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傘を差したくないけど

雨は好きじゃない。
でも濡れるからという理由じゃない。寒いからという理由じゃない。

傘の煩わしさが理由だ。

傘を開くと自分の体以上の範囲を気にしないといけない。
手持ちだから、片手でなにかしらをしないといけない。
風の抵抗を受けてばさーっとなる。

濡れたらいいじゃん。
まぁそうなんだけども、いく先々で迷惑になる。
「濡れ男」があちこちに出没することになり、各場所でパニックを撒き散らす。

「濡れ男が雑誌を次々と濡らしいくー!」「濡れ男がふかふかのソファーにシミをつけてくー!」「あ!足跡!おーい!そっちにいったぞー!」

ぬれぬれパニックだ。
企画モノのタイトルみたいになってしまったが、周りに迷惑をかけるということだ。
だから濡れてはいけない。


いまはアウトドアファッションが町中でも浸透しているから傘がなくとも防水対策が整えられる物を着ればいいんじゃないか。

そういうのって、たっかいのよ。

売れていない芸人にとって、数万単位を一着に費やすなんてのは
「50メートルを25秒で走る運動能力激低成人男性がサスケの完全攻略5回クリアーする」ほど不可能なこと。

だから雨が当たったら即染みの通常上着を装備するしかない。

風邪を引かない頑丈な身体を持っていれば濡れることも辞さないが、そんなことをしようもんなら瞬く間に体調不良祭りの開催だ。

ゲーッホゲホゲホゲッホッホ!(お神輿)

いやだ。

傘を差さないとダメなんだ。
ぐぬぬ。

でも町中で傘を差すと必ずぶつかり合う。
望んでないのにぶつかる。


今では見なくなりつつあるが、ドラマやコントで、ヤンキーとか悪い人がわざと因縁をつけるためにすれ違い様に肩をぶつけてきて「あー!いたたた!どこ見とんねんワレー!こりゃあ慰謝料もらわなあかんなー!」
絶対西の感じ


それが、全く縁遠い人々であちこち行われるのだ。


ぶつかるってだけだけど。

傘でチャンバラごっこでもしたら楽しいかな。
ぶつかった人同士がおもむろに傘を閉じ、先を向け合う。

どちらかが、一歩動き出すその刹那。

花柄の剣とビニール剣がギギギギギギと重なりあう。

いつまで、この均衡した状態が続くのか・・・その時
ビニールの剣がへしゃりと力なく折れ曲がる。
決まった。花柄の剣を持つOLが勝利の咆哮を響かせる。
その足元で濡れ続ける地面に膝をつけうなだれるサラリーマン。

勝因はやはり強度の差のようだ。
持ち主の力を剣の強度が補填した。いわばチームワークの勝利だ。

降りしきる雨は歓声となり勝者の頭上へと浴びせられる。
それは戦いの血と汗を洗い流し、地面を伝って排水溝へと落ちて行く。

勝った。私は勝ったんだ。
OLになって3年目、下も入ってきて任される仕事も増えてきた。
彼氏とも順調で結婚の話だって進んでいた・・・・はずなのに。

ある日、久々に仕事が早く終わったから彼の家でご飯でも作ろうかななんて
最寄りのスーパーでハンバーグの材料買ってきてサプライズで合鍵を使い玄関のドアを開けた。

「ひろくーん!・・・・・えっ・・」

真っ先に飛び込んできたのは私の知らない真っ赤なパンプス。
私は基本仕事以外の時はスニーカーで、スタンスミスとかそういうシンプルなものしか持っていない。

それについて、散々彼にも「ちょっとは女の子らしいの履いたら?」なんて言われたりもした。
その度に「うーん、気が向いたらね!」ってはぐらかしてもいた。

だからさ、もしかしたらプレゼントで用意してくれたのかななんて。

自分の足をパンプスの横に置いてみる。
「ははっ、ちっちゃいね・・」今自分が履いている黒いヒールとはえらい差だ。

きっと、リビングの向こうには私より華奢でいかにも女の子らしい子がいるんだね。

「いやだ~!もうひろくん~」だって。
私の他にもそうやって呼ぶ子いるんだ。

その場から一刻も早く出たくて、挽き肉や玉ねぎの入った袋をガサッと落っことし、勢いよくドアを開け飛び出した。

向こうでやっと異変に気付いたのか、ひろくんの声が背中を追いかけて来る。
気持ち悪い。

ヒールが擦れて足の指や、かかとが痛いけど、あいつに捕まって意味わかんない弁明されるくらいなら、血まみれになったって構わない。

無我夢中で走った。
走って走ってとにかく走った。

今の私の走りを見たらトム・ハンクスも目を丸くするんじゃないかな。

突然目の前がグラッと歪み、直後地面が目の前にきた。
なにが起こったのかわからなかったが、足元を見て納得した。
片っぽのヒールが完全に折れていた。ははっ情けない。

夢中で走ってていつの間にか街中まで来ていたようで、あっという間に人だかりができた。

大丈夫ですか?声は掛けてくれるけど、手は差しのべてくれないんだ。

それはそうだよね、ボロボロになって足も血まみれでかかとのへし折れたヒールが転がり倒れてる女なんて警戒するに決まってる。

いっそ笑ってよ。笑い飛ばしてこの負けっぷりをどっか遠くに投げ飛ばしてよ。

そんな願いも叶うはずなく、私は私を軸にできたサークルの中心から足取り重く外れる。

とぼとぼとまるでゾンビのように左右に身体が揺れながら人通りの多い街中をさまよう。

頭に冷たい刺激がきた。それが雨だとわかった時にはもう本降りになっていた。

あーあ、雨降っちゃった。
いっそ濡れてもいいんだけど、風邪引きたくないから傘買お。

たまたま近くにあったデパートに入る。

ずぶ濡れの裸足女が入店すると、周りのお客さんはざわつき呆気に取られている。あらあら奥様、その塗りたくった真っ赤な紅が真ん丸になっておりますわよ。

店員も大丈夫ですか?
なんて心にないこと言っちゃってさ、本当は「何お前みたいな捨て犬が来てんだよ。お前なんか来る場所じゃないんだよ」なんて思ってるんでしょ?

ちくしょう馬鹿にしてさ。じゃあこっちだって黙らせてやるさ。
おもむろに目に入った傘を手に取る。
それは黒のサテン地に花柄の刺繍が入った何とも手のこんだ傘だった。

一体どんな人がこんな傘差すんだろう。

値札を見たら1万2000円。
は!?傘1本がこんな値段するの!?
馬鹿じゃないの!?心の中で叫ぶ。

もう逆に意地だよ。「カード一括でお願いします!」

意気揚々と店を出る。
どうだ。捨て犬の1齧りは。
やだ、イタチの最後っ屁みたいな言葉生み出しちゃった。

外は相変わらず雨が降りしきる。
けど、この傘があるから堂々と街中を歩けるんだ。

裸足だけど関係ないや。このまま帰ろう。
雨に濡れた地面を1歩1歩歩いていると、ひとつのビニール傘にぶつかった。

もう!なんで私の邪魔するの!いい加減にして!

相手のサラリーマンもこちらを睨む。

わかった。そっちがその気なら私も負けないよ。

買いたての傘を閉じサラリーマンに切っ先を向ける・・・。




いや!!!傘煩わしい話!
けど、今のとこは差すしかないんだろうなぁって。

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