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一人ひとりの患者さんにとって最善の方法を選ぶ

抗がん剤は、どんどん進化している分野。その作用の仕方によって、いくつかの種類に分けられます。ちょっとマニアックになりますが、大同病院 腫瘍内科の高山歳三医師に解説してもらいました。(2024年2月9日配信)

イズミン 抗がん剤は、とにかくいろいろな方法があり、すごく進化している分野だと思いますが、とても難しいので、種類などについて、ぜひ教えてください。

タカヤマ はい。まず抗がん剤は、大きく四つのタイプの薬に分けられます。殺細胞性抗がん薬、内分泌療法、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬です。

イズミン 非常に難しい言葉が出てきたので、一つずつ、わかりやすく教えてください。

がん細胞を殺す、伝統的な抗がん剤

タカヤマ まず最初に「殺細胞性抗がん薬」についてです。これは20世紀からあるタイプのお薬です。開発の経緯として、第一次世界大戦の化学兵器を起源とするものや、ある種の抗生物質が元になったもの、植物や海綿を原材料とするものなどがあり、極めて多彩なお薬です。

イズミン どのように作用するのですか。

タカヤマ 通常、人間の体では日々、細胞が分裂・増殖しています。古くからある細胞は自然に排除されて、どんどん新しい細胞へ置き換えられて、常に体が最適な状態になるように保たれています(アポトーシス)。
 がん細胞も同じように分裂・増殖していくのですが、通常の正常細胞と比べて、分裂・増殖のスピードが速く、がん細胞自体は「死滅する」という機能が落ちているため、自然に死滅するという機序が働かなくなるのです。なのでどんどん、がんが大きくなるという性質を持っています。そこで「殺細胞性抗がん薬」は、細胞が分裂・増殖することにブレーキかけるというメカニズムを使って、がんを抑えていきます。
 一方で、正常細胞もゆっくりですが分裂・増殖しているので、こういう抗がん剤を使った場合、正常細胞にも影響が出て、副作用などが少し強くなってしまう傾向があるお薬です。

イズミン 昔からあるタイプの薬ということですけども、今も現役で使われているんですか。

タカヤマ はい、殺細胞性抗がん薬は、長い歴史の中で日々検証された上で、副作用を考えても、メリットがあると判断されているものです。なので、決して時代遅れな悪いものではなくて、大事な治療薬の一つです。

内分泌療法

イズミン 次は「内分泌療法」について、教えてください。

タカヤマ はい。内分泌療法は、乳がん、前立腺がん、子宮体がんで使用されることがあり、「ホルモン療法」とも呼ばれます。これも比較的古くからある治療法です。
 特定のホルモン(乳がん子宮体がんでは女性ホルモン、前立腺がんでは男性ホルモン)の作用により、がん細胞の増殖が促進される場合があります。このホルモンの分泌や働きを妨げることで、がんの増殖を抑える治療法が「内分泌療法」です。
 これらは一般的な抗がん剤とは異なり、がんの増殖を抑えるものであって、がん細胞自体を殺す・減らすことは、なかなか難しいものではあります。

シノハラ ホルモンを抑えるということは副作用もそれなりに出てくるってことですね。

タカヤマ どうしてもこちらの薬も副作用が出ます。具体的には、ホルモンバランスの影響で、更年期のような症状、ホットフラッシュ(体が突然、熱くなる)といったものや、性機能・性器に関わる症状、ほかに骨密度の低下も出ることがあります。

イズミン つまりだいたい50代ぐらいで、女性にも男性にも、ホルモンの減少によって起こる自然の現象みたいなものが、この副作用としても出やすくなるんですね。

タカヤマ その通りです。

分子標的薬

イズミン 次は「分子標的薬」について教えてください。

タカヤマ はい。分子標的薬は、がん細胞の増殖に関わる特定の要素・要因を標的にして、がん細胞の分裂を抑える薬物です。マニアックな話になりますが、「小分子化合物」と「抗体薬」という二つの大きなくくりに分かれます。

 「小分子化合物」の多くは飲み薬で、がん細胞の増殖に関わるタンパク質を標的にして、がん細胞の中に入り込み、「増やせ」という信号をブロックすることで増殖を抑えていきます。このメカニズム上、標的とされたタンパク質だけではなく、それ以外の関係ないたんぱく質にも影響を及ぼすことがあります。
 そのため副作用として、皮膚の症状や、肺炎、下痢や肝機能障害、あと血圧の上昇などさまざまな副作用が出ることがあります。なので分子標的薬を使用する際、患者さんには皮膚ケアに気をつけていただくことや、あと面倒かもしれませんが、薬によっては、日々家でも毎日血圧を測っていただくことをお願いすることが多いです。

イズミン 皮膚ケアというと、例えばどんなことですか?

タカヤマ 一番基本的なことは、皮膚の乾燥を防ぐために、保湿剤を塗って潤うようにしていただくことです。日焼けも控えていただいたほうがいいと思います。

シノハラ 「抗体薬」はどのような薬ですか。

タカヤマ 抗体薬の多くは点滴薬です。がん細胞を直接攻撃するものもあれば、がん細胞の周りの環境に働きかけて作用するものもあります。最近は抗体薬に殺細胞性抗がん薬を合体させて、がん細胞を効率的に攻撃する薬も開発されています。

シノハラ 副作用が強くなりそうですね。

タカヤマ そうですね。特徴的な副作用としては「インフュージョン・リアクション」というものがあります。具体的には、点滴で抗がん剤を投与してる最中にインフルエンザに罹ったのときのような症状、すなわち発熱、息が苦しくなる。体の節々が痛むといった症状が出てくることがあります。

イズミン 薬に対して体が反応して頑張ってるから、インフルエンザ・ウイルスと闘って熱が出るようなリアクションが出るということですか。

タカヤマ そのようなイメージです。こういった症状はたいてい病院で点滴をしてるときに起きますので、われわれ専門のスタッフが点滴中もしっかり観察させていただいて、症状が出たときには速やかに対処しますので、安心していただければと思います。

シノハラ そうすると分子標的薬は、副作用への対処という点でも、専門家でないとなかなか使いにくいということですか。

タカヤマ そうですね。やはり、慣れたスタッフがいる環境、病院で受けられる方が良いと思います。分子的薬を使用するかどうかを判断する際には、患者さんに対して、標的になるタンパク質の有無を、血液やがんの組織を用いたバイオマーカー検査で調べることがあります。また、遺伝子の変異により作られたタンパク質を標的にする特殊な分子標的薬もあるため、特定の遺伝子変化がないかというのを、抗がん剤治療開始前に調べることもあります。実際にはそれぞれのがんによって、どのがんだったら何を調べるべきか、それぞれ異なるプロセスがあります。治療開始前にたくさんの検査をするため、いろいろ不安や不満も出てくるかもしれませんが、最適な治療のために、どうしても受けていただきたいなと思います。

シノハラ 体にかかる負担も大きいから、詳しく調べて安全性を担保するためにも、必要な検査がちょっと多めになってしまうということですよね。

タカヤマ そうなんです。そしてお金もかかってしまいます。

免疫チェックポイント阻害薬

イズミン 最後に「免疫チェックポイント阻害薬」について、お願いします。

タカヤマ はい。免疫チェックポイント阻害薬は、分子標的薬の「抗体薬」に分類されます。体の中には異物、体にとって余計な物の侵入を防いだり、侵入してきたものを排除して、体を守る抵抗力を備えた免疫細胞があります。
 がん細胞は、本来体にとっての異物になりますが、がん細胞の中には、免疫細胞と結合することによって、免疫細胞の働きを抑えて、免疫細胞からの攻撃を逃れる仕組みを持っているものがあります。このようながん細胞と免疫細胞の結合を「免疫チェックポイント」といいます。免疫チェックポイント阻害薬は、このがん細胞と免疫細胞が結合できないようにすることで、免疫細胞へのブレーキを解除して、自分の免疫細胞でがん細胞を攻撃するようにするというお薬です。

シノハラ がん細胞って結構したたかなんですね。自分が攻撃されないように、いつの間にか、うまいこと、体の仕組みを変えちゃうんですね、。

タカヤマ がん細胞はがん細胞で、体の中に生き残ろうと必死ですから、こうした、いろいろな薬を使ってとにかく、それを押さえていこうとするわけです。

イズミン いろいろな薬について教えていただきましたが、だんだん進化して、狙い撃ちの効果も狭まってくる感じでしょうか。

タカヤマ そうですね。免疫チェックポイント阻害薬は、一度効果が得られると非常に長く持続する場合があり、注目されています。
 一方で、ブレーキが外れた免疫が自分の正常な細胞を攻撃して、さまざまな臓器に症状が出る副作用を招くことがあります。そのため、がんとは関係ない、思わぬところに副作用が現れたり、また、先ほどまでお話した薬と違って、点滴中や治療を受けている期間中だけではなく、治療を終えてから数カ月経ってから、思わぬ副作用が現れる場合があるので、いつもと違う症状が出現した際は、医師や薬剤師、看護師に速やかに教えてくださいということをお願いしております。

シノハラ わかりました。いろいろな抗がん剤があり、がんの種類によって、あるいは患者さんのお身体の状態、社会的な状況に応じて使い分けていくということがよくわかりました。

イズミン あと、この分野は非常に進化して、どんどん新しいものが出てきていると思うんですが、その分薬価がだいぶ高いようですね。

タカヤマ はい。ただ、がんの標準治療については保険適用ですので、患者さんが全額自己負担することはありません。とはいえ、分子標的薬を中心に、月に数十万円かかる薬剤はたくさんあります。なぜなら分子標的薬などの開発には多大なコストがかかっているからです。従来の殺細胞性抗がん薬と比べると、製造コストも高い。そのためどうしても高額になってしまいます。ですので、高額療養費制度を利用されることをおすすめしています。

イズミン 日本の医療保険制度はありがたいですね。

腫瘍内科医の矜持

シノハラ 腫瘍内科の先生が、患者さんのことを真剣に考えて、さまざまな薬の複雑な基準を理解されて、上手に、なるべくがんが治るように治療していただいてるということがよくわかりました。

タカヤマ はい。われわれは日々、それぞれの患者さんに合った治療法を考えながら、医学的に薬の組み合わせも当然考えますけど、患者さんの人生をとにかく大事に考えながら、診療させていただいてます。

イズミン そうやって患者さんの状態とかを検査で調べたりもするんでしょうけれども、話し合って、一緒に「最善の選択」を考えていくのかなということがわかりました。ありがとうございました。


ゲスト紹介

高山歳三(たかやま・としぞう)
大同病院 腫瘍内科 医長、がん薬物療法専門医。
消化器内科医として、胃がんや大腸がんなどの検査・治療に関わるうちに、化学療法のエキスパートを志し、北海道の病院などで修行を重ねた。2023年春から大同病院へ。優しいものごし、丁寧な説明で、抗がん剤治療を受ける患者さんに寄り添う。
趣味は早起きと料理。シチューなどの煮込み料理が得意。


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