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【papercut review(北野雪経個展)】影に光を与えるとする。

 papercut(あるいは切り絵)を思考するために、そしてその思考を広げ続けるために、アーカイブと若干の批評性を有するテクストを目標にレビューを書いています。本記事では2022年4月に開催された造形美術家/切り絵作家/演出家である北野雪経の個展について取り上げます。

 レビューの体裁を取りつつも,半分くらいこの展示を通して思考した,切り絵-ペーパーカットと影についての試論としての記述でもあることを冒頭に記しておきます。

review
影に光を与えるとする。


 大阪東成の雑居ビルに,物語の世界と見紛うほどのギャラリー兼アトリエのような,studio sizma (以下sizma)と名付けられた空間がある。そのsizmaを主宰する北野雪経(1988-)の数年ぶりとなるsizma以外の場所での個展が2022年4月に開催された。

 本展の展示構成は極めてシンプルだ。暗がりのギャラリー空間の中央に2作品が吊り下げられ,それらが回転し続けるインスタレーション。そして,その奥で北野が街中に繰り出して,ゲリラ的に展示作品とともに踊る映像が壁面に投影される。たったそれだけだ。

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Dance of Life 展示風景,筆者撮影

 切り抜かれているモチーフそのものは,植物の影の画像が元になり,形態加工が施されたものだという。支持体(切り抜かれる素材)は紙であるものの,塗料が表面を覆っていて,一見すると紙かどうかは判然としない。しかし,一枚に繋がった平面というその見た目が,私たちにそれが紙であることを婉曲的に知らせてくれる。
 ここでは切り絵と影絵という2手法が見られるわけだが,本展の照明は,作品に充てられる多数のスポットライトのみで,様々な角度で作品を照射し、あらゆる壁、天井、床に影が映し出される。ペーパーカットを木枠に固定するテグスが光を反射する様はちょうど流れ星に似ている。
当然,影も壁面で動く。照明は基本的に壁際に置かれているため,鑑賞する身体の影も壁や床に投影される。回転するペーパーカットと私たちは,光を当てられて影となることで,不可分に重なり合う。さらに周囲に投影される影は,照明と作品の位置関係によりすべて異なる角度の動きを見せ,自然とギャラリー内を歩きながら鑑賞することになる。私たちにもDanceを促すのだ。本作とともに中之島周辺でダンスを繰り広げる北野の生きる歓びを湛える身体を少し疑似体験できていたのかもしれない。

影についての試論

 
 この展示で浮かび上がる影について考えを巡らせてみたい。以下は,一部レビューの域を脱する影に対する試論が含まれることにご留意いただきたい。

 私たちが見たのは作品とその影という単なる二項対立的な図式に収まる単純な現象ではなく,(作品という物体に昇華された植物,生命の)影とその影の影とも言えるだろう。影の影の存在は,影の相対性を浮かび上がらせるように感じられる。つまり、物体に対する物体の影ではなく、ここではあえて,連続する影(総体)のうちの一つとしての影ということに気づかされてみたい。影の影の影の影の影の……という世界があってその一部を物体と影として切り出して見ている,という在り方を見る。
 
 3次元を2次元に映し出したもの(または3次元の一断面)が影の原理的な姿だと捉えるのであれば,私たちの身体やこの3次元の世界は4次元の影とでも言えるのではないか。連続する時間の一瞬を切り取ったものが3次元であるというように。認識するこの世界そのものも実は影なのかもしれない。

 影の語意は,はっきりとつかめず不明瞭と言えるほど多義的なものなのだ。古語で影は「光」や「形」を意味するし、現代の言葉でも、「人影」などは存在それ自体を示す言葉と言えるだろう。あるいは忍び寄る影は,心象的な概念として用いられる。本展で鑑賞者が受け取る影も、そのように多義的な影であった。視覚的な認識にとどまらない影は,必ずしもネガティブな存在ではないはずだ。


 展示に戻ろう。
 ペーパーカットを浮遊させる作品形態・展示方法や影に重心を置く試みそのものは,世界各地で行われていることであり,取り立てて珍しがるような行為ではないだろう。しかし,北野が同作品シリーズにおいて一貫して「回転」させている点についてその特徴を見出せるのかもしれない。
回転する平面作品は絵画というより彫刻のような振る舞いをする。複雑な視点や身体的関係性が生まれると言えば聞こえはよいかもしれないが,このダイナミズムを生み出すことは,それが設置される空間を引き受けなければならない重責を孕んでいる。演出家として,日々,自身のスタジオで展覧会装飾を行うプロとしての技量が存分に発揮されていた。

 さて,北野は2014年に若手を中心とする切り絵作家グループ・SAMURAIを立ち上げた。筆者も度々その活動に参加してきているが,この個展と会期が重なるようにして第4回切り絵博覧会と名付けられた展示を同グループの代表として北野は手掛けていた。2000年代以降,趣味としてあるいは表現技法としての切り絵が国内で急速に普及しつつある。一方で,技法面のみが取りざたされがちな切り絵-ペーパーカットは美術や表現としてはまだまだ未熟な面がたくさんあることは明白だ。これは,SAMURAIという団体に対する批評としても,考えられるべきことだ。

 切り絵特有の強みともいえる(創造可能な)影について,影が質量を持たない像であるように,きわめて軽やかかつ前向きな振る舞い(Dance)を見せた北野の本展は,私の眼にはとても希望的に映った。ペーパーカットを思考する者として,また制作者としても注視したい営みであった。

【掲載画像について】

ギャラリー訪問時に撮影許可とWEB掲載の許可をいただいたうえで掲載しております。

〇展示情報

北野雪経個展 Dance of Life
⁡⁡(会期) 2022年4月16-24日
⁡(会場) igu_m_art  大阪市北区西天満4-5-25-1F

〇補遺

本文には書きませんでしたが,ペーパーカット-Dance-生きる歓びと言えば,これまたアンリ・マティスにまつわる語彙群ですよね。
新美のマティス展,結局いつ開催されるんでしょう。なんなら別のマティス展の告知が始まっているのを先日SNSで目にしましたが……

〇執筆者情報

松村大地
切り絵作家/美術家/展示会企画/近現代切り絵の調査/研究
2019年度より京都工芸繊維大学デザイン・建築学課程に在籍。(現在、大学では建築学・キュレーション・現代美術を学んでいます。)
2020年より全国美術館常設展評「これぽーと」に寄稿。
2022年度は関西で芸術企画を行うNPO法人・芸法にキュレーション・ディレクションのアシスタントとして所属。
近年の主な展示は切り絵博覧会2020~2022,下町芸術祭2021,学園前アートフェスタ2020-22(入選)など。

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