本と出会う場所―本屋と図書館

10代後半、頻繁に本屋に通っていた。最も近いのは歩いて10分足らずのところにある本屋で週2~3、もう少し離れるものの歩いて15分もあれば行ける2軒の本屋には週1、自転車で15~20分ぐらいのところにある3軒の本屋にはそれぞれ月1ぐらいで行っていた。
その月1ぐらいで行っていた本屋の一軒で出会ったのが中田耕治氏の『メディチ家の人びと』。戦国時代と幕末の日本史以外の歴史にはあまり興味がなかった私が、イタリア史の本をなぜ手に取ったのかは分からない。メディチ家という名は、世界史で習ったという程度だった。しかし、ものの見事にはまってしまった。その後は、塩野七生氏、森川久美氏、ヴィスコンティ監督などに夢中になっていく。
こういった“本との出会い”は、60年近く生きてきてこれ1回だけである。
それまでに読んだことのないジャンルや領域の本を読むようになったのは以後もあったけど、いずれもきっかけは本(マンガ)を介してである。

本屋さんが減少していくたびに、“本との出会い”の場が失われていくと嘆く人は多い。たしかに、と思うものの、最初に書いたような“本との出会い”は、上にも書いたように60年近く生きてきても、そうあることではないというのが実感だ。
実際は、本(マンガ)や映像作品を介しての“出会い”、もしくは好きなジャンルのなかでの“出会い”、さらには人を介しての“出会い”の方が多い気がする。もちろん、「人」の中には本屋の店主もいるけど、両親や兄・姉、友人・部活の先輩などであることも多い。
そして、「人を介して」の代わりになりつつあるのが、ネット書店のシステムだ。好きな作家やジャンルを登録しておくと新刊が出るたびに知らせてくれる。アマゾンで検索をかけると、「この商品をチェックした人はこんな商品をチェックしています」と教えてくれる。レビュアーをフォローすることさえ可能である。

地方に住めば分かるが、雑誌に学参にコミック、ちょっと遅れたベストセラーランキングの本が売り場のほとんどを占めている本屋が多いし、それすら歩いて行けるような距離のところにはない(私が住んでいるところだと、最寄りの本屋は車で15分近くかかり、今書いたよりは多少はましな品揃えの本屋だが、予期せぬレベルの“出会い”は難しいだろう)。
そういった点を考慮すると、地方では、“本との出会い”に関しては、本屋よりもむしろ図書館の方が重要だと思う。“平成の大合併”のおかげで複数の自治体が合併したところでは元の自治体の数だけ図書館(室)を備えているところが多い。学校にも図書室はある。私が住んでいる自治体は、本屋よりも図書館の数の方が圧倒的に多い。また、蔵書の内容を考えても図書館の方が充実している。私が今も読み続けている『だれも知らない小さな国』や『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』は、当時住んでいたA市の図書館で出会った。直良信夫氏の伝記マンガ『石の狩人』を雑誌で読んだのもそこだ。

家庭の蔵書も大事だろう。本屋や図書館で本に出会えなくても、家庭にある程度の蔵書があれば、“出会い”は確実にやってくる。しかも松岡亮二氏の『教育格差』に指摘されているが、家庭の蔵書は、その家庭で育つ子の進路に影響を与えている。
子ども時代に本好きな子は少なくないが、大人になるにしたがって読書好きは減少していく。受験、部活、就職、子育て…と時間のかかることが増えていくからだろう。一方で、大人になって本好きになる人はかなり少ない。大人になっても読書好きな人は、子ども時代の読書習慣を失わなかった人だと私は考えている。
だからこそ、大切なのは、読書好きの子どもを増やし、読書習慣を身に着けてもらうこと。そういった子どもを増やすための、“出会い”を増やすことだろう。それは、必ずしも本屋さんだけではないのだ。資本主義社会のなか自由競争原理で動いている限り、本屋さんの減少は止められない。しかし、図書館や家庭の蔵書について言えば、自由競争原理だけ動いている世界ではない。家で両親が本読んでいたら(読み聞かせも含む)、子どもが本を手に取る確率は上がるだろう。その本を休日に家族揃って図書館に行って借りるという選択肢はないのだろうか。また、そうやって図書館で借りた本を面白そうに読んでいたら、友達の中には読みたくなる子どももいるだろう。

そして、図書館の重要性は「地方」に限らなくなってきている。理由は簡単で、相対的貧困が進んでいるからだ。食事に困る、スマホを持っていないと友人関係が壊れる、という状況が子どもを取り巻いている。そういう家庭に蔵書を望むのは難しいし、経済が危機的状況であれば売れる本は売ってしまっているだろう。だから図書館は“本との出会い”の場所として最も重要な場所になると考えている。建物を増やすことは維持費の問題などから賛成はできないが、ネットを使って貸し出し申請ができ、それを学校で受け取れるシステム(すでにやっているところがあるかもしれない)など、既存の施設を使って利用率を高める工夫が必要だろう。


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