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Bye Bye 愚零闘武多

「お願いだ。『死』だけは、
『死』だけは書かないでくれ」

祈るような気持ちでリングを見つめていた刹那、会場のモニターに映し出された卒塔婆を見て、私の魂は成仏した。

2022年6月12日、武藤敬司自らの口でリングを去ることが発表された。追って武藤が代理人を務める「愚零闘武多」のラストマッチも告知された。
徐々に解禁される情報に過去の記憶が抉られ、心が躍った。
日米のスーパースター対決「正義と悪の合体新婚旅行(by辻義就)」と称されたスティングの来日。
卒塔婆に「死」と書き、当日夕方の特番から急遽深夜枠への移動を余儀なくされた新崎"白使"人生。
武藤と同期でありタッグを組んでキムドク・栗栖正伸と闘ったAKIRA。
当時WCWでムタのマネージャーを務め、ムタのnWo加入時などに何度もムタに裏切られたサニー・オノオの来日。
そして立会人としての来場が発表された「父」グレート・カブキ。

武藤敬司の引退試合について「今を生きたい」と語ったことに対比して、グレートムタのByeByeは「過去を振り返る試合」となることが予想された。

丸藤を皮切りににスーパースターの入場が続く。
少し手許が狂ったが蜘蛛の巣を披露するAKIRA。

みちのくの精神を背負っての入場だった白使。1996年は白の竹笠を被ったお遍路スタイルだったが今回は山伏スタイルでの入場。錫杖だけを持つ代わりに従者を引き連れて卒塔婆を持たせていた。

青コーナーの入場が終わったところで祭囃子がこだまする。続いて奏でられるYANKEE STATION。グレートカブキの入場。ヌンチャクを披露してからの毒霧は大阪ドームでの新日本ラストマッチを想起させる。

続いて赤コーナー。ダービー・アリンはスケボーで花道を滑走する。
スティングは入場前の前奏としてかつてのテーマ曲「TURBO CHARGED」が流れる。その後クロウスタイルとなってからのテーマが流れ、27年ぶりの日本マット登場となった。

役者がそろい、いよいよムタの入場。日本逆輸入時代のテーマ「MUTA」が会場に鳴り響き、ついにグレートムタが入場した。

元日の対中邑真輔戦の手ごたえがあまりに良かったためか、試合は過去の思い出を振り返る展開が続く。スティングのタックルで本部席まで吹き飛ぶ白使。コーナー下に佇む従者を攻撃して卒塔婆を折るムタ。印象に残るシーンはどれも白使絡みのものであった。直接対決は1996年の一度しかないが、あまりにも印象に残る試合であり、時を経て黒師無双として白使とタッグを組んだり、藤波辰爾50周年記念大会ではトリオを組んだりもした。

試合終盤で劣勢だった白使が反撃に転じる様も96年を彷彿とさせる。拝みこそなかったがダイビングショルダーやダイビングヘッドバッドも見せた。自らの血を吸うシーンは、93年WAR大阪大会での対グレート・カブキ戦を想起させた。この時はカブキが噴水状となった血をムタの背中に浴びせるという凄惨な場面であり、白使もムタに吹きかけるなどをするかと思ったが口から垂らすに留めた。
その後拝み渡りも見せたがいつもの人生らしくない「速さ」での渡りであり、ついていけないムタに引きずられて手刀を落とすところまでは行けなかった。序盤での本部席ダイブによる脚の負傷か、流血により足下が狂ってしまったのかは定かではない。

再び形勢は逆転する。ダービーのコフィンドロップ、スティングのスコーピオンデスドロップを喰らう白使。いよいよ終わりが近づく。最後は閃光妖術によりムタが白使からピンフォール。ついに魔界へと帰る扉が開いてしまった。

流血した白使。折られた卒塔婆。観客はいやが上にもあのシーンを望む。再び従者を襲い、折れた卒塔婆を手にするムタ。リング上で倒れたままの白使に再度攻撃をしてコーナーに座らせ、額の血を指にとって卒塔婆に字を書き始める。

周囲から「死だ。死を書け」との声が聞こえる中、ただ一人ではないと思うが「『死』だけは書かないでくれ」と祈っていた。
96年の試合における「死」は試合中盤であり、卒塔婆を持ってきた白使への怒りに満ちたムタが「これからお前を地獄に送ってやる」という意図で書いたものであった。その宣告の通り、終始一方的なムタのペースで試合は終わり、格の違いを見せつけた。
一方で今回はムタ最後の試合であり、白使やAKIRAは対極にいたとはいえ「友情出演」の度合いが強い。なおかつ試合も終わりノーサイドへと向かうとき、遺恨とも言える「死」はこの場にそぐわないと感じていた。試合中であっても今日という場に相応しくないと思っていた。

果たしてモニターに映し出された文字は「完」
この日一番の盛り上がりを見せる会場。誰もが予想しなかったであろう字で、グレートムタは自らの区切りをつけた。

会場のモニターにはムタが書いているときの映像は映っていなかったように思える。卒塔婆こそ見えていないが、指の動きから「死」ではないことが分かり、リングを見入ることはできなかっただろう。
それだけに「完」が映し出されたときのインパクトは大きく、これぞグレートムタの世界だと感服した。
「完」を見届けたことによりマットに崩れ落ちる白使。元の姿である新崎人生を相手に「成仏」させるムタの懐の深さに、これまでプロレスを見続けて良かったと心の底から思えた。

花道を歩くムタ。ダービーとスティングが肩を貸す場面もあったが、途中から一人で道を歩く。中腹当たりで立ち止まり、最後に天に向けて放った毒霧は鮮やかな緑色だった。

グレート・ムタ 引退記念Blu-ray BOX GREAT MUTA FINAL ”BYE-BYE” | プロレスリング・ノア公式サイト | PRO-WRESTLING NOAH OFFICIAL SITE
https://www.noah.co.jp/news/4104/


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