「白髪、老け顔、草食系のロマンスグレーですが、何でしょうか、お嬢さん?~人生で三度あるはずのモテ期が五十路入ってからしかも、一度で三倍って、それは流石にもう遅い、わけではなさそうです~」第4話
第4話:五十路、みる。
「えーと、美味しい」
未夜お嬢様が言葉を選びながら、お褒めの言葉を下さる。
気になる点は色々あるがそれでも嬉しいものは嬉しい。
「有難うございます」
「水みたい」
水みたい? 薄すぎたのだろうか。ジジイの舌では薄味も濃く感じてしまいのかもしれません。
「ああ、ごめんね。水みたいっていうのは、薄いとかじゃなくて、飲みやすいってこと。そうね……味の良い珈琲に対するおいしいじゃなくて、本当に澄んだ、そう、美しい味がする、文字通りの美味しい、美味だわ」
お褒めの言葉と捉えていいのだろう。私は、未夜お嬢様に感謝の気持ちを伝えるが、未夜お嬢様はまじまじと珈琲をみつめていらっしゃる。
興味津々でかわいらしいお姿です。
「へええ、不思議。なんだろ、不思議。不思議だわ」
未夜お嬢様は不思議を繰り返す。なるほど、私の珈琲は不思議なのだ。
だから、キッチンの皆さんはその不思議さを知りたくて、じっと見ているのですね。
マズいわけではないようで、ほっとする。
「白銀は、珈琲も真っ白なのね」
褒められて、いるのだろうか?
未夜お嬢様は悪戯っぽく笑い、こちらをじいっと見ている。
『自信を持って』
ふと未夜お嬢様の言葉が頭の中で響く。
これは年寄りの冷や水というのだろうか。
執事の域を超えているのだろうか。
けれど、自分を信じてみようと思った。
「お嬢様、一つお伺いしてもよろしいですか」
私が、急にそんな言葉を投げかけたので未夜お嬢様は目を見開く。
「白銀が? 私に? うん、そう、え、なに?」
お嬢様からの許可を得られた。ここからは、私の我が儘だ。いけるところまではいこう。
「お嬢様は、何故そのような恰好や髪型を」
「好きだから」
「然様でしたか」
「なに? なんか気になるんだけど」
未夜お嬢様が初めて顔を歪ませる。不快な気持ちにさせてしまったのでしょう。
「いえ……では、私も、一つ。『未夜お嬢様』を推理させていただきました。お嬢様もまた、自分が嫌いなのではありませんか?」
「……なんで、そう思うの?」
「お嬢様の髪や服装は非常に独特です。見る人によっては距離を置くことでしょう。挙動も少し変わっていらっしゃることが多いように思います。でも、お嬢様の一つ一つの立ち振る舞いの節々に優しさが見え隠れします。ですので、わざと周りの方に距離をとって頂こうとそう振舞っているのではと」
「……白銀、探偵になれるんじゃない?」
「いいですね、松田優作ですね」
未夜お嬢様は首を傾げます。古すぎたようです。
「お嬢様は、占いを辞めたとおっしゃいました。自分に自信のない人間は占い師になれないと。それはお嬢様自身のお話なのではないかと」
未夜お嬢様が首を傾げ桃色の髪を顔に垂らしたままこちらをじっと見つめます。
「お嬢様、一つだけ言わせてくださいませ。私は、お嬢様に、自信を持つようにと仰っていただきました。そして、私は今、お嬢様に自信を持ってお伝えしたいことは一つです。未夜お嬢様は、優しくて素晴らしい方です」
未夜お嬢様は私の言葉で俯いてしまいます。
少しだけ、時間が必要なのでしょう。
未夜お嬢様が、珈琲が冷める時間を必要としたように。少しだけ時間が。
私は出来るだけ、静かに、そして、ゆっくりとお嬢様の言葉を待ちます。
「……あのね、白銀。これ、伊達眼鏡なの」
「然様でしたか」
「ふふ、知ってたんでしょう?」
分かっていました。なんとなくではありますが、お嬢様の挙動から察しはついておりました。
「……あのね、視力が落ちたわけではないの。急に視界がぼやけるようになったの。でも、見えないわけじゃないのよ。物は見えるの。でも、人の顔がぼやけるようになったの。多分、精神的なもの。落ち着いてしっかり見ようと思えば見えるの」
「そうなのですね」
出来るだけ、お嬢様が話しやすいように話したくなるようにお嬢様の呼吸に合わせて相槌を打ちます。
「見るのが怖くなったんだと思う。色んな人の運命を。昔はね、占いにもすがりたい一生懸命生きている人に少しでも良い運命が来るようにって……でも、有名になるにつれて、もっと金が欲しい、人望が欲しい、愛が欲しいっていう人たちが増えてきた。そしたらね、急に、見えなくなったの」
未夜お嬢様のカップを持つ手が小さく震えています。
「未夜お嬢様、お話し下さり有難うございます」
お嬢様は小さく頷きます。もう一歩参りましょう。
「お嬢様、今は、何をしていらっしゃるのですか」
「今はね、翻訳の仕事」
「素晴らしいですね。……未夜お嬢様、私如き執事の言葉では足しにはならないかもしれませんが、私は、今日未夜お嬢様からお話し頂いた私のこれからは、占いとして、ではなく、未夜お嬢様が主として私を思い、かけてくれた言葉だと考えております」
「え?」
「未夜お嬢様が、私の人生がよりよくなるように、私に、この執事である白銀に与えてくれた助言だと思っております。私は幸せ者です。優しい未夜お嬢様に本日仕えることが出来て」
心底思っている私の言葉を未夜お嬢様に届けます。
「そっか……助言。白銀はうれしかった?」
「とても。とても嬉しかったです。私を思い仰ってくださったお嬢様のお言葉が」
「そっか」
お嬢様はそう呟くと珈琲を飲み始めました。手はもう震えてはいませんでした。
その後、お嬢様は、それまでと違い沢山ご自身の話をしてくださいました。
好きなもの、嫌いなもの、色んな思い出、少しつらかったこと。
そして、楽しい時間はあっという間。
お嬢様のお出かけのお時間が迫ってきました。
「未夜お嬢様、そろそろお出かけの時間です」
「うん、白銀。私、行ってくるわ」
未夜お嬢様の椅子を引くとお嬢様は、凛としたお姿で立ち上がり、こちらを向いて微笑んでくださいました。
その笑顔は、とても自身に満ち溢れていて、執事として、誇らしく思います。
「またね、白銀」
「はい、お嬢様のお帰りを、白銀お待ちしております。今度はぬるめの珈琲で」
未夜お嬢様は、今日何度目でしょうか、目を見開くとすぐにくしゃりと笑い、口を開きます。
「白銀は、よく見てるわね」
「ええ、見ますとも。大切なお嬢様ですから」
未夜お嬢様はそのまま、お出迎えスタッフに連れられて、お出かけになられます。
途中、南さんが未夜お嬢様に駆け寄られ、何事かを話していらっしゃいます。
聞き耳を立てるような野暮な事はするつもりはありません。
少し距離をとり頭を下げ出来るだけ無心でいるよう心がけます。
「未夜さん、ありがとう」
「こちらこそ」
「あ、あと、白銀にお出かけするよう言ってくれて、ありがとう」
「私は白銀に助言しただけよ。まあ、南にも借りがあるしね。あ、でもね、南、これはあたしからの助言」
「何?」
「モテ期三倍っていうのは、本当よ。……気を付けないととられちゃうわよ。私も、うふふ」
「え? ちょっと。うふふって何? ねえ、未夜さん」
どうやらお話が終わったようで未夜お嬢様の足音が離れていきます。
「じゃあね、行ってくるわ。白銀」
私は、胸を張って大きな笑顔でこちらをしっかりと見て手を振るお嬢様に伝わるよう、私も胸を張り、お嬢様を見て出来るだけ最高の、いえ、南さんに言われた、最強の執事の笑顔で見送ります。
「いってらっしゃいませ、お嬢様。いつでも此処にお帰り下さいませ。白銀はお待ちしております」
こうして、私は一人の執事として、最初の仕事を終えたのでした。
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