初恋3
そんなこんなでカップルご成立した我々でしたが、受験生の夏休みに遊んでいる暇はありません。特に僕は、今まで遅れを取り戻さなければならないのです。確かにあの塾講師の大学生が言ったとおり、それからは集中して勉強するようになりました。しかし問題は彼女です。いや、カノジョ(↑)というのが正しいでしょうか。問題はカノジョ(↑)です。うふふ。学校が休みになってしまっているため、カノジョに会うためには直接連絡を取り合わなければいけません。しかし、そのころは携帯電話の普及率もまだ低い時代、広末涼子のCMでポケベルが若者に浸透し始めるのもこれより2、3年後のこと。中学生の我々が連絡を取るのには、直接電話するしかありませんでした。緊急連絡網を女子に回すだけでも受話器がベッショリになる僕でしたが、告白したときの緊張を思い出すと不思議と勇気が沸きました。
電話をかけたのは告白から1週間ほど経った日のこと。電話に出たのは彼女の小学生の弟でした。「大熊と申しますが友紀さん(松本さんの名前)いますか?」と聞くと、ちょっと戸惑った様子で「しょうしょうおまちください」と答えました。さすが彼女の弟、よくできた子だ。お兄ちゃんて呼んでくれてもいいんだぞ。弟は保留の仕方がわからなかったらしく、待っている間受話器の向こうから話し声が聞こえてきました。何を話しているのかはよくわかりませんでしたが、女の人の声で恐らく松本さんのよう。それにしてもなかなか電話に出ずに話し込んでいます。そしてしばらくして「はい」と電話に出たのはやっぱり松本さんでした。しかし彼女は心なしか元気がありませんでした。
「どうしたの?」と聞いても「別になんでもないよ」としか答えず、無理に会話を盛り上げようと谷口宗一のソロデビューの話とかしても、食いつきそうにはなるのですが、相槌を打つくらいで話を切り上げようとします。あんな風にお互いの意思を確認しあったばかりで恥ずかしいのは仕方がないと思いましたが、やっぱり少し寂しく感じました。ただ、僕はとにかく彼女に会いたくて会いたくて仕方がなくて、たった1週間で彼女が僕のオナペット界で相当なアベレージヒッターと化してしまっていたため、とりあえず図書館で一緒に勉強しないかと誘ってみました。しかし残念ながら彼女はお盆で父親の実家に行くことが決まっていたらしく、断られてしまいました。仕方がないことだと思い、その後は多分また他愛のない話をしたと思いますが、よく覚えていません。ただ、その電話を切った瞬間、なぜかまた胸の奥に大きな塊ができたのを感じたことだけはよく憶えています。それから残りの夏休み、結局僕と彼女は一度も会うことも電話することもありませんでした。
夏休みが明け始業式の日。僕は彼女とのことをあの塾講師にしか言わなかったし、彼女も性格上誰にも言わなかっただろうと思います。朝の廊下で彼女とすれ違った僕は「おはよう」と話しかけました。彼女と会うのはあの告白の日以来です。彼女は目を合わせず小さな声で「おはよう」と答え、僕が続けて「夏休みどうだった?」と聞く前に立ち去りました。特に変なことではありません。夏休みに入る前は彼女は僕と口をきいていなかったのです。そんなふたりが突然仲良さそうに話しているほうがむしろ不自然です。恥ずかしがり屋の彼女のことなので仕方がないかと思い、人前で彼女に話しかけるのはやめようと思いました。
となると今度は話しかける機会がありません。多くの人がいる学校で、彼女とふたりきりになる瞬間なんていうのはそうそうあるものではないのです。僕はぐっと耐えて彼女とふたりになる瞬間を待ちました。三日ほどたった日の放課後、委員会の仕事で帰りが遅くなり昇降口で靴を履き替えているとき、たまたまなにかで帰るのが遅くなった松本さんに遭遇しました。「今帰り?」と僕が話しかけると、松本さんは一瞬驚いたような顔をして「うん」とだけ答えました。待ちに待ったこの瞬間なのですが、いざとなると緊張してしまい何を話していいのかわかりません。松本さんも緊張しているのか何も話しかけてきません。とにかくどうにかしなくちゃと思い、勇気を振り絞って言いました。
「日曜日、暇?」
「暇じゃない」
松本さんはそのまま小走りに帰っていきました。
こうなるともうわけがわかりません。僕と松本さんはカップルではなかったのでしょうか。何か僕が怒らせることでもしたのでしょうか。気は使いすぎるくらい使ってきたつもりです。逆に気を使いすぎたのが良くなかったのか。いや、っていうか告白してからほとんど言葉交わしてない。夏休みもっと電話かけてほしかった。それなら向こうから一回くらいかかってきてもおかしくない。オナペット……いや確かに回数は増えていたけどそんなことばれるわけがない。深山……深山!? いや、しかし、でも……。真相は闇の中。そのまま彼女と僕は目を合わせることもなく、中学校生活最後の体育祭や文化祭などのイベントを、記憶を共有することなくこなしていきました。
暮れも押し迫ったある日、掃除の時間にクラスの女子から呼び出されました。何かと思えば僕の下駄箱があまりに汚いから何とかしろとのこと。僕の下駄箱は、陸上部時代に履いていたボロボロの靴を引退してからずっと入れっぱなしにしていて、あまりに汚いので下駄箱掃除担当の人たちからずっと放置されていました。学級委員のその子が下駄箱掃除担当になり、その責任感の強さから言ってきたのでした。仕方がなく掃除をしようと下駄箱を改めて見てみたのですが、確かに汚い。早速取り掛かるため靴を下駄箱から取り出そうと手をかけると、手に妙な感触を覚えました。何だろう、ゴキブリか? 恐る恐る靴から取り出すと、それは一枚の手紙でした。
(次回最終回は明日アップします)