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十一、5月初旬

2021年5月初旬

 世の中はゴールデンウィークで近辺の観光地は相当の人出とか… マンボー対象市域と対象外の境目とか期日の前後とか、民衆はどうしたって動いてしまう… 連休ってのはどうも人が動きたがるものらしい… でもそんなのはこっちからすれば平時からカンケーなくて… むしろ逆で… 連休とか年末だとか、世の中の繁忙期にはうちなんか逆パターンで… 誰も来やしない… コロナも何も… ヒネクレた店主のアマノジャクさが出ちまって… むしろ災害とか非常時なんかの方が元気が出る性質で…。

 それでもこの時期になると初夏の陽気で急激に生ビールが美味くなって… ある時にはカウンターを埋めた全員が大ジョッキを並べたこともあったっけ… もうずいぶん前… 二千ゼロ年代も前半の話… で、テキーラだのなんだのショットの奢り合いが始まっちまって… いつの間にか床は反吐まみれ… ドロの海で泳いでたヤツもいたっけ… そんな時に限って初めて来てしまった女性客… 巻き込まれてしまってみんなずぶ濡れ… 二度と来ることもなかった… そんなのも今思えば、季節が変わる喜び… いい思い出… その頃のメンバーも今やもう誰も… あの時最後まで介抱してくれたアニキも、しばらく会ってないな…。

 今や連休を感じるのは娘の学校が休みになるからで… それでようやく気づくぐらい… 去年はどうだったっけ… 5月いっぱいまで学校は休みだったんだっけか… まあそのままお店もずっと休みみたいなものなんだが… そもそも年中休みみたいなもんで… 遊んでるだけだから… 仕事って言ったってお店に遊びに来てるようなものだから…。で、こないだの春休みも少しお店を休みにしたんだけど、この連休もちょっとは娘と遊ぼうかなって… 二三日休んだらどうも調子が悪くて… どうにも気持ちのバランスが取れないというか… それでお店に逃げてくる… 《お客さんから来たいって連絡あったから…》それはもう十分に理由になる… 二人からもあったらなおさら… 飲む相手がいるってことで… 友達に誘われて出かけるようなもの… 自分からは誘えなくて… お店を開けて客人を待つのが仕事だってのに… それが営業だとすれば、確かに今は休業中だ…。

 ここのところお店で発達障害の話になることがよくあって… まあ以前からなんだけど… それで2冊ほど新書を一気読みした… 自分なんかは以前からアスペルガー系の気があるなってぐらいの自覚はあったんだが… ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)の重複とそれぞれの強弱… 社会生活が困難になるほどでもないから〈障害(Disorder)〉を取って〈AS&ADH〉って言ったりするらしいが… そのいずれにも思い当たる節があり… もっと言えばパーソナリティ障害(人格障害)や統合失調症(精神分裂病)もちょっと入っちゃってる気もする… とは言え〈グレーゾーン〉って言うほどでもないかもしれないけど…。

 過去のうまくいかなかったことなんか思い出されちゃって… 身近な人たちにたくさん迷惑をかけてきたんだなって… 高校の部活の仲間たちに卒業後20年も経ってから散々言われたこともあって… あの頃どれだけ気を遣ってもらってたか… もう分かったから… 聞きたくない… そう思えば父も母も… 未だに実家に帰れば世話焼きついでにあれこれ指図してくる母… 父はいつも黙ってたな… 研究の仕事や好きな山登りに没頭してた… そんな両親が普通だと思っていて… 誰だって親が基準になってしまうだろうから… やりたくないことができなくなり… それでも授業に出なくても学校は好きで… 居場所があったから… 部室を牙城にしてた… 嫌いな授業の試験を受けないというのもコダワリって言うらしい… 就職活動もできる気がしなかった… 他人に指図されるのも対人関係も苦手で…。

 でも子供の頃からなんとなく分かってた… だから仲間が欲しくて社交性に憧れて、少年野球のチームに入れてもらった… 中学も高校も部活をやった… 音楽に熱中して… 友達は多くはなかったけど… それなりに対処してたんだ…。将来やりたいことなんて見つけられるわけもなく… でも嫌なことからはなるべく逃げた… ポジティブに行こうと思えばヘラヘラして… あちこち手を出して… 落ち着きなくフラフラして… 人の縁と偶然に身を任せて… よく分かんないままこの店をやることになった… 自分の店を持つことができた… ラッキーだった… 誰かと一緒に働くのもできそうになくて… ずっと一人でやってきた… 小さく… 全部合ってた… 今んとこ… こんな非常時にはなおさら…。

 サービスもお金儲けもよく分かんなくて… お客さんは多くないけど… どんどん減っていったけど… 友達みたいに付き合ってくれる人たちだけが残ってくれて… 実際ほかに友達なんていないんだけど… 僕もどんどん変わってってしまったから… ちょっとした距離の取れる友達… カウンターの距離の… お金のやり取りは… お店を続けていくだけの合意納得を含めた等価交換… お店があるという価値を共有する… 僕は管理人で… お酒を出すというフリをしてるだけで… みんなの居場所の… 自分の牙城で… そんな風に考えてお茶を濁して…。

 でそんなAS&AHDな自分に… この店に今でも残って来てくれてる客人たち… みんなどこか似たような毛色があって… 蒐集癖と専門性… コダワリ… 群れるよりも単独で動けて… 喋るためにお酒を… 僕はその薬を処方する… よく喋る人とよく聞く人と… 僕はわりと聞き役なんだけど… 会話なんか無理にしなくたって音楽を聴いて… 動きたい人には動いてもらって… やり過ぎちゃった時にはお酒のせいにできる… ちょっと喋り過ぎかな…。

 お酒なんか百害あって… タバコをほぼ駆逐したと思ったら次は酒か… もちろん予想してた… 困ったらお酒のせいだ… その次はきっとスポーツだな… でも言っておくが、アル中だの身体を壊すだの… まず飲んでるものの質だ… 粗悪な安酒を喰らってるからいけないんだ… それと飲み方… 喰い合わせだかマリアージュだか知らないが… なんでもいいからつままなきゃ気が済まない… 口に入れなきゃ… お酒の味が変わるんだか飲みやすくなるんだか… 勝手なことを言って… そんなことをしてるからお酒の味が分からなくなっちまう… 中身の分からないものを流し込んでしまう… テレビでも政治家の言うことでも… 確かめもせずに飲み込んでしまう… 何か食べながらじゃないと身体に悪いとか… 御託にまんまとやられて… 口ん中でグチャグチャに混ぜ込んで… クソミソに… 味の濃いものを詰め込んで… 塩だの油脂だの添加物だの… 刺激を与えてくれるものをホイホイ喜んで… お酒なんて味わいもしない… 水でも飲んでろ!… お水がサイコーのツマミだよ… ニュートラルに戻すんだよ… お酒とつまみでバランスなんか取れるわけないんだ… 自分のクソミソの口ん中なんかで…。

 バランスの取れた人間なんて目指すから窮屈になるんだ… お酒なんか飲まなくたって食事はできる… 酒なんか要らない… お酒の売上に頼ってた飲食店は困る… 今まで上手くやってこれた方が不思議… お酒だけでやってきた自分も不思議だけど… これまでやってこれたのが… お酒を止めたい奴は止めればいいさ… いい機会だ… 止めたいと思ってたんだろ… タバコと同じで… 止めるきっかけを欲してたんだ… 自分で決められないからって… 何のためにお酒を飲んでたのか自分でも分かんない… バランスなんか取れるわけがない… お酒は薬なんだよ… 毒にもなる… 一人一人がバランスの取れた〈普通〉なんかを目指すんじゃなく… バランスの崩れた人たちが得意不得意を分担し合う… 自分でバランスの取れる、フツーの一般庶民にハマりたい奴はハマってろ!… フツーなんて型にハメるから窮屈になる… 〈発達の特性〉がある人たちで支え合って… 補い合って結果として… 集合としてバランスが取れる… 取れてないけど… ちょっとしたバランスの取り合いで… その真ん中あたりが弁証法的な中道となる… 個人個人としてではなく… 誰かと一緒にお酒を飲むから… 飲んで喋って話し合うから… 音楽がツマミで… それだけでもお酒が飲める… 口の中なんかで一緒くたにしない… 舌と鼻腔とそして耳から… 別々のものが混じり合うからマリアージュで… 味覚嗅覚と聴覚と… 全て使って… そして水だ… チェイサーだ… ニュートラルに戻すんだ… 戻そうと… それがヒントだ… バランスがあるとしたら自然だ… 周りに自然がある… 自分の中なんかに… 人間にバランスなんかあるもんか… 人間に完璧なバランスがあるとしたらそれは死で… 死を感じる… 無理して死ななくてもいいんだけど… お酒はちょっとした死… 死を遠ざけたい奴は飲む必要もない…。

 こんな時に店をやってると… やってはいないんだけど… 休業中だから… 店にいるだけで… 友達と小さくホームパーティーしてるだけで… 共に仕事してる人たちと会議してるだけで…《この店があって助かってるよ…》って言ってくれる… 《みんなやられちゃってるんですよ!…》そんな開き直り感に感謝してもらえて… コソコソやってるんだけど… 随分と持ち上げてくれて… 《いつでも来れるけど来ないという贅沢があるんだよ、この店には…》なんて…。僕は… 自分もそんな客人たちを必要としていて… 喋ることを… そのためにはお酒がツールで… こんな状況だとフツーの人も来ないし… 初対面の客人にコワ張ることもないし… つまんない雑談を交わさなくて済む… 目的があってもなくても… いい話になる… 僕のしたい話に引き寄せちゃってるのかもしれないけど… それは確かに贅沢と言ってもいい… 今までやってきたことが繋がって今もどうにかやれてる… 時代に合ってきてしまった… いい時代になってきちゃったのかもしれない… やっぱりちょっと喋り過ぎたな…。

<参考文献>
『発達障害グレーゾーン』姫野桂/OMgray事務局(扶桑社新書)2019年
『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち』本田秀夫(SB新書)2018年

大源太ゲン

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