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ノンサッチ自警団新聞/Vol.11

【2019年10月29日】Vol.11 LIVE FROM HERE "ハロウィンでもAHOY!!”号

●ハロウィーンのLIVE FROM HEREも、トリック・オア・トリート!ではなく、AHOY!で元気よくスタート。

この日の音楽ゲストはメイヴィス・ステイプルスレイチェル&ヴィルレイ、そしてゲイブリエル・カヘイン。プライスとカヘインもノンサッチ・アーティストであり、その点ではおおいに当団マターな回となった。
また、上記のふたりはハウスバンドのスペシャル・メンバーとしても大活躍。この日のバンドは音楽監督マイク・エリゾンド(ベース)のもと、他にもジェレミー・キッテル(フィドル)ジョーイ・ワロンカー(ドラムス)といった豪華な顔ぶれが揃った。

●もともと今回は、ポール・サイモンがゲスト出演することになっていた。シーリーがホストになって間もない2016年に出演して以来の登場ということで、出演がアナウンスされた時から番組ファンもサイモン・ファンもすごく盛り上がっていたのだ。この番組では事あるごとにサイモンの曲をカヴァーしてきたし、サイモンも才気あふれるクリス・シーリーが大のお気に入りで、なんたって前回出演時には、新曲の「Wrist Band (リストバンド)」をパンチブラザーズ&サラ・ジャロウズとの番組内セッションで世界初演(その後に出たアルバム『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』に収録)したくらい。今回も、いったいどんなコラボが繰り広げられるのか…と当団もおおいに楽しみにしていたのだった。想像に過ぎないが、今回のハウスバンドにジョーイ・ワロンカー(レニー・ワロンカーの息子)という大物がブッキングされたのもサイモン絡みだった可能性はある。

●が、本紙にもあるように、当日になって突如サイモンさんの出演キャンセルが発表された。理由は重篤な風邪ということだったが、サイモン側は直前まで出演の可能性を模索していたようだ。しかし、サイモンさんも78歳(当時)。無理は禁物。後日あらためて必ず出演すると約束して、今回は欠席。もちろん、後にきちんと約束を果たした。

●そんなわけで、直前でいろいろ変更があったようで珍しくバタバタ感のある放送だったが、それでも番組の濃厚さに変わりなし。かえって、こんなハプニングも見事に乗り切るMCシーリーの現場力を見ることができて、まぁ、ファンとしてはお得な回になった。

●おそらくメイヴィス・ステイプルさんの歌った曲数は、当初の予定よりも多かったのではないかと思われる。彼女のコーラス隊を配したご機嫌な布陣によるパフォーマンスをたっぷり見ることができた。なかでも当団として推したいのは、新作に収録されたトーキング・ヘッズのカヴァー「Slippery People」。タウンホールがあるのはブロードウェイ劇場街、折しも目と鼻の先にある劇場ではデイヴィッド・バーンのミュージカル『アメリカン・ユートピア』が上演中ということで客席も大熱狂の様子だった。

●レイチェル&ヴィルレイは、超おしゃれ系ジャズ・ソングのようでいて歌詞は「飛行機の中でヤろうぜ!」というとんでもない内容のコミックソングといっても過言ではない「Let's Make Love on This Plane」を歌って大ウケ。洗練された曲調で客席がどっかんどっかん爆笑するという、シュールなパフォーマンスとなった。
本紙でも書いたが、この時レイチェルさんは足指を骨折していて、レイク・ストリート・ダイヴのツアーではドレスに松葉杖といういでたちでステージに立つこともあった。この時にはずいぶん回復していたが、それでも椅子に座って歌ったり、ドレスの足元はUGGみたいなブーツだったり。ちょっと不自由そうだったが、フューシャピンクのドレスがゴージャスでカッコよかった。

レイチェルさんといえば、今回はグレイス・スリックが誕生日ということで"Musician Birthdays”のコーナーで歌ったジェファーソン・エアプレインの「White Rabbit」も超カッコよかった。彼女は何でも歌えるし、何を歌ってもサマになるシンガーなので、逆に何を歌ってもあまり意外性は感じないところがある(贅沢な話ですが)。それでもグレイス・スリックというのはかなり意表を突く方向性で、「そのテがあったか!」というバッチリな選曲だった。

●そして今回、たぶんポール・サイモンと同じくらい楽しみにしていたのが、ノンサッチから名盤『Book Of Travellers』をリリースしたシンガー・ソングライター/鍵盤奏者/作曲家ゲイブリエル・カヘインの出演。本紙のほうではカヘインさんについて「現在、ランディ・ニューマンすら出さない日本のノンサッチは絶賛ガン無視中」と、ふだんは極めてピースフルな本紙にしては珍しく嫌味なども書いていることからも、本紙のカヘイン推しぶりはおわかりいただけるだろう。

この日はハウス・バンドとしてのバッキングだけでなく、ソロ・アルバムからのパフォーマンス、バースデイ・コーナー+α(後述w)などなど大活躍。ポール・サイモン欠席のために出番が増えたようなのだが、テンパるシーリーをがっちりサポートする頼もしい姿を含め、マルチに活躍するカヘインさんのさまざまな魅力をまとめて堪能できた。
ちなみに、カヘインとも親しい音楽仲間であるyMusicが帯同したポール・サイモンのフェアウェル・ワールド・ツアーにおいて、ライヴのクライマックスともいえる感動的な「明日に架ける橋」feat. yMusicヴァージョンの編曲を手がけたのもカヘインだった。そんなわけで、もしポールさんが出演していたら「その節はどうもどうも」の邂逅もあったかと想像するのだが、結果的にポールさん欠席のおかげでカヘインさんの才能がクローズアップされることになったので、やっぱポール・サイモンすげえや。風邪をひいてもただでは起きない。と思った次第。

↑ソロ・アルバム『Where Are the Arms』収録の名曲「Calabash and Catamaran」。

●そういえばMusician Birthdaysコーナーでシーリーが「僕とゲイブが思うに、現代で最もエキサイティングな作曲家のひとり」と説明した後、今、米国で最も注目されている作曲家であるアンドリュー・ノーマン(79年生まれ)をとりあげたのもよかった。これは、カヘインがいてこそのチョイス。ちょうどこの時期、ノーマンはグスターボ・ドゥダメル&LAフィルとのアルバムを発表したばかりだったのだが、番組では以前ノーマンが書いた“シンギング・ピアニストのための10曲“という連作の中から、カフカの詩に曲をつけ、それをカヘインが世界初演した曲を披露。貴重なパフォーマンス。しかし、そこになぜマンドリンが入る(笑)。世界中のあらゆる曲と合奏するシーリー!

●このころのカヘインさんは、バズってる他人のツイートに勝手に曲をつけて弾き語りして自身のSNSにアップしていたところ、それがメディアに取り上げられたりして妙なところでプチバズり中だった。この時も、ネットで話題になっていたミット・ロムニーについてのツイートを歌った曲を披露。そしたら、シーリーがさらに無茶ぶりリクエストをして、バズのきっかけとなった曲(?)「コンドウ・マリエ」も歌うことに。

2035年、マリエ・コンドウがドナルド・トランプを群衆に向かって差し出してみせ、「この男はときめき(spark joy)ますかー?」と尋ねたところ、群衆が「No——-!」と言ったのでトランプさんは断捨離されてしまいましたwwwーーーーと言う、ある若い女性がツイートした近未来SFふうのネタに曲をつけたもの。当時、その頃まで大統領を辞めないとか言ったんだっけ?ちょっと忘れてしまったが。そういう憂鬱な時事ネタをこの上なく美しい曲として歌う、という。
SNSのお遊びとはいえ、彼がやるとあまりにレベル高すぎてトピカルなアートになってしまう。でも、考えてみたら、これって構造としては完全にアンドリュー・ノーマンがカフカの詩に曲をつけるのと同じことなのだな(笑)。

●なお、この日は、シーズンごとにブロードウェイに飛んで新作ミュージカルを鑑賞すること30数年の水口“ミソッパ“正裕さん(misoppa’s bandwagon)が客席におられた。観劇の合間に公開収録を観覧しては当日のようすを教えてくださるミソッパさんを、当団は勝手に“当団特派員“と呼んでいる。いや、お土産をいただくばかりでけっして特派していないんですけどw。現在はコロナ禍のため渡米もままならない状況だが、また1日も早くブロードウェイ観劇が再開されることを小判鮫の当団としても心よりお祈りしている。

それで、この時、水口さんから、当日のプログラムをいただいた。プログラムと言っても縦長の紙に表裏プリントされた一枚だが、超、超、超貴重な資料だ。しかも、ここにはまだポール・サイモンのクレジットがある!

この日、最後はシーリーがパンチ・ブラザーズの「Little Lights」を歌い、途中から客席もコーラスパートに加わって大合唱になるという感動的なフィナーレになったのだが。けっこう難しいコーラスを観客がしっかり歌っていたので、すごいなー、さすがニューヨークだなー…と思っていたところ、事前に楽譜が配られてガッツリ練習させられた…という当団特派員からの報告が。

これが証拠の(お土産の、とも言う)譜面。

いやー、シーリー容赦ねーなー(笑)。
そういえばこの曲がアルバム『The Phosphorescent Blues』(2015)に収録された時にも、同じパートのオケが公開され、それに合わせて歌って送ったファンの声がアルバムに入るよ!と言う夢企画があって、実際アルバムにも収録されている。当団賛助団員の中にもiPhoneで録音した歌を送った人がいるのだが、プロフェッショナル・ミュージシャンである彼も「いやー、めちゃめちゃ難しかったす!」と言っていたw。気楽に♪らららーのレベルじゃない。容赦ない。

YouTubeの概要欄にも、
Chris Thile and our band (with a little help from the audience at The Town Hall) play "Little Lights" to close out our October 26, 2019 show.
と、わざわざ記されている。

↑これもポール・サイモン欠席の穴埋めで当日に急遽決めた曲なのか、背後でカヘインが「?」って顔でシーリーの出方をうかがってる。それにしても、この映像に水口特派員の歌声も混じってるかと思うと胸熱である。

途中、けっこうあたふたしている場面もあったけど、最強のハウスバンドの神対応もあって無事フィナーレまで乗り切ったシーリー。災い転じて、この回は彼をMCとしてひと回り成長させたのかもしれない。


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