トカゲの話(採集番号142)

 むかし、むかし、男、ナイサモーヌがいた。ナイサモーヌが山へ行くと、娘たちが水浴びをしていた。娘たちの美しさにナイサモーヌが思わず声をかけると、娘たちはあわててナズの木(※1)の下に隠れてしまった。ナイサモーヌは娘たちに歌った。

『「美しい娘さんたち
 美しい娘さんたち
 わたしの胸は、あなたたちの想いで張り裂けそうだよ
 どうかこの胸の苦しみを取りのぞいておくれ」
「口のうまい若者よ
 口のうまい若者よ
 おまえの口のうまさは、きっとニュ(※2)を食べたのだろう」
「ナズの木の下に隠れても
 あなたたちの美しさは隠せない
 ナズの花よりあなたたちの匂いはいい匂い
 磨いたナズの肌よりあなたたちの肌はなめらかだ」
「ほんとうにわたしたちの匂いを嗅いでみればいい
 ほんとうにわたしたちに触れてみればいい
 そうすれば、ナズの木よりもいいことがわかるから」(※3)』
 そこでナイサモーヌはいわれたとおりにした(※4)。夜になると、彼女たちの母親が帰ってきた。母親はムケヌック(※5)だった。母親に見つかると怒られると思い、娘たちはナイサモーヌを椰子殻に隠した(※6)。ムケヌックは帰ってくると、あたりの匂いを嗅いだ。
「ふんふん、人の匂いがするぞ」
 すると娘のひとりがいった。
「母よ、ムケヌック。気のせいですよ。さっき鰹を石焼きにしたから、その匂いでしょう」
「いやいや、気のせいではない。たしかに人の匂いがする」
 すると娘のひとりがいった。
「母よ、ムケヌック。気のせいですよ。さっき薬草を煮たから、その匂いでしょう」
「いやいや、気のせいではない。たしかに人の匂いがする(※7)」
 しかし、ナイサモーヌは娘たちが椰子殻に隠してしまったので、ムケヌックはかれを見つけることはできなかった。そこでナイサモーヌは地面についた足を柱にして、頭とシッポを破風にして、片方の肋を家の屋根にして、もう片方の肋をもう一方の屋根にして、はらわたで娘たちの寝ゴザを編んでやった(※8)。
 翌朝、娘たちは夜明けとともに起きだして水浴びをした。そしてナイサモーヌに、村に帰って食事をして、またいらっしゃいといった。ナイサモーヌは村に帰って食事をして、また娘たちの家があった場所に行ってみた。ところが、そこにはなにもなく、ただ草がぼうぼうに生えているだけだった。
 ナイサモーヌは泣いて、泣いて、ものも食べなくなって死んでしまった。
 ロプ貝のつぶつぶ、焼けた石。

 ※1 美しい白い花を咲かせる低木。堅くて木目が細かく、装飾に用いられる。この木から作られるヤリウェイは想いを伝えるとされ、性的な暗喩の意味でも使われる。
 ※2 脂の多い美味の魚。食べ過ぎると、脂で舌がまわってウソつきになるといわれている。
 ※3 恋の問答である。現在はほとんど見られないが、かつては男女の出会いの踊りのとき、あるいは網を補修する作業など男女が参画するときには、こうした恋の問答歌がかわされたということである。
 ※4 性行為におよんだということであろう。
 ※5 大型のトカゲ。60センチ以上になることもあるという。
 ※6 前出。なぜか椰子殻に隠す。呪術的な意味合いがあるのだろうか。
 ※7 採集番号138「悪霊の島」におけるやりとりと、ほとんど変わらない。これは話者のせいというより、昔語りゆえのことであろう。
 ※8 ラモア島の家の構造は、基本的に四本の柱に屋根をふいた簡素なものである。

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