晩年に至るまで抱き続けた唐琬への思慕には心が揺さぶられずにはいられない―『南宋詩人伝 陸游の詩と生き方』(小池延俊著/新潮社)

(敬称略)

漢詩と言えば、杜甫と李白、という人は多いだろう。私も学生時代はそうだった。もちろん、それ以外の名を知らなかったわけではない。孟浩然、白楽天、蘇軾などなど。
ただ、20代後半からだろうか、漢詩については、中村真一郎や加藤周一らの本を通じて、興味が湧く部分もあって、アンソロジーみたいなものに手を伸ばすようになり、「楓橋夜泊」のような作者の名を知らなくても有名な漢詩にも出会った。その後、岩波書店の「中国詩人選集」シリーズで陸游と出会った。陸游に関しては、その詩よりも、人生が強く印象に残った。何よりも唐琬との話は、ほとんどの恋愛小説が陳腐に思えてくるぐらい。それと南宋を脅かす金に対して強硬で、かなりのナショナリストと言える。ある意味で、ヨーロッパのロマン主義時代に生きたような人物に思える。

本書は、その陸游の生涯を様々な文献をもとに構成し、さらにその折々の詩などを交えながら描いたものである。陸游の生涯はある意味で、挫折の連続である。科挙では時の権力者の孫と同期だったことによる不遇、最初の妻・唐琬とは仲睦まじかったのに、母の姪(陸游にとっては従姉妹)であったのに、その母によって離婚させられる。そして出仕したものの、外敵である金に対する主戦論者であったため、講和派が権力を握るたびに地方に転出させられる。詩人としての評価は高かったものの、陸游が思い描いた人生とは違っていたようだ。
こういった部分が丁寧に描かれているのだが、やはり白眉は唐琬のことだろう。離婚後、沈園での再会、それから間もない唐琬の死、晩年に編まれた唐琬に関する詩の数々は心を揺さぶられずにはいられない。中国で亡き妻への哀悼の詩を作った詩人は元稹などがいるとのことだが、元妻に対し80歳を過ぎるまで思慕を捧げた詩人は陸游のみとのこと。

上にも書いたように陸游の人生は挫折の連続だ。しかし、薬草などの知識を生かして近隣の庶民とも付き合い、晩年に至るまで深く愛した唐琬の面影を詩に刻み、86歳まで生きたことを考えれば、かなり良い人生だったのではないだろうか。

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