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任天堂とIPビジネス

IPビジネスに注目が集まっており、マンガSaaS事業を展開するコミチCEOとしても「IP(知的財産)」について考える機会が増えています。今回のnoteは、その原点をグローバル企業の「任天堂」に学びたいと思い、いろいろと調べました。

IPビジネスにとって大きなきっかけになりそうなのが、先日に政府が発表した「新たなクールジャパン(CJ)戦略」です。(太字は筆者、以下引用内は同)

政府の「知的財産戦略本部」の会合が開かれ、アニメや和食などの日本文化の関連産業のさらなる成長に向けた新たな「クールジャパン戦略」がまとめられました。
新たな戦略では、一連の産業を国の基幹産業と位置づけて取り組みを後押しし、2033年までに今の倍を上回る50兆円以上の経済効果を生み出すことを目標に掲げました。

アニメや和食などの関連産業の成長へ 政府が新戦略まとめる|NHK
アニメや和食などの関連産業の成長へ 政府が新戦略まとめる|NHK

「50兆円以上の経済効果を生み出す」というのは、かなりインパクトのある数字です。

すぐに想起されるのが「クールジャパン(CJ)ファンド」(経済産業省が所管する官民ファンド「海外需要開拓支援機構」)の失敗です。今回の新CJにも、予想どおり多くのネガティブな反応がSNSで見られました。

CJ機構の設立は13年。正式名称が示すように、アニメなど現代文化や生活産業を海外に売り込むという目的を掲げた。財務省の財政制度等審議会財政投融資分科会の資料によれば国が1066億円、民間企業が計107億円を出資し、22年3月までに50件以上に投資したものの、累積赤字が309億円に達している。

クールとはほど遠い「クールジャパン」政策の末路|日本経済新聞

たしかに過去のCJがどうだったのかを精査すべきところもあるかと思います。しかし、だからといって新CJに対して最初からネガティブである必要はなく、むしろ「今こそIPビジネスなのでは?」と良いタイミングにあると個人的に思いました。

なぜ良いタイミングなのか? それを説明するのに、日本を代表するグローバル企業「NINTENDO(任天堂)」のIPビジネスは、とても学びのある題材です。以下、詳しく解説します。


任天堂の「IPビジネス」へのシフトはいつ始まった?

スーパーマリオ“生みの親”でもある宮本茂さんによれば、2014年ごろからIPを活用する戦略を掲げ始めたそうです。任天堂におけるIPビジネスの10年間をまとめると、(1) モバイル(2) テーマパーク(3) 映画(4) グッズ、という柱があることがわかります。順番に解説します。

(1) 【モバイル】DeNAとの提携(2015年3月発表)

2015年3月、任天堂はディー・エヌ・エー(DeNA)と業務・資本提携し、共同でスマートデバイス向けゲーム開発などに乗り出すことを発表しました。同じゲームをつくる会社としてはライバルと思われていたところでの提携です。

当時、任天堂のカリスマ経営者として知られた故・岩田聡社長(当時)は、30年かけて積み上げてきた「IPの価値を毀損せず、かつ、お客様と折り合いがつく形で、ようやく我々のよい面を受け入れていただける時が来た、と思っている」とインタビューで述べています。

任天堂のIPビジネスへのシフトは、2000年代半ばに爆発的に普及した家庭用ゲーム機「Wii」の販売が落ち込むなど、ゲーム機器の性能向上を競うことでの市場拡大に限界を感じていた故・岩田社長から始まりました。

2015年9月に、バトンを受け継いだ君島達己前社長がIP活用をメインとする「ビジネス開発本部」を立ち上げます。

「企画制作本部とビジネス開発本部を設立する。ゲームソフトを制作するのが企画制作本部だ。ビジネス開発本部はキャラクターIP(知的財産)を積極的に活用していく。例えばテーマパークなどと協業する」

任天堂 「キャラクターを積極的に活用」 君島新社長一問一答|日本経済新聞

DeNAとの共同開発・運営のゲームアプリである「スーパーマリオラン」は2016年12月にリリースされ、配信開始より4日間で全世界4,000万ダウンロードを突破し、マリオというIPの強さを見せつけました。

スーパーマリオ ラン|任天堂

任天堂が出資する株式会社ポケモンと、位置情報ゲーム開発の米ナイアンティックが共同開発した「ポケモンGO」が2016年7月にリリースされると、街中にプレイする人があふれ、社会現象になったことを覚えている方も多いと思います。

同アプリの世界の累計ダウンロード数はわずか1年で7億5000万回となり、2017年3月期の任天堂のスマホゲームからの課金収入やライセンス収入を含むセグメント「スマートデバイス・IP関連収入等」の売上高は242億円(全体の約5%)となり、前年の4.2倍と急拡大しました。任天堂のIPビジネスへのシフトを決定づけたのは、「ポケモン」の存在であることに疑いようがありません。

世界でいちばん稼ぐといわれる「ポケモン」の経済圏の拡大は、今や誰もが知るところです。

『ポケモン』は生涯いくら稼いだ?最も商業的に成功したキャラを生んだ“日本的泥臭さ”|ビジネス+IT

その後、任天堂はナイアンティックと共同で、人気キャラクター「ピクミン」を題材としたアプリ「ピクミンブルーム」を2021年10月にリリースしています。

こうした任天堂IPのモバイルゲーム・アプリへの進出は、Switchなど自社のコンソール機だけではないユーザーとの接点を広げました。

(2) 【テーマパーク】ユニーバーサル・スタジオへの進出(2016年11月発表)

2016年11月、任天堂はテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」内に任天堂のゲームの世界観を再現したエリアをつくると発表しました。

その後、600億円を投じたUSJの新エリア「スーパー・ニンテンドー・ワールド」は2021年3月にオープン。人気アトラクションの「マリオカート」は敵キャラクターに「こうら」を当てると得点になり、他プレイヤーと競う内容で、ゲーム会社らしい「やりこみ要素」があります。たとえば、特別なスタンプが手に入る隠しブロック、クッパに10回こうらを当てる隠れミッションなどがあります

米テーマエンターテインメント協会(TEA)などの2022年の調査で、USJの来園者数は1235万人となり、10年連続1位の米フロリダ州にあるウォルト・ディズニーのマジックキングダム(1713万人)、2位のカリフォルニア州にあるディズニーランド(1688万人)に次ぐ第3位です。東京ディズニーランドと東京ディズニーシー(TDS)を超えています。

その理由として、任天堂やハリー・ポッターなど世界中に映画や原作のファンを持つ人気コンテンツの導入が挙げられれています。

2025年には、米国の「ユニバーサル・オーランド・リゾート」にも「スーパー・ニンテンドー・ワールド」がオープンする予定です。「スーパー・ニンテンドー・ワールド」の狙いは、以下のように説明されています。

「スーパー・ニンテンドー・ワールド」では、これまで任天堂のゲームのコアな利用者でない家族連れなどがキャラクターに直接触れファンになってもらう仕組みを作る。マリオ自体は世界の人気者。ゲームの初心者でもなじみやすいキャラクターと位置づけられるが、知っていることとゲーム機を買うことには隔たりがある。パーク内でより身近になってもらい、主婦や中高年、小さな子どもを連れた家族などにも、ゆくゆくはゲーム機を買ってもらおうとの狙いだ。

USJのマリオ新施設、ビギナー取り込む本丸に 任天堂|日本経済新聞

テーマパークは、コアなファンだけではなく、家族連れなどライトなユーザーにとっての入口となることが期待されています。

(3) 【映画】「マリオ」の映画製作(2018年2月発表)

2018年2月、任天堂は「ミニオン」シリーズなどを手がける米イルミネーションと協業、資金を米ユニバーサル・ピクチャーズと分担することで、「マリオ」を使ったアニメ映画を製作すると発表しました。

2022年7月、映像制作会社のダイナモピクチャーズを子会社化し、ニンテンドーピクチャーズと名前を変えています。映像にチカラを入れていることがよくわかる買収です。

2023年4月、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が公開。世界興行収入は13億6000万ドル(約2000億円)を超える大ヒットとなりました。国内でも同じく大ヒットとなりましたので、映画館で観た人も多いのではないでしょうか。

すでに同じ座組で「スーパーマリオ」の新作映画を2026年4月に公開する予定だと発表しています。

2023年11月、米ソニー・ピクチャーズエンタテインメントと共同出資し、任天堂が過半を出資する「ゼルダの伝説」を実写映画化も発表。2023年5月発売の最新作「ティアーズ オブ ザ キングダム」は2000万本を売り上げており、映画の大ヒットも期待されています。

映画はIPとしての認知を広げるだけではなく、「マリオ映画の公開後、マリオ関連のゲーム販売(4〜9月)が前年同期比3割増えた」との発表もあり、ヒットすればきちんと投資に見合う価値があるようです。

(4) 【グッズ】国内初の公式グッズ店(2019年11月公開)

2019年11月、任天堂は国内初の公式グッズ店「ニンテンドートウキョウ」をオープンしました。

渋谷パルコ(東京・渋谷)の新装開業にあわせ、6階に300平方メートルの店を開く。「スーパーマリオ」「ゼルダの伝説」など大型タイトルのキャラクターグッズ約1000種類を一堂に集める。半数は東京限定品とする。ゲーム機やソフトも販売し、大画面で大型タイトルを遊べる体験コーナーも設ける。

マリオ、街に出る 任天堂が国内初の公式店|日本経済新聞

ちなみに、もともと海外では米ニューヨークに2001年に「ポケモンセンター」としてオープンし、その後の2005年に「ニンテンドーワールド」、2016年に「ニンテンドーニューヨーク」へと改装したショップがあります。

2022年10月に「ニンテンドーオオサカ」、2023年10月に「ニンテンドーキョウト」がオープンしています。

任天堂の地元、京都には2024年秋に「ニンテンドーミュージアム」が開館する予定です(発表は2021年6月)。

こちらの記事では、任天堂IPのコラボ製品が増加傾向にあることが紹介されています。

任天堂、「マリオ」コラボ製品5倍 IP活用しゲーム集客も|日本経済新聞

その目的は、消費者との接点を増やし、ゲームの世界観に触れる人口を拡大することにあるそうです。

「ゲームの世界観に触れる人口を拡大」任天堂・古川社長|日本経済新聞

IPビジネスへの転換はベストタイミング

任天堂の「2024年3月期 決算説明資料」(2024年5月7日)によれば、「モバイル・IP関連収入等」は前年比+81.6%と大きく伸びており、新たな柱として急成長しています。

任天堂「2024年3月期 決算説明資料

先日、スクウェア・エニックス・ホールディングスが発表した約221億円の特別損失が大きく話題になりました。ゲームは今、厳しい競争環境にあるようです。この記事では、ゲーム事業の減益が伝えられています。

ゲーム変調、大手4社減益 スクエニは拡大路線修正|日本経済新聞

それでも増益となったカプコンとコナミグループについては、次のように紹介されています。

それでも増益を確保したのはカプコンとコナミグループだ。開発タイトルを広げず、自社が持つ既存の強力な知的財産(IP)を活用している。カプコンはコンテンツ制作に投下した資金に対する営業利益の比率(ROI)の管理を徹底するなど堅実な開発体制が功を奏した。

ゲーム変調、大手4社減益 スクエニは拡大路線修正|日本経済新聞

ゲームは当たり外れが激しいものですが、ある程度成長したIPは安定した売り上げを会社にもたらすということなのだと思います。

日本のIPは今、グローバルから高く評価され始めています。現在の市場動向を見るに、任天堂がIPビジネスにシフトしていることはベストタイミングなのではないでしょうか。

株最高値、エンタメも寄与 PBR3倍で電機・小売り超え|日本経済新聞

目立つのがPBR(株価純資産倍率)の高さだ。エンタメ企業47社のPBRの加重平均を東証33業種(47社を除いたベース)と比べると、2.9倍と全体(1.4倍)を上回る。電機や小売り(ともに2.3倍)などよりも高い。
サンリオが9.1倍、カプコンが6.8倍、任天堂が4.0倍に達し、米ウォルト・ディズニー(約2倍)や中国の騰訊控股(テンセント、約3倍)を上回る
一橋大学大学院の野間幹晴教授は「無形資産への投資が将来の稼ぎにつながると評価されている」と指摘する。無形資産にはIPやブランド、技術、人材などが含まれ、米国の主要企業では時価総額の9割を占めるとの試算もある。(中略)
海外投資家の注目も高まっている。フィデリティ投信のペン・バワーズ日本株式リサーチ・アナリストは「日本企業のIPが世界で成功する力を持つことは海外投資家によく知られるようになった。投資家は次に海外でヒットするIPを探している」と語る。カプコンは「海外投資家からの取材依頼が増えている」という。

株最高値、エンタメも寄与 PBR3倍で電機・小売り超え|日本経済新聞

「新たなクールジャパン戦略」とIPビジネス

「新たなクールジャパン戦略」(知的財産戦略本部、2024年6月4日)の総論では、「IP」について次のように書かれています。

こうした環境変化の潮目を捉え、更なる高みを目指して、クールジャパンを「リブート」(再起動)すべき時期が到来した。日本には、コンテンツ、多様でおいしい食、様々な地域の自然・伝統など、広義の意味での知的資産(IP)が既に数多く存在している。これら IP を活用して、デジタル化が進展する中、新たな技術も取り入れて「イノベーション」を起こしながら、多様化・深化した「日本ファン」に対して高い「体験価値」を提供し、高い利益をあげて外貨を獲得し、それを関係者による再投資に回していくという好循環を確立できる絶好の機会に立っている。

新たなクールジャパン戦略|知的財産戦略本部

任天堂のIPビジネスでいえば、ゲームを提供する(コンテンツ)だけではなく、消費者との接点を増やし、ゲームの世界観に触れる人口を拡大する(体験価値)ことで、利益を上げていこうという考え方になります。

その戦略は、次のような図で表現されていました。

新たなクールジャパン戦略|知的財産戦略本部

日本政府が考えるIP(知的財産)はゲームやアニメに限らず、日本食、観光までを含んでいるので幅広いですが、基本的なビジネスの構造はそれほど違いがないように見えます。よく比較されるのが韓国です。

韓国は日本の省庁にあたる文化体育観光部がコンテンツ政策をつくり、傘下のコンテンツ振興院が一元的な実施機関として制作や人材育成、海外展開を支援する。
振興院は09年にコンテンツや放送、ゲームなど関係5機関を統合して設立した。民間の経験者を含めて独自に幅広く人材を採用している。

クールジャパン戦略崖っぷち 「再起動」は韓国に学べ|日本経済新聞

韓国のK-POPや韓国ドラマのブームにより、「食」「化粧品」などの文化に関連する産業が大きく伸びたことはよく知られており、その日本版をつくろうということです。

世界に広がるK-POPや韓国ドラマのブームも追い風だ。BTSやブラックピンクらが同社の激辛麺を食べる動画を投稿しSNS(交流サイト)を通じて拡散した影響も大きい。金氏は「韓流拡散に乗ってKフードも大きなトレンドになっている」と手応えを感じるという。

韓国即席麺の元祖、国内工場増設 「Kフード」輸出拡大|日本経済新聞

一方で、外食大手の海外店舗比率は2023年度に初めて4割を超えており、ゲームやアニメだけではなく、「食」の海外展開は始まっていると言えるのかもしれません。

外食、店舗の4割超が海外に 円安で出店拍車|日本経済新聞

国内外食の売上高の上位企業のうち、店舗展開が国内にとどまる日本マクドナルドHDを除く上位10社を対象に、直近の決算期末の海外店舗数を集計した。10社の海外店舗数は約1万3000店に達し、全体の42%を占めた。

外食、店舗の4割超が海外に 円安で出店拍車|日本経済新聞

いろいろ調べてみると、日本政府の「新たなクールジャパン戦略」もまた、ベストタイミングで始動したプロジェクトのように私には思えます。

今こそ、任天堂のようにさまざまな企業がIPビジネスを展開する好機なのではないでしょうか。

最後に

マンガDXのスタートアップ「コミチ」のCEOとしても、グローバルにマンガを届けること、出版社やアニメ制作会社などのIPビジネスを支援することはテーマの1つだと考えています。

今回のnoteは書きながらIPビジネスについて調べ、深く考える機会となりました。こうした考察を自社のビジネスにつなげていきたいと思います。最後まで読んでいただき、大変にありがとうございました!


最後にPRです。マンガDXのスタートアップ「コミチ」は、いっしょにIPOを目指す仲間を募集中です。特にマンガメディアのプロデューサーやディレクターを急募しています!

直近(2024年4月)では、一般社団法人電子出版制作・流通協議会の「電流協アワード2024」特別賞受賞しました。売上YoY200%成長、2期連続黒字化を達成し、急拡大中です。カジュアル面談からでも、ぜひお声がけください!(詳細は下記HPをご覧ください)

それでは、また次回のnoteで。


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