうことだから、何か他のものを考えておやりよ」
「うー……。でも、ミスミの服よりいいものって、なんだろう……」
「別に、何を贈ったって喜ぶんじゃないかい?アンタの気持ちがこもっていればね」
「気持ち……。ねえミスミ、気持ちってどうやってこめるの?」
「ええっ?」

この子はまた、答えにくいことを。一瞬言葉に詰まったが、ミスミはすぐに気を取り直した。

「そうさね。まず、相手のことをよく考えるんだ」
「考える……」
「何をほしがるのか、何に喜ぶのか。どんな好みをしていて、どんなものを避けるのか。ゆっくり考えてごらん」
「それが、"気持ちをこめる"?」
「そうさ。テキトーに選ぶんじゃないよ。よくよく考えて選べば、どんなものにも気持ちはこもるんだ」
「手作りじゃなくっても?」
「そうさ。手作りってのは要するにそうした考えを煮詰めて、よりそれに近いものを生み出す手段でしかないんだよ」
「そっか。でも、できれば手作りしたいな……。うーん……うーん……」

ミスミの答えに納得したのだろう。たまは唸りながら考え込み始めた。
それをみたミスミもまた、テーブルの上のコップを片付けながら思案を始める。

今年はあいつに、何を贈ってやろうかね。

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