「英雄たちのアシナガおじさんが冴えない私なので言い出せない」第1話

あらすじ(300字以内):
ガナーシャは40近いおじさんだが、未だに冒険者を続けている数少ない存在。
年齢と黒魔法使いを理由にパーティーへの参加が年々難しくなっていたが、とあるパーティーに拾われる。
孤児出身でありながら、その類稀なる素質によって英雄候補に選ばれた三人の少年少女のパーティー。
攻撃魔法に優れる強気な魔法使いの少女、リア。
大人顔負けの剣術を操る少年、ケン。
そして、治癒魔法の使い手、ニナ。
三人は同じ孤児院出身で、同じ人間からとある支援を受けていて、その人間に恩義を感じていた。その人物の名は『アシナガ』。
臆病で冴えないおじさんとアシナガおじさんを慕う三人の英雄候補の冒険物語。
 

第1話:「おじさんはいろいろ痛い」

「おい、おっさん!」

 冒険者ギルドの酒場に少年の怒声が響き渡る。
 視線の集まるそのテーブルでは三人の少年少女と年の離れた男が囲んでいた。

「リア、テメエも何か言ってやれ! このおっさんによ!」

 青髪の少年に声をかけられた少女は金髪の美しく長い髪をいじりながらそっぽを向きながら言い放つ。

「はあ……おじさんさあ、今日何回死にそうになったと思う? もうさ、やめたら冒険者? ていうか、アタシにふらないでよ」
「ぼっ……けぇええええ! こういうことはパーティー全員だろうが! なあ、ニナ!」

 銀髪の少女はニコニコと笑みを浮かべ頬に手を添えながら口を開く。

「そうですねえ~、もうちょっと頑張ってもらえたらうれしいんですけどね~。それとも、パーティーを抜けたくてわざと手を抜いているとかですかね?」

 三人の刺すような視線を受け、年も倍以上、四〇に近い男はもじゃもじゃ赤茶の頭を掻きながら苦笑いを浮かべ答える。

「いやあ、別にね。そんなつもりはないんだよ。申し訳ない」

 ガナーシャ・エイドリオン。
 赤茶のもじゃもじゃ髪の男の名である。

 この街に来て三か月。ガナーシャは、パーティーメンバーである少年少女三人に何度も詰め寄られており、この街の冒険者たちは見慣れた光景に対し思い思いの表情を浮かべている。
 少年少女の剣幕に苦笑いする者、幼い彼らに怒られている男を嘲笑う者、無礼な少女たちに眉をしかめる者。だが、大半は少年少女の言い分に対して理解を示していた。
 というのも、ガナーシャは、一般的な冒険者から見れば歓迎されない存在。

 彼の職業《ジョブ》は、黒魔法使い。
 黒魔法使いは、火・水・風・土の四大属性魔法や、聖闇という強力な特殊属性でもなく、相手を弱らせる『いやらしい』魔法を使う魔法使いであり、イメージもよくない。
 そのうえ、ガナーシャは40になる手前、よほどの実力者でなければ、雑魚モンスター狩りといった雑用的な仕事しか出来なくなる体力の落ち始めなのだ。しかも、ガナーシャは足が悪いらしく、『足が痛い』が口癖だ。
 一時的に『お試しで』パーティーに参加させてもらっても、次は呼ばれないことが多い。
 なので、むしろ、今のパーティーが三か月続いていることが奇跡に近い。
 なんだったら、今日こそ追放かと賭けに興じる者もいる始末だ。

「まあ、追放されても仕方ないかなとは思ってるよ。だけど、まだチャンスをくれるというのなら、もう少し君たちと一緒に冒険させてほしい」
「……! 勝手にしろ!」
「……もう寝る」
「では、引き続きよろしくお願いしますね」

 去り際のニナのその一言で今日の賭けの結果も出た。
 大半の者が悲鳴を上げる中、数人はガナーシャに礼を言って小銭を渡し、再び酒を呷り始める。
 ガナーシャは今日の勝者から貰ったコインを手の中でいじり、やっぱり苦笑いを浮かべながら、安酒を呷る。

「ふう~、明日も冒険か……なんか、いつもより足が痛い気がするなあ」

 ガナーシャは、足を念入りに擦りながら、一気に酒を飲み干し部屋へ戻ろうとする。
 酔うのが怖いガナーシャなのでほぼ素面に近いのだが、少し足を引きずって歩くので酔っ払って足取りが重いと勘違いした冒険者がガナーシャの話をし始める。

「あの英雄候補共はなんだって黒魔なんか入れたがったんだ」
「さあてね。まあ、支援孤児って話だし、見下せるような存在が欲しかったっ……ってぇええええ!」
「おいおい、酔ってんのか? すっ転ぶなんてよお……まあ、あのおっさんはいずれにせよ、見下されてる。やだね、ああはなりたくないもんだ」

 ガナーシャは、まるで聞こえていないかのように身体を一定に揺らしながら歩いていく。

(いやいや、言われたい放題だね。まあ、僕のことはいいんだけど……)

 ガナーシャは、リア達の事を思い浮かべる。
 彼らの言う通り、リア達は孤児だ。
 だが、才能のあった彼らは『支援者』と呼ばれる存在から支援を受け、その才能を開花させ英雄候補と呼ばれるようになった。
 王国が才能ある者と認めた者に授ける称号で、これを持つ者は冒険者ギルドでも優遇される。
 その称号をリア達は持っている。
 だが、その分嫉妬も酷い。特に孤児出身という事でこれ見よがしに嫌味を言ってくるものもいた。

 ガナーシャは、大きなため息を吐き部屋へと入る。

「ああ、ひかってるなあ」

 そう言いながら光っていた平たい水晶のついた魔導具を手に取る。
 それは、〔伝言の魔導具〕。
 同じ魔力紋を持つ水晶同士、決まった相手との文字のやり取りが出来る魔導具であった。

「これは……実家から、シーファからか」

『お兄様へ 冒険者をまだ続けるつもりですか? いい加減、エイドリオン家を継ぐとお父様たちに伝えた方がお兄様の為ですよ。でなければ、私が継ぐことになってしまいますよ?』

 それを見てガナーシャは、伝言の魔導具に魔力を込め文章を打ち込んでいく。

『シーファへ 僕も君が継ぐのがいいと思うよ』

 そう送って、ガナーシャはエイドリオン家と繋がっている伝言の魔導具を鞄の中に押し込み見ないようにする。
 ガナーシャはベッドにもぐりこみ足を擦りながら寝てしまおうと目を閉じる。

「ああ、足が痛い……いたたた……」

 次の日、ガナーシャは受付で依頼受付をすませる。
 今日の依頼は『【黒犬のあなぐら】での黒犬討伐』。
そして、冒険者ギルドを出たところで、再び集まりリアが声をかける。

「準備はいい?」
「問題ねえよ」
「うん、大丈夫よ」
「あ、あのー……」

 ケンとニナが頷く中、ガナーシャが申し訳なさそうに手を挙げる。

「あの、足が痛いんだけど、今日はお休みにしたりは……」
「「「ダメ(だ!)(です)」」」

 三人が声を揃えてガナーシャの意見を却下する。

「だよね。じゃあ、行こうか」

 リアが溜息をつき歩き出そうとするが、

「あ!」

 と、声を上げる。

「どうしたの?」
「指輪、忘れた……」

 リアは、自身の人差し指をじっと見つめ顔面蒼白で震えている。

「いやいや、リアさん指輪って……」
「アシナガ様がくれたの!」
「「行ってこい(いってらっしゃい)」」

 ケンとニナの揃った声でリアは駆け出す。
 ガナーシャは、はあとため息を吐いて足を擦り続けた。

「アシナガ、ねえ……」
「おい、アシナガ師匠を悪く言ったら殺すぞ」
「ガナーシャさん、アシナガさんだけは悪く言ってはいけませんよ。……天罰が下りますよ」
「わ、わかったわかった。ごめんよ。今後気を付けるよ……うん」

 アシナガというのはリア達の支援者の名前で、幼いころから支援してくれており3人とも尊敬する存在だが、ガナーシャにとってはそうではない。
 とはいえ、自分には何も言う資格はないかと足を擦り続けリアを待ち続けた。

 ダンジョン【黒犬のあなぐら】でもガナーシャの出る幕はなかった。

「大火球!」

 リアの攻撃魔法は強烈で次々に黒犬たちを焼き尽くして炭にし、

「どらあ! しねえ!」

 ケンは黒犬の攻撃を躱しながら一刀で首を落とし、死体の山を築き、

「はいはい、油断はしないようにね」

 回復魔法の出番がない為に、完璧な強化魔法でニナが二人を支えていた。

 こうなると、手を出さないのが吉と、ガナーシャは自分の役割の中心となり始めた情報収集・整理に努める。長年の経験からダンジョンの『今の構造』を見て分析し罠の位置や休憩の出来そうなポイントなどを考える。
 その結果、ガナーシャは足を擦りながら苦笑いを浮かべる。

「どうしたの? 何かあった?」

 魔石回収をケンに任せたリアがガナーシャの方に歩いて尋ねてくる。

「ああ、いやあ、そのね……この先の部屋、ちょっと良くないかなあって」
「罠ってこと?」
「いや、まあ、確認した方がいいでしょうし、行きましょうか」

 先の部屋に続く通路で身を隠しながらガナーシャは頭を掻く。

「ああ、やっぱりかあ……」
「な……!」
「マジかよ……!」
「まあ……」

 リア達が目を見開きながら息をのむ。
 その先には、蟻か何かのようにわらわらと群がる……黒犬の群れ。
 異常な光景。
 そして、それが意味するものは誰もが理解していた。

「大発生《スタンピード》……!」
「まあ、大発生の卵ってやつだね。あの奥の、大きな卵みたいなやつ。あれが、異常に肥大化したダンジョン核。あの中に、今のあれ以上の黒犬の素が入っていて割れたら……まあ、大発生だろうね」
「ガナーシャ、あと、どのくらいだと思う?」

 リアの真剣な目の問いかけに、ガナーシャもまた応える。

「あれだけの状態。今夜でもおかしくはないかな」

 全員の緊張感がさらに張りつめていく。
 黒犬は彼らからすれば手ごわい相手ではない。四、五匹であったとしても。
 だが、目の前にいるのは間違いなく百匹近い。
 それが一斉にかかってくれば……。
 そして、その奥の卵が割れれば……。

 街が蹂躙される光景が頭に浮かびリアは頭を振る。
 リアは、自分の人差し指に嵌まった指輪に視線を落とす。そして、握りこぶしを固め、考える。
 その時だった。

「足が痛い」

 ガナーシャのその一言に。だれもがぽかんとなり、そして、目を吊り上げた。

「ちょっとあんたこんな時にまで何を……!」
「僕は、足が痛い。みんなは? 痛いところはないですか? 状況確認をしましょう。治しておくにしても魔力を節約するにしても今情報を共有しておきませんか?」

 ガナーシャは苦笑いを浮かべながら静かに語りかける。
 リアは急にはっとし、

「そ、そうね……あたしは……ちょっと身体全体に疲労を感じる。長期戦を覚悟するなら今回復しておきたい」
「俺は、いけるぜ。ただ、武器が不安だ。おっさん、剣を借りておいてもいいか」
「私は問題ないですね。魔力もおかげさまで温存できていますし」
「僕は、足が痛いくらい」

 それぞれの声を聞き、情報を受け、リアは考える。
 先ほどまでと違い、靄がはれたような感覚。あとは、判断するだけだ。

「アタシは、戦うわ。みんなは、ついてきてくれる?」
「おう」
「はい」

 そして、少年少女の視線は一人のおっさん、ガナーシャに向けられる。

「……君たちみたいな若い子がそこまで命を張らなくても、あの街が耐えきれるかもしれませんよ?」
「かもでしょ? それじゃダメよ。今、出来る最善の策をとらないなんて事したら、あたしたちはアシナガ様に顔向けできなくなる。あたしたちは【アシナガの子】。人を救う為に全てを賭けられる」
「はあ……命は大事にした方がいい。だけど、まあ、そうだね。分かった。がんばろう……まあ、大丈夫、死にはしないさ」
「いや、死ぬわ。油断したら間違いなく死ぬわ。おっさんは、くくく、ほんとバカかよ」

 ガナーシャの言葉にケンは唇を吊り上げながら悪態を吐く。
 そして、何度も手を閉じては開き、ガナーシャから借りた刃こぼれや脂のついていない剣を握り、確かめるように振る。

「よし……! 行くわよ! 大火球!!!!」

 リアの特大の火球が大発生の卵に向かって飛んでいく。だが、庇うように数匹の黒犬が飛び込み、その火球を防ぐ。
 そして、リア達の存在に気づくと一気に威嚇の声を上げる。

「んなもんでビビるかよ! こい! おらぁあ!」

 ケンが黒犬たちの大合唱を吹き飛ばすほどの絶叫をあげると、それに当てられた黒犬たちが飛び掛かり返り討ちにあう。
 絶え間なく波状攻撃で攻め立てる黒犬たちだが、それを超える速さでケンとリアが黒犬を撃退していく。
 そこには、
 
「〈速度上昇〉〈力上昇〉〈魔力上昇〉!」

 強化魔法をかけ続けるニナの姿があった。

「ケン、剣を貸せ! そろそろ斬れないだろう!」
「ああ、頼む!」
「リア! 俺がけん制するから一度呼吸を整えろ!」
「は、はい!」
「ニナ! ケンの回復を」
「ええ!」

 ガナーシャもまた、必死に頭をフル回転させ、声をかけフォローし続けた。

「〈潤滑〉、〈暗闇〉、〈嫌悪〉」

 低級の魔法を使い『いやがらせ』を続けるガナーシャ。
 あまりにも小さく戦闘が激しい為に誰も気づくことのない『いやがらせ』だが、確実に影響を与えていた。
 そして、そんな低級魔法を右手で放ちながら、左手は別の魔法を行使。
 それは〈弱化〉と呼ばれる魔法。
 ガナーシャの黒魔法は決して優れたものではない。
ガナーシャの〈弱化〉は、指数本程度しか弱体化させられない。
 だが。
 生物の身体とは全身が連動し動くもの。戦闘など命がけの状況では特にだ。
 身体の違和感、そして、それに伴うストレスによる判断力の低下。
 それらはリア達強者と対峙する場合は命取りだ。

 その小さな黒魔法を、じっと動かずガナーシャは左手一本で操り相手の邪魔をする。

(アレの着地した右後ろ脚)
(迂回してい来るアイツの左前脚)
(ケンに噛みつこうとするのの右顎関節)
(アレの右前脚)(ステップ踏んでる左後ろ脚)(開こうとする顎)(ジャンプさせない、右後脚)(左前脚、右後脚、右前脚、右後脚、左後脚、左後脚、右前脚、右後脚左前脚右前脚左後脚、右前脚顎右後脚顎左前脚右後脚右後脚左後脚左後脚右前脚、右後脚顎左前脚右前脚左後脚右前脚右後脚顎右後脚左前脚右前脚、左後脚右前脚顎右後脚顎左前脚右後脚右後脚顎右後脚左前脚右前脚左後脚左後脚、と)

 その数、百体。

 広く全体をじいっとぼやあっと眺めながら小さく弱い〈弱化〉をとんでもない速さで夥しい数行使し続ける。

 魔力量も多くないため、邪魔出来るのは一瞬。
 踏み込みや着地の瞬間を狙い態勢を崩させると、黒犬同士がぶつかり混乱が起きる。

 だが、何が起きてもガナーシャは笑わない。ただ観察し続けるだけ。
 細かく左手の指は動き、目はせわしなく黒犬を追い続ける。
 呼吸はほとんど乱れない。それは異常な光景。
 凪のように一切波立たぬ冷静な判断力と今まで培ってきた経験値、そして、それに伴い鋭く研ぎ澄まされた勘がぎりぎりの綱渡りの魔力操作を可能にさせた。
 凡才故に生まれた非凡な能力。

 ガナーシャは強くない。
 弱いからこそ自分の役割を理解し、強い者を活かしうまく立ち回る。
 弱いガナーシャがいなければ、強いリア達もあっという間にやられていただろう。

 だが、ガナーシャが勘を働かせ敵を邪魔するならば、その邪魔を勘で感じ取る者もいる。
 大きく後ろに回り込んだひときわ大きな黒犬が、一息ついたケン、そして、ニナの治癒を受けるリアの隙をついて飛び込んでくる。

「ガナーシャ!」

 だが、ガナーシャは動かない。そのまま、黒犬に嚙みつかせる。
 メキリ。
 ガナーシャの右腕から砕けた音がする。が、その音を生み出す黒犬の大きな口は次の瞬間、断末魔をあげる。

「ばっかやろう!」

 噛みついた黒犬をケンが飛び込み一撃で首を落とす。
 だが、その顔は怒りに震えている。

「おっさん! 死にてえのか!? よけろよ!」
「大丈夫、死にはしないよ」
「くそが! イカれすぎだろ!」

 ガナーシャは、才能がないからこそ何度も死線を潜り抜けてきた。
 それ故に、死への恐怖を何度も受け止め、死なないラインを冷静に淡々と見据えられるようになっていた。痛みに顔をしかめながらも、瞳に一切の揺れはない。
 死なないという確信がガナーシャにはあった。

「今、ケンが殺したのがおそらく黒犬の長だ。こっからは体力勝負さ。大丈夫? 出来る?」
「はあああ!? やってやんよ! くそがよおお!」

 ケンは声を上げ己を奮い立たせ、黒犬へと駆け出した。
 それに対し苦笑いを浮かべながら見送るガナーシャ。

「ガナーシャさん、治療します」
「ごめんね、頼むよ」

 掃討戦となったことでニナに余裕が出来、治癒魔法をかけてもらえるから腕はすぐにくっつく。痛いだけ。そう考えていたガナーシャは平然と砕けた腕を差し出す。

「はあ、本当にひやひやします」
「いやあ、ごめんねえ」

 大きくため息を吐くニナにガナーシャは変わらず苦笑いを浮かべる。
 だが、すぐに間近に生まれた巨大な魔力の起こりと熱に顔を引くつかせる。
 巨大な、そして、真っ黒な火球を生み出すリアの瞳は大発生の卵を捉えじいっと無表情で卵を見つめている。 

「……えーと、リアさん?」
「殺す殺す殺す、全部燃やし尽くしてやる」

 ガナーシャは目の前に光景に首を傾げる。
 彼女が何故こんなに怒っているのかが分からない。自分は死んでいないし、そもそもそこまで怒ってもらえるような存在ではないと思っていた。
 だが、確実にリアの怒りの原因は、ガナーシャの腕がかみ砕かれたこと。
 リアも何故自分がここまで怒っているのか分からなかった。ただ、ガナーシャの腕に黒犬が噛みついた瞬間、心の奥底の何かが吹き出し溢れた。
 その溢れた何かを形にしたものが目の前の黒い火球だった。

「悔いて、滅びなさい」

 放たれた漆黒の火球を初手と同じように防ごうと立ちはだかる黒犬をすべて焼き尽くし、リアの魔法は卵に燃え移り、焼き尽くした。
 そして、暴れるケンが長と守るべきものを失った黒犬達の首を力任せに叩き折った。

「えーと、めでたしめでたし、かな」

 ガナーシャは、目の前に広がる地獄のような光景に苦笑いを浮かべ、頭を掻いた。

「ふいー、いやあ、足が痛い痛い」

 ガナーシャは、自分の部屋に戻りベッドへ寝ころんだ。 
 ベッドで寝転び、何度か足を擦ると、身体を起こし鞄の中を漁る。

「う~ん、やっぱりそうだよなあ」

 伝言の魔導具が輝いている。
 実家と繋がったものではない。いや、実家と繋がった伝言魔導具も輝いている。
 妹の怒り顔が見えるようだ。
 だが、今はそっちじゃない。
 心なしか点滅が他よりも早い伝言魔導具を手に取り、そこに浮かぶ文字を読む。

「う、う~ん、相変わらず、この子は重いなあ……」

 ガナーシャはリアからの大量の〈伝言〉を見ながら苦笑いを浮かべる。
 噂のアシナガは、ガナーシャの事。支援者名として付けた名、それがアシナガだった。リア達がアシナガと呼び慕う支援者の正体は、ガナーシャ。
 ただ、ガナーシャ自身はこの状況に対し心苦しく思っていた。

「まさか、出会ってしまうとはなあ」

 ガナーシャからすれば、支援孤児とのかかわりは伝言だけで十分だった。
まさか、出会って同じパーティーに入るとは思っていなかった。
 ガナーシャは、自身の職業が黒魔法使いであることから、黒魔法使いの有用性をリアたちに説いていた。そのせいというべきかおかげというべきか、リア達は、自分たちのパーティーに入ってくれる黒魔法使いを探していた。
 そして、漸く見つかったのが、ガナーシャだったのだ。

 ガナーシャも最初は迷っていた。
 名乗り出るべきではないかと。
 だが、偶然聞いたリアの一言。

『アシナガ様は、きっとあたしたち孤児でも分け隔てなく接してくださる優しい身長も高くて筋肉も凄くて男前なお方に違いないわ』

 やめた。いうのをやめた。
 荷が重すぎると。
 それに、別に教えなくてもいいとそのうち考えるようになった。
 扱いははたから見ればよくなかったかもしれないが、ガナーシャは全てを知っていたので気にならなかった。例えば、リアは、

「ちょっと! 出来ないおじさんは出ていけば!?」

 などと言うが、伝言では、

『またうまく伝えることが出来ませんでした。どうにも年上の男性には構えてしまって。リアはただ、これ以上危険な目に合わないうちにやめた方がいいんじゃないかと言いたいだけなんですが……リアはダメな子です。ダメな子でごめんなさい、アシナガ様』

 と本心を明かしてくれる。そして、

『リアへ。きっとそのおじさんにもリアの気持ちは伝わってるんじゃないかな。ただ、忙しいだろうから無理はしなくていいからね。伝言とかも月一度で大丈夫だからね』
『ありがとうございます! 伝言は、私が好きでアシナガ様に送っているだけなので。ですが、もしおいやなのであれば、控えますので』
『うん、大丈夫だよ。リアのやりたいようにやって大丈夫』

 と、少なくとも伝言の頻度や内容以外の、ガナーシャ本人に対する行動はある程度コントロールできるので気にはしていなかった。伝言の頻度や内容以外は。
 ケンも同じように、

「おい! おっさん! 死にてえのかって聞いてんだよ! ぼっ……けえええええ!」

『ぼくはだめにんげんです。きしになりたいのにぜんぜんことばづかいがうまくなりません。三人のなかで一番へただし、ことばがでてきません。ぼくっていうのがはずかしいし、ぼくはだめにんげんです。せかいさいきょうのアシナガししょうの弟子としてはずかしいです。ぼくはごみかすくそむしやろうです』
『ケンへ 努力している事実が素晴らしいよ。努力は全て結果に繋がるわけではないけれど、自信には繋がるはず。あと、ゴミカスクソ野郎はとっても悪い言葉だから使わないようにしようね』
『アシナガししょう はい! どりょくはだいじ! ぼくはくそやろうだけどがんばります!』

 環境のせいもあり言葉遣いが汚いのとコミュニケーションが下手すぎるだけでアシナガへの伝言で言いたいことは伝わっていた。
 そして、ニナに至っては、

「アシナガ様、じゃなかった。今はガナーシャさんと呼んだ方がいいですね」
「ニナ、勘弁してくれよ……」

 ノックをしながら部屋に入るなりニナはそんなことを言う。
 ニナはすぐにガナーシャの正体に気づいていた。
 夢見がちな二人の夢を壊すまいと黙っているようにニナに頼むとニナは条件を出してきた。

 その条件とは、『ニナのいう事を聞くこと』。

 大きなものは『相談なくパーティーを抜けないこと』だけ。あとは、買い物の荷物係や時折やらされる、今もやらされている髪の毛のブラッシングとかなので、ガナーシャにとっては大した条件ではなかった。
 ガナーシャは、美しい銀色の髪の毛を梳かされ気持ちよさそうにしているニナに向かって話しかける。

「ところでさ、ニナ。その、リアの重い感じと、ケンのネガティブさというか謙虚さってなんとか」
「なりませんねえ。そうだ、アシナガ様から伝言すればいいじゃないですか。いつもようにアドバイスとして」

 した。 
 ガナーシャはもちろん何度もそれとなく言ってみた。その度に、リアの尊敬兼重たすぎる思いは山よりも大きくなっていったし、ケンの謙虚さは海よりも深くなっていった。そして、ガナーシャの胃と足はどんどん痛くなっていった。

「ふふふ、髪、ありがとうございました。また、お願いしますね」

 髪の毛を撫でながら笑ってニナは部屋を出ていく。
 ガナーシャは、プレッシャーによってずきずきと痛む足をさすりながらため息をつく。

「ああ……足が痛い……」

 そして、再び伝言が届く。

『アシナガ様! 黒犬たちの大発生の卵をつぶした報奨を頂きました! なので』
「ま、まさか……また?!」

 リアから贈られてきた数字は、今回の分配した報酬の8割近い額。それは、支援金のお礼だとしても多すぎるものだった。
 そして、それはリアだけでなく、

『アシナガししょうへ じゅぎょうりょうです、これからもよろしくおねがいします』
『ガナー……もとい、アシナガ様、これからも末永くよろしくお願いしますね ニナ』

 ケンも8割、そして、嫌がらせか正体を知っているはずのニナも……。

「も、も、もう勘弁してくれ~! あいたたた……足が……痛いよ……!」

 足をさすりながらガナーシャは考える。貰いすぎた金の使い道を。
 孤児支援はダメだ。このパターンで。7度ほど行って、全員が大成してしまっていた。
 今もガナーシャの鞄に入った大量の伝言魔導具が伝言が届いたことを教えている。
 勿論、いやではない。嬉しいのだが、本人はその才のなさ故に自分がアシナガおじさんだとばれて失望されたらと考えて震えている。

「そんな人間じゃないんだってぇ……はあぁ~、足が痛いなあ……」

 この物語は、一人の臆病なおじさんと、

「ああー、ダメよ! あたし! 何ちょっといいなと思っているの! あたしにはアシナガ様がいるでしょ! あのおじさんにどきっとしてんじゃないわよ!」

 面と向かうと素直になれない気持ちが重い魔法使いの少女と、

「ぼく……ちがう、わたしは、ケン、です。おっさ、あなたさんもすごくがんばって、いますね。すばしい、すばらしいとおもおうますよ、おもいますよ……だああ! こんなこと今更いえるか、くそがあああああ!」

 うまく話せない口の悪い騎士を夢見る少年と、

「ふふふ……おじさま、かわいい。ずっとずっとおそばにいさせてくださいね」

 悪女ぶる聖女見習の女の子。
 そして、

『『『『『『『アシナガ様、お元気ですか?』』』』』』』

 彼に支援され、お礼をしたい英雄たちの勘違いと思いに溢れたへんてこなお話。
 世界を救う光り輝く英雄と、そんな彼らをすくった陰の英雄と呼ばれる男の物語である。

第2話:https://note.com/dabunguru/n/n0b4ba8bad751


第3話:https://note.com/dabunguru/n/n17aaebf078bb


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