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DRIVE YOUR CAR !

 友人というのはありがたいものです。先日、ここで、映画「ドライブ・マイ・カー」について、どうにもわからないことがあるので、それを教えてほしいとお願いしたところ、ひとりのかたがたくさんの時間を割いて、実にわかりやすく解説してくれました。そればかりか、こちらの議論にも丁寧につきあっていただきました。その友情に心から感謝しています。きょうはその密室での議論の続きといいますか、得た果実の一部を言葉にしてみたいと思います。

 もうずいぶんとまえから、絶望的な状況というのがこの国を取り巻いています。あらゆる分野において、それは露わになっていて、もはや目をそらすことさえできません。
 絶望的な状況にありながらも、すごく優秀なひとはあちこちにいます。ぼくは、そういうひとたちがどうやってそこから逃げていくのかに、とても興味があります。身近に東大生をはじめとするエリートたちがいて、その様子を見てきましたが、もはや官僚を目指す層は減り、外資系企業を希望するか、自ら起業を考えているひとが多いようでした。
「このままじゃ、やばいな」という場合、自らが奮起して建て直しを買ってでるという、義侠心みたいなことは、もはや若い世代にはなく、どうやって被害を回避するか、避難するかを考えているように映ります。
 船は、青臭い義侠心では救えないほどに沈んでいます。おのずと逃げるさきは大海か、そのむこうにある大きな陸地になるでしょう。目は遠くかなたを見つめ、そこに機会と環境を探すのです。

 スポーツの世界ではとっくにはじまっています。おそらくぼくが知らないだけで、企業やアカデミズムや芸術の場でも、おおきく人材という宝が、どんどんとこの沈みゆく船から飛び出していっているにちがいありません。
 映画の制作現場でもそれが起こっているはずです。閉塞した儲からないシステムのなかでの制作をあきらめ、観客を広く全世界に求める作品作りを試みているひとたちがいる。河瀬直美監督、是枝裕和監督といった海外での評価が固まっているかたたちは、普遍的なテーマへの意思を心のどこかに持っているように思います。これからもそういったドメスティックな称揚に満足しない、全世界を相手にした、もっと根源的な普遍性を内包した映画を撮ることでしょう。
 そして濱口竜介監督は、間違いなくその文脈のまんなかにいると思います。すくなくともそこを目指した戦略を懐に持っています。こういうひとたちが、あらゆるジャンルのなかから、どんどんとでてくることを心から願っています。

 日本は小さいけれど、人口は多いのです。それゆえ中途半端に自己完結してしまう。ある程度、国内で売れたり、評価を得られれば充足できる構造になっています。韓国や台湾などは、人口が少ないがゆえに、国内だけの消費ではまかなえない。となると必然的にグローバルな展開を模索するようになります。
 日本の中途半端な人口数と島国という立地から、精神的な鎖国に落ち着いてしまいます。厳しい競争や現実から逃避し続け、気がつくと周りの景色はすっかり変わっていたということが起きるのです。

 鎖国の果て、手遅れなまでの絶望的な状況があるなら、そこにとどまる理由はもはやないでしょう。会社に行かなくても仕事ができるのなら、長野県に住んでもいいように、クライストチャーチやリスボン、コルカタにいてもいいのです。そしてキャリアを磨き、働く場所と企業を自分の力で選んでいく。
 そのなかで成功したものは、拠点をどこか快適な場所に求め、国籍も変えてしまうかもしれません。先日ノーベル賞をとった真鍋淑郎さんは、長年アメリカで暮らし研究をしたアメリカ人です。
 もはや国がどうのではなく、個人が関心の中心にあります。厳しいけれど、いい時代なのかもしれません。
 ぼくは影ながらですが、そういう「逃げていく」ひとたちを、これからも応援していきたいと思っていますし、自分自身も死ぬまで「逃げること」を模索したいと思っています。


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