たまちゃんのプレゼント大作戦!(3/4)

「なぁ姐さん、たまはどこ行ったんスか?」

そうした一連の騒動を全く知らないまるが、たまの出立した日の夕飯になってそんなとぼけたことを尋ねてきた。
いい気なもんだね、とミスミは軽くため息をつく。もちろん、まるは何も知らないのでその反応に戸惑うばかりだ。

「姐さん?」
「ああ、合宿だよ合宿。ちょっと知り合いに頼んで、泊まり込みの修行みたいなことさせてんだ」
「合宿ぅ?」
「今頃どのへんにいるのかね。いろんな素材集めをして、その素材でクラフトワークして帰ってくるみたいだよ」
「……冬休み・お子様体験学習!みたいな話っすか?」
「まぁ、そんなようなもんさ」
「へー……面白そうッスね、それ」

その説明で納得したのか、まるはいってつの用意した食事に再び手を付け始めた。

「たまね、言ってたんスよ。姐さんみたいにいろいろ作れるようになりたいー!って」
「へぇ?」
「どうせ姐さんのことだから、たまにゴネられて代わりの先生探してくれたんでしょ?」
「まぁ、そんな流れだったね、あれは」
「だったら、その合宿でたまはいい経験してきそうッスね」

保護者顔でうんうん頷くまるを見て『子の心、親知らず』という言葉がミスミの頭を去来していた、ちょうどその頃。



「いたぞたまちゃん、ランドンクイナだ!今度は尾羽根まで燃やし尽くさないように手加減するんだよ!」
「は、はいっ!がんばる!ます!」

ちゅどーん。

「ようし、オッケー!今度はメラミまで手加減したんだね、いい判断だったよ」
「わぁい!けいりんさん、ありがとう、ございます!」

たまはがんばっていた。それはもうがんばっていた。
このあとに続くれんごくまちょうとの死闘は、マンガに起こせばたっぷり単行本一冊に換算できるような激闘であった。
が、それは語らぬが華である。



そして、翌日の昼のこと。

「姐さん、オレちょっと裁縫ギルドに行ってきますわ」
「ちょっと待った」

まるのズボンの裾をむんずと掴んだミスミによって、まるはたたらを踏むことになった。

「え、ちょ、なんで?」
「何でもいいから。今日は行くな」
「え、でも、あまつゆのいとの在庫が……」
「アタシの在庫くれてやるから!うろちょろするんじゃない!」
「は?いや、オレは姐さんから裁縫に関するもん一つだってもらわないって……」
「じゃあ小遣いくれてやるから、ゴレム亭の前のバザーで買ってこい!!」
「それじゃ割高じゃないッスか!」
「ええいお黙り!とにかく今日は裁縫ギルドにゃ出入り禁止!」
「なんで!?」

同時刻、裁縫ギルド。

「そう、ゆっくりでいいからね。紡いだ糸をそうやって縦横に織り込んで、布っていうのはできていくんだ」
「な、なるほどー……!」
「今回は織り込む素材が多かったから糸紡ぎはやらせてもらったけど、いつかもっと少ない素材でやってみる?」
「はい!おねがい、します!」
「よし、手をとめて。これだけ織れば十分だね。失敗しても大丈夫なように、余分をもたせてあるから」
「はい!じゃあ、次は?」
「ユリさん、おまたせ!休憩の後、たまちゃんにしっかり手ほどきしてあげて!」
「はいはーい!たまちゃん、よろしくね!」

指南役をユリに引き継ぎ、けいりんは一息つく。

「で、この後はどうするんです?」
「布の端を縢って縫い上げるだけならそんなに時間はかからないけど、どうせなら刺繍をいれたり、ね?」
「刺繍。なるほど、相手の名前や模様を入れたりするわけですね」
「たまちゃん、刺繍ってわかる?」
「知ってる!ミスミがハンカチにいれてた!」
「よかった。いきなりサテンステッチは難しいかな?相手のお名前をバックステッチで入れてみましょうか」
「すてっち?」
「そうか、縫い方から教えてあげないとね。ご飯を食べたら、一緒に手を動かしてみましょ?」
「わぁい!お願いします!」

この調子なら、夜にはそれなりのものが形になっているだろう。けいりんはそう予測し、時計を見やる。
そろそろ大地の箱舟が、ジュレット駅に到着する頃合いだ。ちょうどいい、レンドアのサヨコのところへ進捗の伝達にいこう。

「ユリさん、ではこちらはお任せしますね。私はレンドアへ連絡に向かって、そのまま次の素材ハントへ行ってきます」
「ええっ、もう行っちゃうんですか!?まだけいりんさんをナデナデしてないのに!」
「なでなで?ユリさんはけいりんさん、なでなでするの?」
「そうですよー!もう、ずっとガマンしてるんですからね!?」
「じゃ、じゃあ手短にお願いしますよ?箱舟が来ちゃいますからね?」
「わーい!」

大喜びでけいりんをかいぐり回すユリを見て、たまはなんとなくゴレム亭においてきた犬のタローのことを思い出した。
いってつがエサと散歩の面倒は見てくれているはずだから心配することはないのだが、どことなく寂しさを覚える。

そういえば、こんなにまるやミスミと離れたのは、あの日以来初めてのことかもしれない――。




そして、さらに翌日。

「姐さん、オレちょっと道具鍛冶ギルドに行ってきまs」
「せいっ」

ミスミから放たれた信じられない速度の足払いによって、まるはその場で転倒した。

「いってぇ!頭打ったじゃねぇスか!」
「アンタはもう毎度毎度毎度!狙ってんのかい!このアホたれ!」
「何が!?いや、なないろのまゆの在庫がね!?」
「そこのバザーで買ってこい!!!」
「だからなんで!?」



同時刻、道具鍛冶ギルド。

「いやー、たまちゃんお疲れ!思ってたより早かったね?」
「うん、がんばった!バンダナはできたよ!」

そう言いながら、小さな紙袋を得意そうに差し出すたまである。
サヨコはそれにうんうんと頷き、ギルド中央の炉の横に設えた小さな塊を示した。

「今回はね、鋳型を使ってバッジをつくります」
「いがた?」
「そ、鋳型。この砂の塊みたいなものが、それだよ。加熱してあるから、素手で触らないようにね」
「へー!」

指さされた先にあるクリーム色のブロックを、たまは興味深そうに覗き込む。
その横に並んだサヨコが、鋳型に空いた一点の穴を指差した。

「ここに穴が開いてるの、わかる?」
「うん」
「この中に、熱して溶かした金属を注ぐの。そうしたら、中にある空洞の形にそって金属が溜まるのね。ここまではいい?」
「は、はい」
「で、時間をおくと金属はバッジの形に冷えて固まる。そうしたら、型の中から取り出すんだ。それで大体完成」
「えっ!?意外とかんたん!」
「でも、その後仕上げの作業をするからね。そこは結構たいへんだよ?」
「が、がんばる!ます!」

良い返事だ。たまの意気を改めて確認したサヨコは、嬉しそうに頷いた。
もちろん、より優美で繊細な細工をするなら彫金や鍛造などの手段もあった。が、今回はズブの素人であるたまが手掛けるものである。
ある程度の成形を鋳型にさせるのは、致し方のない妥協であった。

「さ、このミトンつけて防火ズボン穿いて。事故したら火傷じゃすまないからね」
「わかりました!」

たまが耐火装備一式を装着している間に、サヨコは用意していた坩堝(るつぼ)に煮えたぎった溶湯を少量注ぐ。
昨晩から用意していた、マデュライトを主とする合金の溶湯だ。
それを渡されたたまが、おっかなびっくり鋳型へ注いでいった。慎重に、慎重に。

「よし、いいよ。坩堝はゆっくり戻して、そこに置いて」
「……はー!緊張した!」
「よしよし、お疲れ様。さ、小一時間ほど放置しよう。その間にちょっとお茶しに行こうか、たまちゃん」
「はい!」

レンドアの海岸通りにあるカフェのテラス席で、たまとサヨコの注文が届く。たまはオレンジジュース、サヨコはメロンソーダだ。
レンドアは冬でも比較的温暖な土地柄だ。さすがに海を泳ぐものはいないが、テラス席を敬遠するほどの寒さはない。
そんな外気温の中、熱気の立ち上る炉から離れて飲む冷たい飲み物は格別だ。二人とも一息に半分飲み、口からほうっと息を吐いた。
テラスを吹き抜けるさわやかな海風は、二人にまとわりつく熱気を払ってくれるかのようだった。

「このあと、何をするんですか?」
「んんーっとね、帰ったらまずあの鋳型に水をかけて急速冷却。そして中の金属の塊を取り出すのね」
「ふむふむ」
「そこからバッジになる部分だけを切り離して、いい形になってるものを選ぶ」
「選ぶ?あれ?バッジは1個でいいんですよ?」
「1個しかつくらなかったら、それが失敗してた時に二度手間だからね。予備をいくつか作っておくのが鉄則なの」
「なるほどー」
「で、それにくっついてる鋳型の残り滓や表面のデコボコを削る。最後に塗装、磨きで仕上げかな」
「わかりました!」

やるぞー、と気合をみなぎらせるたまのにこにこ顔を見ていると、サヨコも心がほっこりと和む。
そんな二人に向かって、通りを歩いていた一人のオーガが声をかけた。

「おや、サヨコ。こんなところで会うのは奇遇だね」
「あれ?あ、おにいちゃん!」

おおい、とサヨコが手をふる方向をたまが見やると、まると同じくらいの背格好のオーガがいる。
白を基調としたローブに身を包み黒縁のメガネをかけた彼は、やさしそうな微笑みを浮かべてテラス席へ歩いてきた。
……誰だろうか。たまにも何となく、見覚えがある気がするのだが。

「仕事休憩といったところかな?道具鍛冶の調子はどうだい」
「ふふ、今日はちょっと別件なんだ。この子のプレゼントを一緒につくってるの」
「この子の?……おや、たまちゃんじゃないか」

たまの名前を知っている。ということはたまの方からの一方的な既視感ではなく、相手もたまのことも知っていたようだ。
しかし、それでも誰だったかたまには思い出せない。

「あれ、おにいちゃん、たまちゃんと知り合い?」
「知り合いというほどではないけどね。まるくんの家へお裾分けを持っていった時に、少しご挨拶した程度の顔見知りさ」

そう言われて、たまの方にもピンときた。

「……あっ!そうだった!まるの家の近所のおにいさんだ!」
「思い出してもらえたようだね。改めまして、カスガだ。あのときの唐揚げはどうだった?」
「すっごくおいしかった!です!」
「えーっ、おにいちゃんの唐揚げ!?いいないいな、たまちゃんいいなー!!」

本気で羨ましがる様子のサヨコに、カスガは声を上げて笑った。

「そう言われてはしょうがないな。今夜の予定がなければ、腕を振るわせてもらおうか」
「いいの!?ありがとう、おにいちゃん大好き!」

先程のお姉さん然とした振る舞いはどこへやら、全力でカスガへ甘えにかかる様子のサヨコにたまは戸惑う。
それにしても、『おにいちゃん』とは何なのか。見たところ、種族が違うから血縁関係というわけではなさそうなのだが……。

「あ、あのー。お二人は、きょうだい?なの?」
「いいや?血縁上も戸籍上もつながりはない。端から見れば"友人"というのが一番近い関係だよ」
「え、えぇー……?」
「それでも、『互いを家族のように大切に思っている関係』というところさ」

そう嘯くカスガに、まぁわかんないよね、と照れた笑いを浮かべるサヨコ。

「この人、『おにいちゃん』って呼ばれるのが嬉しいんだって」
「あ、こらバラすな」
「そう呼んでるの、私だけじゃないよ。多分、あらゆる種族の子から『おにいちゃん』って呼ばれてるんじゃないの?」
「竜族がまだなんだがね。ま、それもそのうちさ」

そう言って笑うカスガを見て、たまは思った。
この人、絶対へんな人だ。

「ところで!唐揚げの約束は絶対だよ!?夜は二人でギルドにいるから、たまちゃんの分も込みでお願いね!」
「おや、そうなると少し多めに支度しないといけないね。二人にだけじゃ悪いだろう、ギルドのみんなにもおもたせできる量をつくらなければね」
「えっ!?そんなにいいの?」
「バレクスさんにも色々お世話になってるからね。この際だ、奥さんの分もおみやげとして持って帰ってもらおう」
「じゃあ、私ギルドのキッチン借りれるように話つけとくね!」
「よろしく頼んだ」

ではまた後でね、と手を振って去っていくカスガを、たまは呆然と見送った。
おいしい唐揚げの予定にガッツポーズを決めるサヨコへ、たまはこっそり尋ねる。

「ねぇねぇ。あのカスガさんって、調理職人さんなの?」
「ちがうよ?」
「えっ」
「おにいちゃんの料理はただの趣味だよ。実益も兼ねてる系の」
「しゅみ」
「そうそう。本職は木工職人。冒険者としては僧侶かな?そこそこやり手だって聞いてるけど」
「もっこう?そうりょ?……え?」

すべてがわからん。たまがカスガ個人へ抱いた第一印象は、そんな混沌としたものだった。



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