野球をやめた話⑪

野球をやめるまでのカウントダウン状態に入った僕たちだったけど、実は誰の口からも「俺、やめるわ」の言葉は出てこなかった。
この時のみんなの心情は分からないけど、やめたいけどやめられない…的なチキンレースになっていたのかもしれない。
誰かの「俺、やめるわ」待ち。
むしろ、やめるキッカケを探していたかもしれない。

そんな時期に決定的な事件が起こった。
とある試合で監督がとった采配にあまりにも納得がいかなくて、僕らの中で何かが音を立てて壊れた。
どんな采配だったかというと…
試合に登録できる人数は決まっているのに、試合の途中で登録されていない選手を登録されている選手のユニフォームに着替えさせて出場させたのだ。
監督は「ベンチからあいつの名前を叫ぶなよ。叫ぶ時は『〇〇(登録されていた選手の名前)』だぞ」と僕らに言った。
意味がわからなかった。
そこまでして勝たなくちゃいけないのか?
そんな気持ちが渦巻いて、その日を境に一気に野球への熱…というか、このチームへの熱は冷めていった。

そこから少しして、僕らは会議を開いた。
『僕ら』といってもチームの同学年全員ではなく、同じ小学校からこのチームに入った仲間だけで。
そこでは、「やっぱりあの采配は納得いかない」「俺、このチームもういい」などの発言が飛び交った。
そしてついに、誰かの口から「俺、やめるわ…」の言葉が。
そこへみんなが「俺も…」と追随した。
「じゃあ、次の練習の日にみんなでやめるって言おう」と話がまとまった。
だけど、僕は「俺、もうちょっと続けるわ」とこのタイミングでやめる選択はしなかった。
もちろん、みんなと同じ気持ちでいろいろ納得のいかないことはあった。
だけど、まだ「野球は好き」という気持ちの方がかろうじて上回っていた。
みんながやめてしまうことを止めることもしなかった。
ただ、「俺はもうちょいやってみる」の気持ちだけ。
そこで、誰も「大吾も一緒にやめようぜ」とは言わない素敵な仲間だった。

次の練習の日、みんなが「やめる」と伝えているのを練習しながら遠巻きで見ていたような記憶がある。
いや、監督の家に言いに行ったんだっけ。そこに俺もついて行ったんだっけ。
引き止めじゃないけど、多少のやり取りというか意見交換もあったのか、時間かかってるなぁと思いながら見ていた。
最終的に話がまとまり、みんなは野球をやめた。
そこから、毎週日曜の朝にみんなで集まって自転車を漕いで行っていたグラウンドへ、僕は1人で向かうことになった。
1人で向かう野球の練習は、嘘みたいに寂しかった。

※おまけというか余談というか
ここまで多少の記憶違いはあれど嘘偽りなく書いています。
が、あまりにも中学のチームが酷いと思われてもイヤなので…。
監督の采配には首を傾げることも多かったけど、やはりそこには「勝利への執念」や「勝たないと分からないことがある」などの考えが根底にあったと思っています。
楽しいだけの少年野球をやってきた僕らには、その辺の考えへの理解力が欠けていたと思います。
『勝つ』ことより『楽しむ』ことが最優先。
どっちが正しいかは分かりません。
監督は勝利への執念もありましたが、やはり中学野球の指導者としてもちゃんとしていて、ありがたかったエピソードもあります。
エースではなかった僕が先発した試合でのこと。
なんとかリードを守りながら試合の終盤に差し掛かったころ、僕のスタミナは限界でした。
「そろそろ誰かと交代だろうな」と考えていた僕に監督は「今日はお前に完投させたい。完投とはどういうものかを味わってもらいたい。」と言いました。
その言葉を意気に感じて、最後の力を振り絞ってなんとか1点差で完投勝利を収めました。
試合後「ごくろうさん」と一言だけ言われました。
たぶんだけど、これが普通の野球チームなんだろうなと思っています。
幸か不幸か僕らは小学生で『楽しすぎる野球人生』のスタートを切ってしまっただけなのかもしれません。
と、しばらくして思いました。

次回で最終回にします!

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