最後の弾丸 Last Bullet 最終話

「―――つまり私の国ガランドは”二ホンの民衆全員を人柱にした”」

「正解」
無表情のまま姫川は応える。
「という訳で、アタシの茶番はこれでお終い。ここからは個人的な復讐の時間。言い残したい事とか有れば聞いたげるけど」
サーシャを見る姫川は右腕を一瞬ダランと下げたと思えば、ゆっくりとサーシャに翳す様に向ける。それが何らかの発動条件と直感したサーシャは慌てて手を挙げ抵抗の意思が無いことを示す。

「待ってくれ! 確かに私達の国が此処を滅亡させたのは申し訳ない…いや申し訳ないなんて言葉で済ませられる事じゃないことも解るが! 私だって国に良い様に使われた被害者だ。そんな私を目の敵の代わりに殺すのは、些かお門違いだと思うが…!」
「それ聞いて納得できるほどアタシが冷静だと思う? それにアタシはアンタを殺してもいい理由の為の布石を撒いてるの」
「布石?」
「アタシがあんたにあげたソレ」
「…この残留思念を読み取る能力サイコメトリーの事か? 一体これが何の布石になるって言うんだ」
「アタシだって只の善人を殺すのも良心が痛むしソレで確かめさせてもらった。その力って実は発動条件が有るんだけど、”使用した分だけ対象の寿命を犠牲にする”っていう」
「…は?」
「その感じだと判んなかったのね。まぁ今更どっちでもいいけど。だってあんたおかしいと思わない? 何の対価も無しに過去をのぞき見するなんて都合のいい話。あのねぇ、幻影見るのだってタダじゃないの。対象の可能性があればある程長時間見られるって寸法」
「じ、じゃあ私が読み終わった後倒れこんだり消滅したりってのは……!?」
「寿命全部見物料に変えたって事。街の皆あんな状態だけどねぇ、ずっと生きてたの。生気だけ化物の動力の為に吸い取られてね。…ふふ、ねぇ無意識に人を殺すってどんな気持ち? アタシには解んないから教えてよ! 随分楽しそうにやってたみたいだけど?」
「ふざけるなよ……そんな大事な事聞かされてない…! こんなの不可抗力じゃないか…!」
「…あんた馬鹿だね。案内人アタシが授ける力の内訳は直感的に理解するように出来ている。それにすら気付かず野次馬精神で片っ端から他人の記憶見られるだけ見てたのはあんただろ?」
「そんな事…!」
「言いたい事はそれで終わりか? じゃあさよならの時間だね」
姫川は指を一つ鳴らすと、何処からか叫び声のような声が上がり、二足歩行特有の足音をかき鳴らしながら近づく者があった。やがて足音の正体はサーシャの前に姿を現す。
「っ!? ……ファー…ド…?」

この時サーシャには矛盾する確信と疑念が存在していた。目の前に現れたそれは、化物に喰われる直前最後に見たファードが着ていた白衣を。さらに言えば喰われていた右腕の袖は無く、所々破けた跡も大量の血濡れも記憶そのままのそれを身に着けていた。しかし喰われた筈の腕は”歪に再生しており”、何より顔はファードではなく完全な化物へと変貌していた。

「ぉおおぉぁああぁあおあぁ………」
「ファードなのかお前…? 何でこんな事に…」
「どれだけ殺したい相手でも、約束は守らないと駄目だからね」
「お前…お前がこんな事を!?」
「いや、これはこの子化物の本能。新しい宿主に選ばれたのが偶々彼だったってだけの話。おねーさんお待ちかね、告白タイムのお時間だよ」
「お前何でそれを…?」
「解るて。女舐めんな。さぁさっさとやりなよ?」
「うぁ………」

サーシャはファードの見てくれをした化物に向き直る。
「ファード…?」
「ぉぉぉあぁぉ………」
「…いや違う。お前はファードじゃない……」
「ぁぁっぁぉ…」
「違うけど…目の前のコレは…」
「っぁぁあぁぉぉおぉ……」
「ファード…じゃなくて…いやファード?」
「あぁぁぉ……」
「……………………違う! 此奴はファードじゃ……あっぁ…何で否定出来ない…!?」
葛藤に堪え切れずサーシャはついに嘔吐しへたり込む。吐瀉物特有の苦みと異臭に悶えながらも、涙で滲んだ視界を”ファード”から逸らすことは終ぞ適わなかった。

「あ~あ、壊れた。もういいや。さよなら」
姫川は再び指を鳴らす。それと同時に化物はサーシャ目掛け突進する。
「あぁぁ………?」
精神が崩壊したサーシャにとって現状を理解できない事は寧ろ幸福だったと言えよう。脳内麻薬は視界を歪ませ、代わりに走馬灯を上映し始める。


ファードと別れてからどれだけ経っただろうか。とっくに限界の足を引き摺り走り続けたサーシャは、広々とした廊下の一画でとうとう精魂尽き果てその場に蹲る。逃げることに神経を使い続けた所為か、荒れ放題の地面を蹴り続けた足には所々生傷が見られる。停電を起こした辺りは、窓一つないのも相まって底なしの暗闇を演出する。こんな所に長居してられないのは百も承知だったが、酸欠状態の脳と酷使し続けた身体は云うことを聴く筈が無い。
「…ここに骨を埋めるのか……」
サーシャの脳裏には最早諦観しかなかった。徐に手に持つ銃を蟀谷に当てる。弾は無い。トリガーを引く音が木霊する。
「…ファード。気が変わった、やっぱり弾返してくれ」
か細い声に、平常の覇気は微塵も感じられない。
「……ふふ。あはは…」
不意に笑みがこぼれる。不思議な話だが、人は絶対的な恐怖の中で笑うらしい。
「あはは…はっ…はは…」
「ははは!くっ…!あははっ!!」
廊下に笑い声が響き渡る。化け物が来ることを厭わないその声量は、活きの良い自殺者と形容するのが相応しい。
「ははははは!!!ははっ!!!はぁっ!!!ははは―――」
「サーシャさん! どこ居るんですか!?」

聞きなれた声に思わず声を抑えるサーシャの顔は、徐々に恐怖と安堵が入り混じる顔に変わる。
「サーシャさん! 居るんでしょう! 返事してください!」
「っあ…此処っ…此処だ! ファード! 廊下だ!」
叫び過ぎで痛む喉に鞭打って絞り出す。
「ファード…早く来て…一人で死ぬのは…怖い」
うわ言の様に呟く。満身創痍のサーシャには、ファードが自分を見つけるまでの恐らく数十秒すら永劫に感じる程、孤独からの解放に飢えていた。白衣がはだけた事に気付かない程に。
「サーシャさん! …居た! サーシャさん!」
永劫から解き放たれたサーシャは目に涙を浮かべながら、自分を見つけたファードの声の方を見やる。


「サーシャさん此処に居たんですか! 早く立って逃げますよ!」
「…あぁ」
再開した二人は再び駆け出す。しかし迂闊にも声を張り上げ続けた二人を、化物が見つけるのにそう長い時間は掛からなかった。
「くっ…おいでなすったよクソ…!」
「ファード、私に弾寄越せ」
「何でですか? どう考えても弾持ってる僕が撃てばいいじゃないですか」
「弾見ろ。口径が違う」
「…よく解んないですけどサーシャさんがそう言うなら正しいんでしょう。受け取ってください」
「……あぁ!」

ファード。やっと弾返してくれるのか。…有難う。

あれ。”やっと”?


薄暮の教室の机に二人、女子高生と人型の化物。女子高生は学習机に腰かけ、化物は女子高生の前に棒立ちで居る。
「…静か」
女子高生は独り言を呟く。悠久の時間、静寂の教室はある種のドラマチックを演出する。
「あっそうだ”弾丸くん”。君に返さなきゃいけない物が有るんだった」
彼女は懐から拳銃を取り出した。
「コレ貴方の物でしょ? 持ち主に返しといた方が良いよね」
そう言って彼女は化物に拳銃を差し出す。すると化物は拳銃を彼女の腕ごと喰い千切る。しかし彼女はピクリとも体を動かさない。その内化物は上半身を喰み始める。彼女は動かない。ものの数分で女子高生は化物に完全に取り込まれた。彼女は動かない。
「ありがとう弾丸くん。これで復讐が出来る」


「お陰でいいデータが取れた。あのバカ二人には頭が上がらんよ」
「なんて言ってる表情じゃないな。本心で言うならもっと鎮痛であるべきだ」
「ははは! そうか! そうだよな!」
「「はっはっはっはっは!!!」」
「失礼します上官。被検体47009が産卵に入りました」
「何? 直ぐに連れてけ!」
「はっ!」

「…おぉぉ!! ”人型”は初めてだ! でかしたぞ! あの二人も天国で喜んでるはずだ!」
「えぇ! 急いで前線に送り込めるよう洗脳させてしましましょう!」

――ここが”ガランド”ね。この檻邪魔――

「ひっ!? 檻を抉じ開けた…!」
「おい! 早く避難命令を!」

――ふふ。次はアタシが”弾丸”か……この物語を終わらせるのは…アタシ――


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