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十四、5月中旬

2021年5月中旬

 《これから仕事しに行きたいのですが》とLINEが入る… 都内から仕事帰りの客人から… やり残した残業の宿題でもあるかな… うちで仕事なんて珍しいね… って返事しようと思ったところでやっと気がついた!… そうじゃなかった… そういう話したんだった… うちは〈スタッフOnly〉の店だったんだ… 《たくさん仕事あるので手伝いに来てね》と返す…。この街にもマンボーがやってきて… その前夜には最後の晩餐で盛り上がった飲食店もあったようだ… 最後の仕事… さて何聴く?… どの仕事から始めようか…。

 《「愛の讃歌」が聴きたい》… 美輪明宏はないけど… 越路吹雪… 菅原洋一… エディット・ピアフから行くかやっぱり… 「バラ色の人生」は1946年の録音… 曲はドイツ占領下の時代に作られた… 「愛の讃歌」が50年… 「セリーヌ」なんて曲もある… 古い民謡らしいが… フランスのレジスタンスたちに支持されて… セリーヌはそのレジスタンスたちに吊し上げられたわけだが… 戦中戦後の… 酷い時代の… ニッポンの戦後左翼にも絶大な支持があったことだろう… それとも街場の庶民として… 貧しい出自からの… 民衆の愛と自由を求める歌として… 歌を求めるのはいいが… 愛と自由の希求が誰かを犠牲にする… 巡り巡って自らを… 愛と自由ってのはキリがない…。

 子供の頃住んでた集合住宅の、隣のうちからいつもシャンソンが聴こえてきた… 夕方になると出かけていくお母さんがピアノ弾きながら練習してた… どこかのお店で歌っているとか言ってたな… 朗々とした歌声が… いや朗々というか… むしろ陰鬱だった… 暗くて重いヴィブラート… それに混じって五輪真弓の「恋人よ」が入ってたりして… 歌謡曲もレパートリーだったんだろう… 隣人を犠牲にしてた…。民衆の歌の暗さ… 明るさの中の暗さ… あるいは暗さの中の明るさ… 暗さと明るさの二元論… 暗さと仄かな明るさ…。革命の国フランスの… 封建制への抵抗… 占領に対する抵抗… 複雑な暗さ… ニッポンだって一緒… 抵抗を求め抵抗に巻き込まれる民衆… 抵抗なんて求めちゃいない… 仄かな明るさを求めただけで… 愛と自由という極論の光… 暗さは症状で… 症状を歌うしかない… 現実が症状なのだから…。ブルジョワなんか手段で… 資本主義革命の… 手段がいつしか定型化して… 暗さがスタイルになって… 形骸化する… 録音して商品にして…形式を著作権化して…。

 型にハマったポップスを聴くのが心苦しかった… 今思えば… 同時代の流行音楽… 80年代末から90年代以降の… 似たような型に落とし込まないと売れないんだかどうだか… そういうのも30年も経つといつの間にか聴けるようになる… 歌謡曲なんか特に… 年月という間が空いて… 時間や距離が遠くなることで…。〈邦楽〉なんて聴けなかった… 〈洋楽〉… 行ったこともない国の… 言葉の意味もよく分からぬ… どこか遠い音楽… 幻想のワールド・ミュージック… どこかに〈世界〉が…。それもオリエンタリズムで… エキゾチシズムのブルジョワ趣味… 金持ちのための音楽… それでもあの頃の〈ワールド・ミュージック〉は、知らない扉を開いてくれた… 聴いたことのない音楽がここではないどこかに存在していて… それを演奏している人たちがどこかにいるということ… あるいは過去のどこかに… 音楽の記録… それも固定化された型… だから再生するんだ… 型の内部から中身を解放するんだ… プレイヤーってのは… そういう意味では人間も機器も一緒…。

 ルールやスタイルが苦手な人っていうのは… 時間も社会の常識も守れない… 社交辞令も… 形骸化が苦手で… 実質をとりたがる… 自分にとっての… 型にハマったものをもう一度揺るがして… 再生したいんだ… プレイすることで… 型を遊ぶことで…。距離をとって見えてくる形式の… 確かに客観的になれれば分かりやすい… ルールを使った方が… だけどその距離の中に入りたいんだ… 距離を取ることではっきりとする二元論の… すっきりとしたその遠さ… 自分からはどこか遠くにあるルール… 常識の基準… 言葉だって… どこか遠くにあって空回りする… 言葉が形骸化して何を言ってるんだか話してるんだか分からない… 中身は… 実質は?…。言葉を自分のものとして使うには… 手段として… それを型通り使っても… 届かない… むしろそれはルールに利用される… 政治や資本主義というルールを利用しているつもりでまんまと利用されてしまう… 誰がルールを作ったか… 誰が言葉を作ったんだか… 誰がこんな戦争と差別の世の中を作ったか… 管理と恐怖を…。官僚主義ってヤツさ… 型の官僚主義… 流派や師弟制の踏襲… 型ってヤツはそんなに悪いヤツじゃない… そんなに堅苦しいヤツでもなかったはず… ちょっと身体が固いだけ… ちょっと緩めて… なんでも厳密にするもんじゃない… 大事なこと以外は… 時間ぐらいちょっと遅れたって… さぞ忙しいんでしょうね… 時間に追われて… 時は金なり…。

 この街も住み辛くなってきて… 都市近郊の海辺の街… 少子化の今どき珍しい、社会的流入の多い街で… 都会でも田舎でもない中途半端さが良かったんだけど… それで細々とお店をやってこれたんだけど… 今やギッチギチの建売住宅とマンションだらけ…。自分も田舎暮らしに憧れたこともあった… 《でも田舎だって人間関係は難しいよ…》と客人が言う… 都市も田舎も一緒かもしれない… 人と人が暮らしてる以上は… ただ周囲に自然があるかどうか… かっこ付きの〈自然〉が… 形骸化した〈自然〉… ビルの中にひとり生かされてしまった樹木とか都市緑化とか… 農業化された自然だって… ルール化された自然… それでもその周囲には雑草のような雑然がどこかにあって… 外側に自然があるという無意識が… 遠いものに囲まれているという外側感が… 外側観か?… どこかにあるということが…。形骸化されたものに囲まれて生きるという都市の閉塞感… その閉塞感は確かに田舎であろうと… 形骸化の息苦しさ… 形骸化を再生しようとすることも諦めてしまうような生き苦しさ… 他者への恐怖と管理… 相手が外国人だろうと隣人だろうと自然だろうと蟲だろうと… 嫌悪… ルールから外れるものに対しての… ルールが空回りして… ルールだって自転車操業だ… 現実に追いつきやしない… 再生だってなおさら追いつかない… 猛スピードの自転車操業… スピード落とす?… どうやって?… SDGs?… バカ言ってんじゃねえよ…。

 でギッチギチの住宅地に… 自分が引っ越してきた時は窓の外が雑木林で… 廃屋があって… 野鳥がピーチク鳴きに来てて… あるとき止まり木の高木が無惨にも切り倒されて… 一軒だった敷地に十軒もの建売住宅が並んだ…。毎年夏になるとカナブンがたくさんやってきて… ひっくり返ってる… あいつらは過去の記憶でもあるんだろうか… そこが森だった頃の… セミだってそこに木々があった頃の記憶が… 何世代か前の… もう地面なんかなくて… 還る場所が…。そんなアパートのコンクリートの壁に蟲が止まってる… テントウムシみたいなカメムシの幼虫とか… 蛾の幼虫とか… であるとき、ちっちゃな木の葉が止まってた… 2センチぐらいの枯葉のフリした… 見事な擬態虫… 素知らぬ顔して… ギザギザした艶っぽい茶色い姿が…白い壁に… ちょっとした膨らみがあることが白い壁にはバレバレで… 立体的なことが明らかで… 止まる場所を間違えちまった…。

 そいつの名はアカエグリバ… あとで調べた… 〈赤抉羽〉と書く… ヤガ科で… ヤガは〈夜蛾〉と書く… 走光性… 光に向かって飛んでいく習性… 夜の灯に引き寄せられる、夜行性の飲み人たちにはピッタリ… カモフラージュして… フツーのフリして… ちゃんとやってるフリして… 自分とは違うルールで生きてるフリしてて… 立派な生き方… カッコいいサバイバルの姿… 現代のゲリラ兵… オレはコレだ!… 思わず自分のアイコン画像に使ってみた…。擬態虫の世界ってのは深い… 鳥のフンに擬態してるヤツとか… 深すぎる… 我々にはそこまでの覚悟があるのだろうか!… 何世代にもわたって… そこまでの卑下を… もはや卑下とか… 上下の階層感覚ではない… そんなもんはとっくに捨てたんだ… 潔ささえ… 彼らは何を捨て、何をとったのだろうか… 彼らにとっての〈実質〉を…。

 ガザ空爆に対してアメリカが出席しない国連安保理… 経済成長とか言ってるくせにインフレ懸念で株価下落… インフレと戦争の関係がパレスチナに表現される… 欺瞞… 現実は相変わらず欺瞞だ… 欺瞞は資本主義から取り残された雑然たる現実空間に表される… 一方… サイバー独裁と科学経済の支配… 数字や統計の恣意的な管理が進めば進むほど… むしろ管理され切ったはずの… 切り倒された雑木林… 建売住宅に埋め立てられた… 実際の空間や人間関係に新たな自由が生まれる… 管理者はマスコミとサイバーで精一杯… そこを取り締まろうとすればするほど… 蟲たちの世界が… 欺瞞を擬態で反転させた、微細な自由領域が生じる… カモフラージュした擬態虫の世界… クソに擬態してまでも… クソったれで結構…。

 大方が管理世界の奴隷になっていてくれれば… 官僚主義ってやつ… 僕ら擬態虫は自由でいられる… 常にリスクのある自由… リスクあってこその自由… で愛ってなんだ?… 大方が型にハマってさえいてくれれば… パンクでいられる… 破壊者で… 分解者で… 型を守るクラシックの文化をわざわざやってくれる人たちがいるからこそ… 分解の歴史が生き永らえる… 我々は寄生虫なのか?… もちろん!…  我々は宿主が死ぬまで寄生する… ガン細胞でウィルスで… ただし… 我々の宿主は国家主義でも資本主義でも議会民主主義でさえない… 宿主は… 地球だ… 地球と運命を共にする… そのためにはカモフラージュでもなんでもするさ!… それが愛か?… 擬態虫を見習って… 休業中のフリしたって… 協力金もらって… 型を利用して… 中身を… 〈実質〉を取っていくんだ… だってみんな仕事しに来てる… 止まり木に… 壁に止まるのも立派な仕事さ…。

<参考音源文献>
Edith Piaf “Chanson Best Collection 1500” エディット・ピアフ/愛の讃歌(東芝EMI)
「知識人とは何か」エドワード・W・サイード 大橋洋一訳(平凡社)1995年
「分解の哲学 腐敗と発酵をめぐる思考」藤原辰史(青土社)2019年

大源太ゲン

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