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キリンが来る(立体商標~変格活用編)

この投稿は、知財系ポータルサイト「パテントサロン」の管理人である大坪さんが主宰する「知財系 もっと Advent Calendar 2020」 に12月11日付エントリーとして、前日12月10日投稿のH.KOSHIBAさんからバトンを引き継いで参加するものです。
師走のお忙しい中とは思いますが、お付き合いいただけるとありがたいです。

1. はじめに

m-kenこと私、職業生活のかなりの期間、商標を中心とした知的財産に係わる業務に従事していました。
そのせいか、知財とりわけ商標やブランドに関する情報には素通りできない体質が今も残っています。
そんな私が先日、Twitterで @estoppel88 さんのツイートを目にし、この商標登録「登録第6127292号」について、過去に個人的興味で調べていたことを思い出しましたので、その内容をベースに、今年の大河ドラマのタイトルをかなり強引にこじつけて書いてみました。

2. 立体商標について

まずは、立体商標について商標法と特許庁の商標審査基準でどのように定められているか、おさらいをしておきたいと思います。
「そんなの知ってるよ」って方は、飛ばして読んで頂ければと存じます。

・商標法

商標法2条1項で立体的な形状が「商標」の一類型であることが定められています。
同法3条1項各号では、商標のうち商標登録を受けることができる商標が定められていますが、その第3号により、立体商標を含む商品(またはその包装)の形状を普通に表示する商標はこの対象から除外されると規定されています。
つまり、一般的な円筒形の缶ビールや缶ジュース容器の形状それ自体では、「普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」であるとして、商標登録を受けることができないこととなります。
ただし、これには例外があり、同法3条1項3号に該当する商標登録を受けることができない商標であっても、使用の結果、需要者に誰の商標であるか認識されるようになった商標は、同条2項の規定により商標登録ができることとなります。

・商標審査基準

商標審査基準の「五、第3条第1項第3号」の「4.商品の「形状」、役務の「提供の用に供する物」について」の項で 、
『(1) 商標が、指定商品の形状(指定商品の包装の形状を含む。)又は指定役務の提供の用に供する物の形状そのものの範囲を出ないと認識されるにすぎない場合は、その商品の「形状」又はその役務の「提供の用に供する物」を表示するものと判断する』
として、「普通に用いられる方法」に関して基準が示されていますが、かなり厳しい条件となっています。

・登録例/不登録例

上記の通り、厳しい条件を乗り越えて商標登録となった飲料関係の商品形状のみからなる立体商標の代表例としては、コカ・コーラの容器(登録第5225619号)、ヤクルトの容器(登録第5384525号)があります。いずれも長年の使用の結果、商標法3条2項に該当するに至ったとして登録されています。

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一方、登録とならなかった代表例としては、サントリーの角瓶(不服2000-17141)があります。

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3. キリンが来た!
 (缶チューハイ「氷結」立体商標のカ行変格活用)

前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本題です。
日本を代表する総合食品メーカーであるキリンホールディングス株式会社傘下のキリンビール株式会社が販売する缶チューハイ「氷結」の容器の形状のみからなる立体商標の商標登録に至るまで経緯と、本件商標に関連し、諸々気になった点を見ていきたいと思います。

◆未然形:(登録査定が)来ない、、、

本件商標は、2015年1月15日に第33類「酎ハイ」を指定商品として出願されたものです。(商願2015-003096)
キリンビールのホームページによれば、「氷結」ブランドの缶チューハイは、2001年に販売を開始したとのことですので、15年近くに渡る販売実績を引っ提げ、満を持しての出願だったのかと思われます。
ただ、この手の立体商標の審査傾向として、まずは3条1項3号に該当するとして拒絶することが通例なため、本件商標も拒絶理由(2015年7月17日)に対して意見書を提出(2015年8月26日)しましたが、残念ながらと言うか、やはりと言うか、拒絶査定(2017年6月9日)となってしまいました。

◆連用形:(審判請求が)来ます

拒絶査定となりましたが、当時既に缶チューハイブランドのトップ集団の一角を占めるまでに成長した「氷結」ブランド価値を高めるためにも、ここで引き下がるわけにはいかないとの判断があったのでしょうか、出願人は拒絶査定不服審判を請求(2017年9月8日)しました。(同時に指定商品を「缶入り酎ハイ」に補正)
審判請求においては、3条2項該当性を中心に、請求人(出願人)と審判官との激しい攻防があったようで、審決書によれば、請求人は、3条2項該当性立証の王道である需要者に対するアンケートで高い認知度であったとの調査結果を提出し、一方の審判官は、凸凹状の模様を有した缶入り飲料が存在することに対する証拠調べ通知書(2018年7月19日)を提出したりしていたようです。

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◆終止形:(商標登録が)来る!

慎重な手続きを経て2019年2月13日、「現査定を取り消す」との審決がなされました。
この審決の直後、出願人であるキリンホールディングスは、2019年2月21日付のプレスリリースを発表しています。
同社は、2020年12月現在で約1200件の商標登録を保有しており、2019年の1年間で56件もの商標登録をしていることを考えると、わざわざ1件の商標出願の審査経過上の出来事をプレスリリースに出したくなる程に、商品形状のみからなる立体商標の商標登録のハードルは高いものであり、当事者としては思わず自慢したくなることが伺えます。

ただ、この商標登録、それからこのプレスリリースに関しては、(元)同業者の目線からだと色々と気になるところが出てきます。

◆連体形:(第三者の知的財産権が)来るとき

キリンホールディングスは総合食品メーカーではありますが、さすがに自社商品の包装材料まで自前で製造しているわけではありません。餅は餅屋、ビールはビール屋、ってことです。
缶チューハイの包装容器であるアルミ缶の製造大手に東洋製罐株式会社と言うメーカーがあります。
東洋製罐は、発明の名称が「耐変形性及び装飾効果に優れた薄肉金属容器」と言う特許(特許2035406号)を保有していました。
2011年に権利満了していますが、請求項1と図1は以下の通りです。

【請求項1】 缶胴の少なくとも一部に周状多面体壁が形成され、該多面体壁は構成単位面と、構成単位面同士が接する境界稜線及び境界稜線同士が交わる交叉部を有し、該境界稜線及び交叉部は構成単位面に比べて相対的に容器外側に凸となっており、構成単位面は対向する交叉部間で滑らかに窪んだ部分を有し、構成単位面の周方向に隣合った容器軸方向配列が位相差をなしており、且つ構成単位面の窪んだ部分は式
【数1】5t≦R≦r
式中、tは缶胴の厚み(mm)、rは缶胴の半径(mm)、Rは曲率半径(mm)である、を満足する曲率半径を有することを特徴とする耐変形性及び装飾効果に優れた薄肉金属容器。

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お分かりですよね。「氷結」が採用しているアルミ缶の特許です。
東洋製罐のホームページでもダイヤカット缶の項で自社技術の事例として紹介されています。

また東洋製罐は、商標登録に関しても、国際分類第6類「金属製包装用容器(「金属製栓,金属製ふた」を除く。)」を指定商品とする立体商標の商標登録(登録第4336698号登録第5866230号)を保有しており、これらの登録は現在も有効に存続しています。

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※上記の商標は、「金属製包装用容器」”のみ”からなる立体商標ではなく、下部に付された「CAN」のロゴとの組み合わされた商標として「CAN」のロゴ部分に識別力があるとして登録されている商標です。
一般的な缶飲料には、飲料の出所表示として機能している商標の他に、東洋製罐をはじめとする製缶メーカー各社それぞれのロゴが付されていて、缶容器自体の出所表示のための商標として機能しています。
飲み会の席でウンチクを披露すると、さすが知財の人!と尊敬されるか、それとも鬱陶しがられるか、、、

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上記の通り、本件商標の包装容器である「ダイヤカット缶」は、キリンホールディングスではなく、「氷結」の販売開始前から東洋製罐の知的財産権でがっちり守られており、「氷結」のパッケージの周知性は、いわば「他人のふんどし」を借りて築かれたのではないのか?との疑問も出てきます。

当時まだ駆け出しだったので記憶が曖昧ですが、立体商標制度の導入時、立体商標の商標権が他の知的財産権との併存、とりわけ特許権や意匠権の延命装置とならないか懸念されていたようでしたし、スーパーカブの立体商標(登録第5674666号)が登録された際にも、特許権・意匠権による独占による効果を識別性獲得に至る経緯として参酌すべきとの議論があったかと思います。(スミマセン、文献が見つけられませんでした)

スーパーカブの場合、対象製品であるオートバイの特許・意匠権利者と、立体商標の登録権利者は同じ本田技研工業株式会社ですが、本件商標の場合、缶チューハイとアルミ缶容器の権利者が異っているので、更に慎重な検討が必要だったのでは?と思われます。
穿った見方をすると、本件商標の出願は東洋製罐の特許権が切れるのを待っていたのでは、、、とも思えてきますが、実情はどうなんでしょうか?

◆仮定形:(プレスリリースが)来れば?

サブタイトルにちょっと無理が出てきましたが、気にせず進めます。
「◆終止形」の項で述べたように、キリンホールディングスは本件商標の登録についてプレスリリースを出していますが、リリース中に以下のような記載があります。

「…文字や図形などが表示されていない包装容器での登録であり、…」

本件商標は、商品形状のみからなる立体商標の商標登録なので、当然のようにも思えますが、登録公報の図面をみると、、、

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「文字が表示されていない」訳ではないですよね。
「◆連体形」の項で示した東洋製罐の事例のように、立体商標に示された文字は通常、出願時に文字情報がデータベースにエントリーされますが、本件商標においてはなされていなかったようです。
せっかくユニバーサルデザインとして採用した点字表記なのに、「当社は点字は文字ではないと思ってます」とミスリードされないか心配になってしまします。
特許庁の判断がどうであれ、プレスリリースの表現には気を付けるべきかと思われます。

◆命令形:(おまけにもうひとつ)来い!

サブタイトルにかなり無理が出てきましたが、あと少しなので強引に進めます。
本件商標のプレスリリースでもう一つ気になる記載がありました。

「…キリンビール株式会社が2001年より販売している「氷結®」シリーズで使用している「ダイヤカット®缶」…」

「ダイヤカット」に登録商標であることを示す®がついています。
確かにキリンホールディングスは「ダイヤカット」の商標登録(登録第5623785号)を保有していますが、指定商品は第33類の酎ハイを含むアルコール飲料類を指定しています。
一方、プレスリリースの表現では「ダイヤカット」は缶チューハイの商標ではなく「缶」の商標であるようにも解釈できます。
ちなみに商標法では以下のような規定があります。

・74条(虚偽表示の禁止)2項
指定商品又は指定役務以外の商品又は役務について登録商標の使用をする場合において、その商標に商標登録表示又はこれと紛らわしい表示を付する行為。
・80条(虚偽表示の罪)
第74条の規定に違反した者は、3年以下の懲役又は3百万円以下の罰金に処する

商標法侵害罪は非親告罪なので、麒麟じゃなくて「警察が来る」なんてことにならなきゃ良いのですが、、、

ちなみに東洋製罐は、「ダイヤカット」と「CAN」のロゴを組み合わせた商標登録(登録第5964782号)を第6類「金属製包装用容器(「金属製栓,金属製ふた」を除く。)…」を指定商品として保有しています。

登録第5964782号

4. 最後に

思いつくまま書き連ねていたら思いのほか長くなってしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございました。
念のため申し添えておきますが、私はキリンビールのアンチなんかではありません。むしろ他社さんと比べてもお気に入りのブランドが多いんじゃないかと思います。(チューハイは「本搾り」派ですけど、、、)

本件商標もそうですが、立体商標とかいわゆる「新しいタイプの商標」の登録事例は、インパクトが強いからなのかニュースネタになりやすい反面、深い議論が少ないように感じています。現役世代の方々に更なる研究を期待したいです。

明日12月12日の「知財系 もっと Advent Calendar 2020」は、野崎篤志さんです。「スナックのざき」に伺ったことはないですが、どんなお話なのか楽しみです!!

おまけ

私、名古屋を中心に活動している「だが屋」という知財関係者による交流会の番頭(事務局)をしています。

皆様のおかげで、「だが屋」は2008年からかれこれ12年続いておりますが、今年はCOVID-19の影響でリアルとオンラインを1回づつの開催に留まりました。
来年は「だが屋」がもっと多くの知財関係者の交流の場となることができる良い1年であることを、心より願っております!!

Happy Holidays!