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【papercut reviews(谷澤紗和子個展】青の対比/転換と弱さについて 

papercut(あるいは切り絵)を思考するために、そしてその思考を広げ続けるために、アーカイブと若干の批評性を有するテクストを目標にレビューを書いています。
個展に加え,同時期に開催されたVOCA展に出展された作品にも言及しています。

review

はいけい、ちえこさま

 谷澤紗和子個展「情調本位な甘い気分」では,詩人で彫刻家の高村光太郎の妻としても知られる高村智恵子の紙絵と,晩年に制作されたマティスの切り紙絵を参照した切り紙による作品群が並んだ。
 作品名にも用いられている「情調本位な甘い気分」とは,『智恵子紙絵』に所収されている夫高村光太郎のエッセイ「智恵子の半生」において,見たことのない智恵子の若き頃の絵画を想像した表現として述べられている一節から取られている。
 智恵子は,夫高村光太郎と結婚する以前,雑誌「青鞜」の表紙絵を描いていた。また,「青鞜」とは,平塚らいてうが初代編集長を務めた日本初の女性雑誌で,その名はロンドンで興った女性の地位向上のためのブルー・ストッキング運動から採られている。

 《Emotionally sweet mood》はヒヤシンスを漉き込んだ和紙を用いて作られており,現存する数少ない智恵子の油彩に描かれているヒヤシンスを追随していくような作品である。

谷澤紗和子《Emotionally Sweet Mood》,2022年

 智恵子の赤いカニの紙絵に対して,谷澤の作品は青い紙で切られており,その上にNOの文字が重ねるように切り抜いているのが印象的だ。切り抜くだけでなく,切込み線によって描き出すという技法も智恵子の制作とリンクしている。あるいは,VOCA展出展作品の一つにおいては,カニの輪郭だけをなぞるようにして,NOという文字へと完全に成り変わっている。(智恵子は開いた封筒を台紙としており,この点もなぞられていることに注目だ。)
このNOは智恵子の時代から現代まで通底している女性性の問題を提起する言葉として,より鮮やかな色彩で作られた《NO》という作品とともに鑑賞者に突き付けられている。

高村智恵子の紙絵。封筒の上に貼られている。
VOCA展2022での展示風景

 《pink nude》はマティスの切り紙絵の中でも特に著名なblue nudeのシリーズを参照している。谷澤の作品では,ピンク一色に塗りつぶすわけではなく,本作にはところどころ黒が見え隠れしているまだら状の彩色が施される。純粋に単色のblue nudeと対をなそうとしているわけでもないのだろう。特に,頭部の黒は高村智恵子や谷澤自身,そしてわたしたち日本人(東洋人)といった,西洋中心の価値観からすれば,周縁化されつづけてきたことを暗に示している。さらに,とげのように逆立つ体毛は,もはや武装的な様相を醸している。さらに,顔と思しき切り抜きが見受けられるが,これは冒頭で触れたヒヤシンスの作品にも共通しており,まるで静かに何かの発話をしているかのようだ。

 ところで,マティスの切り紙絵自体,以前は晩年の手慰みであるなどと評されることもあるなど,近年になるまで評価されてこなかった過去を持つ。つまりそれは,油彩と比較してのことであるわけだが,身体性の問題だけでなく,技法としての弱者的立場という美術観が存在しているということだ。マティスが紙を切る行為からは,二重の弱さについて考えることができる。
 男-女,強-弱,西洋-非西洋,中心-周縁など,そして単純な二項対立以外のずれを含み,単なるピンクに染まったblue nudeとしてではなく,複雑な対比を孕み込んだ《pink nude》として現れ出ているのだ。

谷澤紗和子《Pink nude》,2021年

 モチーフとして女性像を描く西洋の美術史の中心部にいる巨匠というステレオタイプの代表と言えるアンリ・マティス。その一方,美術史的な周縁部である東洋の島国で女性としての地位向上への活動に寄与していた高村智恵子。この対照的な二者は,芸術の世界における非対称性をありありと浮かび上がらせる。
 谷澤は両者を参照した切り紙作品を並置してみせることで,女性性の問題を鮮やかに提起するのだ。特に本展では,まるでマティスのblue nudeの青と智恵子のカニという2つの切り紙の色を取り換えたような印象だ。(光太郎曰く,智恵子の生涯で唯一社会に触れた出来事としての青鞜がここでまた思い返されるだろう。)

 女性性の問題に限らず,なんらかの問題提起が行われるときは,乱暴とも感じ取られる方法を使用することで,世間の注目を引くという方法がしばしば行われることがある。ネット以後の社会に顕著に見られるアテンションエコノミーとも呼ばれるような方法論だ。しかし,谷澤の作品群の技法面やアプローチは,そういったアテンションエコノミー的態度に頼らない,非常に綿密で丁寧なものだと言えるだろう。それは切り紙を制作する際の手つきに通じている。明確に批判的な意識を保ちつつ,それでも優しさを失わない主張として高村智恵子に捧げられ,そしてわたしたち現代の鑑賞者へ向けられている。


【関連文献と引用】

高村智恵子『智恵子紙絵』,1993年,ちくま文庫

【掲載画像について】


ギャラリー訪問時に撮影許可とWEB掲載の許可をいただいたうえで掲載しております。

〇補遺


高村智恵子の切り紙を参照したpapercutの実践には2018年に,切り絵作家である福井利佐が重陽の芸術祭※にて,オカザリ(御幣)を通したアプローチを行っている。智恵子の生家での展示として非常に興味深い実践なので,併せて記しておく。詳細はこちら

※「重陽の芸術祭は、福島ビエンナーレ2016を契機に、その後も二本松市で毎年開催されてきたアートイベント。」http://wa-art.com/chouyou/chouyou2019/index.htmlより引用。

〇展示情報

「情調本位な甘い気分」谷澤紗和子個展
(会期)2022年3月19日-4月9日
(会場)studio J

〇執筆者情報


松村大地
切り絵作家/美術家/展示会企画/近現代切り絵の調査/研究
2019年度より京都工芸繊維大学デザイン・建築学課程に在籍。(現在、大学では建築学・キュレーション・現代美術を学んでいます。)
2020年より全国美術館常設展評「これぽーと」に寄稿。
2022年度は関西で芸術企画を行うNPO法人・芸法にキュレーション・ディレクションのアシスタントとして所属。
近年の主な展示は切り絵博覧会2020~2022,下町芸術祭2021,学園前アートフェスタ2022(入選)など。

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