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紡ぎだされる記憶 ーアンドロイド物語ー 黒田まさきさん


この度初めてミュージカルコースに参加して頂いた黒田まさきさんに、公演の感想を頂戴しました。
魅力的な雰囲気と、素敵なお人柄で、ミュージカルコースの学生を見守って頂きました。公演へのお力添え頂きましたこと、教員一同心よりお礼申し上げます。



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公演から早くも1週間あまりが経過しそろそろ桜の蕾もほころび始めた頃、畏れ多くも感想文執筆のご依頼をいただき、初参加となった今回の経験を自分なりに振り返っている。


出演の打診があったのは秋も深まり始めた昨年10月下旬の事。ミュージカルコースの羽鳥教授と電話で初めてお話しさせていただき、この人よく喋る人だなあ…と呑気な事を考えているうちに何となく話がまとまり、翌月の中頃には羽鳥さんと(これ以降「さん」でお呼び下さいとご本人からメールをいただいたので。)ミュージカルコースの皆さん、そして今回務める事となった役との初対面を果たす事となった。


《ドップラー博士》


ナントカ博士役というのは、古今東西の様々な物語の中においてもジャンルを問わず欠かせないキャラクターである。勿論私の専門分野であるオペラでも定番の役どころで、愛すべき困った?おじさんとして様々な博士役が数多く存在している。概ねその性格はクセが強く与えられる音楽も印象的で歌い手冥利に尽きる所謂オイシイ役であることが多い。ドップラー博士に対して勝手にかなりのシンパシーを感じつつ台本の到着を待つこととなった。初対面の日に台詞の一部と歌唱予定曲の旋律を確認し、おおよその役柄やイメージについて解説をしていただいたことも想像力の後押しをしてくれた。


後日、お送りいただいた台本を携えいざ稽古見学に訪れてみると既にほとんどの流れが出来ている。私の役だけでなく他の助演の役のカバーも学生が務め、台詞、ナンバー、振り付けまで全て入った状態。しかも各自が複数役をこなし、羽鳥さんの指示に「はい!」と躊躇なく返事をして変則的な組分けでの演唱にも即座に対応していく。大阪音楽大学のミュージカルコース、凄すぎるでしょう…感心すると同時に計り知れない不安に押し潰されそうになる。これはちょっと完全に来たらあかんところに入り込んでしまった。後悔先に立たずとはこのことである。しかも学生達と違い私が務めるのはドップラー博士ひと役のみ、せめて覚えて来なければと脳ミソに鞭を入れてどうにかほとんどの部分を詰め込んだ。しかし遂に始まった立稽古で私がぶつかったのはそもそもの表現の根本だった。


学生時代から幾度となく指摘され、特に自分の師匠からは口を酸っぱくして繰り返し言われ続けたのが《気持ちを込めない》という事。カラオケやっとるんと違うぞ、節をつけるな、やってることに酔うな…等々。様々な言い方でほぼ同じ事を延々と指摘され続け絶望していたかつての日々。それはやはりミュージカルでも同様、だったのだが私はどうやらすっかりお馴染みとなった博士役達のクセやら身振り手振りやらにかまけて出来ているつもりになっていたらしい。20年ぶりに通う学舎で晒した相変わらずの体たらくに内心苦笑しつつ作中ナンバーの歌詞の通り『汗かき恥かき進んで』いく日々。ふわふわと頼りない心持ちでいたのだがある日のダメ出しで羽鳥さんがサラッとおっしゃった「悼むということができるかどうか。」という言葉に助けられた気がしている。台本の内容に対して感じていた疑問のようなものも氷解した。


自分の出演する3公演を終え、それぞれ感触は違っていた。舞台というものは当然ながら一回やってしまうと再びそれを巻き戻してやり直す事は出来ない。今回の小学生向けと一般とを合わせた全6公演は、羽鳥さん、教員・スタッフの皆さん、そして学生達の過ごした2年間の問いと答えと覚悟によって放たれた物語であった。良いこと、嫌なこと、普通のこと、思いもよらないこと。月並みではあるが人生にも舞台上にも全てのことが存在する。私も含めて各々に自分がどれだけ出来たかの自覚はあるが、それとは別にお客様の受け取り方もそれぞれであろう。アリスが消えた世界、残された人々、アンドロイド達の行く末はご覧いただいた方々の心に委ねたい。そして卒業する学生達の未来は彼ら自身の手に。あんなに気持ちのいい若者達が一人残らず幸せにならないはずがない。


母校のオペラハウスで過ごす日々の中で思い出したのは自分が初めてこの舞台に立った時のこと。訳もわからず迎えた本番の舞台上から私が見たのは埋め尽くされた客席、強く照らされた自分たち、そして全てを優しく包んでくれる、温かな木の色と金色のシャンデリアの光、音楽。こんなに素晴らしいものは、そしてこんなに優しくて温かい人達は自分の今までの人生には存在しなかった。この人達とずっと一緒にいたい、そう強く願った。


本当に久しぶりに着到板をひっくり返して足を踏み入れたオペラハウスは金色のシャンデリアも木の色も、優しく変わらない顔つきで私を迎え入れた。そしてあちこちで交わされる「おはようございます」「お疲れ様です」の挨拶の声と明るく元気で朗らかなミュージカルコースの皆さん。どうも私は今回の経験とミュージカルコースの皆さんとの出会いがだいぶ嬉しかったらしい。卒業されるお一人お一人と再び良い形で巡り会える事を、20数年前のあの時と同じくらい強く願ってしまっている私がいる。


最後に、カーテンコールの際にご本人からもお話しがあったが今年度をもって羽鳥さんはミュージカルコースの教育主任を退任される。その事に言及される度に袖に待機している皆さんが「むりむり!」と首を横にふり拒否していたのが大変印象的だったが心配はご無用、どうやら来年度からも羽鳥さんはちゃんといて下さるとの事。今後とも大阪音楽短期大学部ミュージカルコースの学びに温かな眼差しを注いでいただければと切に願います。

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