「さようなら」という生き方のゆくえ

 言葉にそれなりのこだわりは持っているつもりだが、好きな言葉を挙げろと言われると困ってしまう。そんな僕が就職活動とやらに魂を売っていた頃に試験で「好きな言葉について1200字で30分」などと作文を課されて、やっとの思いでひねり出した好きな言葉が「さようなら」だった。
 我ながらよくひねり出したものだと思う。考えてみればあの作文を書いたのは2年以上も前のことになるが、「さようなら」という言葉が好きであるということに違和感はなく、むしろさらに好きになっているような気さえする。

 「さようなら」と日本語に訳される外国語は、おおむね3種類に分かれるのだという。英語で挙げるならば、(1)See you again. 「また会いましょう」 /(2)Farewell. 「お元気で」 / (3)Good-bye. 「神があなたのもとにありますように」ということになる。
 その中にあって日本語の「さようなら」は、いずれにもあたらない。注視するまでもなく語源はわかりやすいが、漢字に直せば「然様なら」。「そうであるならば」という接続詞であり、これが別れの言葉として日本ではずっと通用してきたわけだ。
(参考文献:竹内整一『日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか』ほか)

 それはおそらく運命や宿命に対する従容とした態度であり、しかしそれはなすがままになるばかりでなく最後にはみずから受け入れるもので。こうしたトピックを武士の切腹や散りゆく桜になぞらえたがる人も多くいるだろう。

 ただ僕はこれをもって、日本語が素晴らしいだとか日本が美しい国だとか、そんなことを言うつもりはない。多くの愛国的な言説はポジショントークでしかなく、日常感覚の外に一歩でも出たら相対化されなければならないものだと思っている(愛国的な言説自体、もしくはそれを相対化できない人間が多く存在することが、国民国家を中心とした現代のパラダイムにおいて一定の役割を果たしていることは確かだけれど)。
 だから僕は好きな言葉なるものを見つけあぐねているのかもしれない。しかしそんな中で「さようなら」という言葉が好きだといえるのは、おそらくどこかに、そのような従容とした別れへの態度に対するあこがれがあるからにほかならない。

 人に誇れる才能なんてもちろんなければ、そんな中で前面に立つ無鉄砲さも、他人より先に自分を認めることのできる強さあるいは図々しさもない。だけど誰かに認められたいから、先に誰かを認めて受け入れることでその互酬に期待するしかない。「然様なら」と、遠からぬ相手のことはすべて受け入れることで、無意識ながらなんとか、自分が立っていられる場所を確保しようとしてきた。
 それが一時的にでもうまくいくことが存外に多かったことが誤算で、しかしそんな僕はその誰かに、本質的に何かを与えられているわけでもないし、もっといえば自ら働きかけているわけでもない。それはおそらく空気みたいな存在で、新鮮で澄んだ空気は美味しいし必要だが目に見えないし、またひとたび濁れば開け放たれた窓から換気されなければならない。

 しかしそのとき僕はいつも、その相手にすでに依存しているのだ。透明な僕のことがもちろん見えていない相手に、どうしようもなく。そんな相手にさまざまな形で突きつけられる「さようなら」を、その僕が「然様なら」と受け入れることはきわめて難しい。
 無条件の「然様なら」を生きる術としてきたはずなのに「さようなら」だけが受け入れられない。なんとも皮肉なものだ。

 「さようなら」に向ける感情の裏にある、従容とした別れへの態度に対するあこがれ。それはきっと完璧なもの、完全な調和に対するあこがれでもあって、「然様なら」と「さようなら」をも受け入れたい、受け入れられない、そのゆらめきの部分が生み出しているものなのだと思う。

 突きつけられた「さようなら」に見苦しく抵抗している自分に気付くたび、せめて執着している(していた)相手の中で調和した存在でありたかったと悔いる。最後まで「然様なら」を差し向けていたかったと願う。
 このこと自体、「然様なら」からの逸脱にほかならない。堂々巡りを繰り返す中で、時間が感情を少しずつ解決してくれるのを耐えるしかない。

 察しのいい方なら気付くかもしれない。ここにこんなことを書いていること自体、見苦しい抵抗の過程だ。

 結局のところ調和した「さようなら」という生き方のもとにあることは僕にはできないのだろう。しかしとりあえず今日と明日を生き抜くために、僕にとりうる術は「然様なら」しかない。僕はどこへゆくのだろうか、やはりひたすら時間が経つのを待つしかないのだろうか。

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 ああ、ああ、さようなら。
 思い出してくれなくてもいいから、忘れないでください。


(続き?→ http://ask.fm/daikouzui/answer/113700711407 )

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