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北條不可思♦Song&BowzuMan39BOOK♦special CD《歌嘆骨音:KATAN・KOTON》2020年発表:非売作品 ◇〝歌うお坊さん/Song & BowzuMan″の 39年をchachattoちゃちゃっと総ざらい (2020年)

​​​​39BOOK
special​​CD
《歌嘆骨音:KATAN・KOTON​》​
Official edition

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Song&BowzuMan39BOOK+special CD《KATAN・KOTON》
❝Song & BowzuMan :歌うお坊さん❞
39周年記念楽譜本+特別記念CD《歌嘆骨音》(KATAN KOTON)
~2020年10月14日発表~
"Song & BowzuMan”39BOOK SpecialCD
《歌嘆骨音:KATAN・KOTON》全14曲収録
1 『影の影』【Shadow on Shadow】(2007年作)
『Watch & Thinking/見聞録』収録
2 『航海の果てに/ On the white road 』《1994年作》
『GOOD TIME and HARD TIMES/良き時と厳しき時代』収録
3 『野聖物語』~野の聖~(1987年作)
Shinran-Shonin of my mind/野聖物語』収録
4 『BluesForBuddha-大悲の詩-』(2004年作)
『VowSongs/眞信讃歌』収録
5 『おかげさまでありがとう:okagesama de aqrigato』(2004年作)
『VowSongs/眞信讃歌』収録
6 『響流和讃 : 恩徳讃歌』(2001年作)
『VowSongs/眞信讃歌』収録
7 『心震える聲』(2015年作)
「ROCKA BULUES&ROLL;転依」収録
8  『Pika Don:伝承詩歌』(2015年作)
「ROCKA BULUES&ROLL;転依」収録
9  『轍を見つめて』(1994年作)
「PRIDE&PROUDLY/誇りと驕り」収録
10 『南無帰依・佛法僧 MAMO―KIE―BUPPOSO』(2009 年作)
『Watch & Thinking/見聞録』
11 『深淵の慟哭:ShinEn No Dohkoko』(2017年作)
『Buddson&Sons;慈慧と詩の葉』収録
12 『遊牛の詩』(1996年作)
野聖物語~我が心の親鸞聖人~』収録
13 『ヨッコラセイ』(2011年作)
「Keep On Walkin' 真実一路」収録
14 『弥陀の仏の白き道』(2017年作)
『Buddson&Sons;慈慧と詩の葉』収録
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okagesama de arigato
おかげさまでありがとう
39(thank you)BOOK
2020年発表


❝歌うお坊さん/Song & BowzuMan❞の
39年をchachattoちゃちゃっと総ざらい 
北條不可思ほうじょうふかし×オデッタM(Odetta Muldaur)


――月並みですが、ギターを弾き始めたきっかけは?
ボブ・ディランの『風に吹かれて』とジョン・レノンの『アクロス・ザ・ユニバース』を知ってしまったから。1961(昭和36)年生まれなのでリアルタイムではないけれど、ラジオの深夜放送に耳をそばだてながらメロディにのった言葉が世界を変えると信じた小僧のひとりです。ギター1本でメッセージを発信できるんだっ、と。中1でした。純粋に驚き、憧れの12弦ギターを手に入れてどっぷりつかりました。「○○より勉強!」という価値観と真逆の両親で助かりました。初心者の第一関門〔F〕のコードをものにした時には、『弾き語りなら誰にも頼らずただ一人、どんな場所でもステージに出来る』という境地でした。
――世の中とは少々のずれを感じていた思春期だった?
子供の頃からずれていたかも(笑)。本人はいたって真剣でも周りの大人から見れば……ということが。
5歳になる年に幼稚園に入園しました。でも5月に弟の大慈が生まれたから家にいようって。もちろん毎朝仕度して連れ出されましたが、母より早く帰って眠る大慈の傍らに座っていました。自分だけが通れる道があったんです。浄土真宗本願寺派布教使である父は年中布教で不在でした。「お父ちゃんのかわりに大ちゃんを守らねば!」と本気で思い実行したまでです。母も月参りなどで法務に出てましたから。3歳でお坊さんになろうと決意した自分に幼稚園は行くべき場所と思えなかったし(笑)。何事にも鷹揚で強要しなかった両親には感謝するばかりです。

――その後は得度・音楽活動と順調に?
 17歳の時、父の第1期都市開教専従員の任命拝受に伴われて相模原へ転居した時は経済的理由で高校中退を選択しました。もともと希望していた東京仏教学院への入学は、NHK学園(通信制)編入、高卒資格取得をもって実現しました。毎日(月~土)築地本願寺へ通い東仏の教室で、生まれてからずっと聞きかじっていたことに初めて学問として向き合ったのです。得度習礼を終えるまではギターもお休みで没頭してました。ところが念願かなって僧籍を頂いてみたら、ハタッとお坊さんが音楽を通してメッセージを表現するなんて無謀すぎる…と、恐ろしくなってきました。

――それは躊躇? 「やめておこうか」みたいな感情?
 表現したい思いは変わらずありました。でも、音楽の力で『お寺のこちらとあちら側』みたいな無いようで有る垣根を越えたいという思いが明確になればなるほど足がすくむ。ひと言で説明するのは難しいけれど、伝えたいことをしっかりと誤解なく届けられるのか?と。例えば、自分が詩を書く上で『愛』という言葉は必要不可欠なのですが、『愛』は感情を表す一般用語である一方、仏教では人間の煩悩のひとつである『頓愛(とんない)/執着心』を示します。僧侶である自分には軽軽に使えない。ひとたび考え始めると、そういう言葉は限りなくあるので、自問自答の深みに落ちていくようでした。

――命題のような難問にどう答えを出したのですか?
 それはもう、恩師の林水月和上のおさとしです。
 水月先生は広島出身で中国新聞論説委員の経歴を持つ異色の本願寺派司教(1981年当時、その後勧学)でいらっしゃいましたが、私には、広島弁での講義が遠い故郷で聴くご法話そのものでした。先生に教えて頂けたことは、生涯にわたって宝の中の宝物です。
 学院修了間近という頃、たまたま本堂口の階段下で先生をお見かけして呼び止めてしまいました。先生は、静かに話を聞いて下さってから、「阿弥陀如来さまのご本願を賜り、宗祖のみ教えを仰いで精一杯に表現されれば大丈夫。しっかりとがんばりなさいませ。自慢の教え子じゃからね」と答えて下さいました。あの時の穏やかな笑顔を今なお覚えています。

――以来、迷うことなく活動を続けているのですね?
 逆です。迷いは常にある。けれどもやりたい気持ちが勝る(笑)。
 ただ、息子・慈音の障害が判明した時は、「無理、出来ない……」と思いました。そしてシンプルに音楽好きのオジサンになろうと。でも、妻から「自分のせいで辞めたと知れば慈音が傷つく」と言われました。母は強し、ですね。それでも逡巡しました。慈音が6か月ぐらいの頃に『子守唄を聴きながら』という曲を書きましたが、その後2年ぐらい1曲も書けなかった。我が子の重度の障害という事実を、親としてどうしたものかと悶々としていた頃に大慈が言ってくれたんです。
「叔父としてなにができるか分からない。でも、慈音に何かする人がおるならその人の前に立ちふさがって、わしを踏み倒してからにしてくれって頼みたい。慈音がいじめられるのを見とうないんよ」。それで心が決まりました。慈音と共に果てなき心の旅をしようと。そして『遊牛の詩』が出来ました。二人では無理だから妻であり母である人も当然このエンドレスツアーに巻き込みましたけど。

――エピソードにまつわる作品はほかにもありますか?
 ほとんどすべて。空想では作れません。『笑顔を忘れない』は本当にテレビで視聴した映像から書き始めました。とはいえ、日常を切り取って歌うというタイプではないですね。若い頃に「そういうのがウケる」と助言されましたが、「ウケたい」とは思ってない。演奏の技量は乏しく、語彙力も低い。『浄土三部経』『教行信証』『御和讃』『歎異抄』が創作活動の拠り所です。そして、不思議にも聞こえてくる聲や心に灯って消えない明かりがある限り創作への欲求は枯れないのかもしれません。愛別離苦は、人の苦悩を示す四苦八苦の一つですから避けようがありませんが、様々な出遇いや別れを重ねれば重ねる程にめぐる思いがより一層深まるからなのかもしれません。
 長島愛生園(岡山県)で知遇を得た真宗同朋会の多田良輔様はお手紙の中で『生涯をかけて差別と闘う』と記して下さいました。慈音が握手として差し出した足をそのままに受け入れ、『忘れられない』と綴る深い優しさと共に、尊厳をかけた闘いに挑み続けられた氏の信念を常に脳裏に刻んで歌い続けたいと思います。

――いつも旅の途中・通過点ということですね。
その通りです。道のりは、〝まさかの坂″の連続です。まさか、自分が緊急搬送されるとは‼(2010.7.9)。翌年3月に東日本大震災‼ 7月に慈音が心肺停止で緊急搬送‼ 自発呼吸が戻り2か月半後に帰宅‼ そのさなかにも作品は生まれレコーディングを続けていました。〝業″でしょうか。でも、複視と温痛覚という心原性右小脳・脳幹梗塞の後遺症を得て初めて考えたことがたくさんあります。運転免許証返納もそのひとつです。そうこうしていたら2014年には妻が深部静脈血栓と極度の貧血(子宮筋腫の為、翌年手術)と診断‼ あたふたしながら、誰もが〝まさかの坂″の途上にいると痛感するばかりでした。
今は新型コロナウイルス(COVID-19)で緊急事態宣言が発令されている真っ只中です(2020.5.3現在)。またたく間に世界中に感染が拡大して、まだ治療薬もワクチンもないので、唯一の対処法は世界共通〝STAY at HOME(おうちにいよう)″。それは、老若男女の分け目なく、国境もなく、一人一人に自覚と覚悟を促す言葉だと思います。「あなたはなにを頼りにこの坂を歩きますか」と問われているようにも感じます。その答えに差別と排斥を選ばない勇気を持ち、医療の最前線にいる人、社会生活の維持を守り支えてくれている人、そしてその人たちの家族への敬意と感謝を忘れてはいけないということを、心に深く留めておきたいと思います。   
来(こ)し方を振り返ると、両親をはじめ往生の素懐を遂げた方々の懐かしい面影が浮かびます。恋しく思えば寂しさも募ります。独りで出来ると選んだギターの弾き語りをひたすら続けて来たら、共に〝今″を歩いてくれる人がいつもいました。感謝の言葉は尽くせませんが、「おかげさまでありがとう」です。

――では、これからも、ということで?
 はい。〝有漏の穢身:うろのえしん″にかなう限りこれからも。

北條不可思音楽アルバム作品制作一覧 【1993年~】

🔶♦♦♦♦☆彡☆★★★★★★★★☆彡☆♦♦♦♦ 🔶
~この愚身、唯今ここに帰命尽十方無碍光如来~
浄土真宗本願寺派 僧侶
シンガーソングライター
1961年生まれ:広島県出身
1981年得度

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❝Song&BowzuMan❞

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1964年

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1981年得度《浄土真宗本願寺派

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1998年西本願寺
蓮如上人500回遠忌記念メッセージパフォーマンス

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広島平和記念資料館メモリアルホール♦2002年♦
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-193.html

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♦ニューヨーク♦2004年♦ニューヨーク♦
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-193.html

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『縁絆コンサート』国立療養所長島愛生園特別公演 ♦(2006年)♦
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-12.html

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親鸞聖人750回大遠忌法要 写真大鑑
浄土真宗本願寺派 刊

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❝Song & BowzuMan❞
♦洋装の法衣と帽子を着けて歌い語る訳♦
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-87.html

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2021年元旦

🔶♦♦♦♦☆彡☆★★★★★★★★☆彡☆♦♦♦♦ 🔶
~この愚身、唯今ここに帰命尽十方無碍光如来~
❝Song &Bowzu Man❞Profile & Links
浄土真宗本願寺派 僧侶
シンガーソングライター
1961年生まれ:広島県出身
1981年得度
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🔶
♢北條不可思:愚螺牛:プロフィール&リンク集♢
❝Song & Bowzu Man❞Profile & Links
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-34.html
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https://namowamidabuchi.blogspot.com/2021/07/song-owzu-manprofile-links.html
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♦北條不可思CD作品制作一覧♦
(Song Collection Album)1994~2021
https://note.com/dabuchi39180428/n/n643fa70cf8bb
🔶
♦ブログⅡ・愚螺牛雑記: https://plaza.rakuten.co.jp/fukashihojo/
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♦ブログⅠ・愚螺牛雑感記《Blog officiel de Singing monk》♦
http://fukashi.blog50.fc2.com/
🔶
【Activity history/活動略歴;1961~】
#2 ・・・略歴#1は、 此の世に生まれる前なので わからない。
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-240.html
🔶
PRESS/MAGAZINE scrap
【音楽表現活動メディア紹介スクラップ】
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-252.html
🔶
PhotographDocumentaryList
【フォト・ドキュメントリスト】
 (Documentation:phonograph) 
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-193.html
🔶
♦縁絆・ミュージシャン・フォトグラファー・客演者♦
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-221.html
🔶
〝歌うお坊さん/Song & BowzuMan″
39年(Thank You)をchachattoちゃちゃっと総ざらい
(2020年)
https://note.com/dabuchi39180428/n/n7ebd2d9dd46a?magazine_key=m55718403f26e
🔶
『時が流れて』Odetta M(2021年)
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-852.html
🔶
Song & BowzuMan memo& notes
https://note.com/dabuchi39180428
🔶
JION
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-229.html


♦1981年得度を機縁に♦
親鸞聖人が表現し体現された
非僧非俗の精神と風格を仰ぎ
無位無官、在野の僧侶としての
活動【生活】を基本とし、
1981年(昭和56年)得度を機縁に
あえて
"Song & BowzuMan=歌うお坊さん"
Message Performing Artistとして、
真実の『縁』と『絆』
『命の尊厳』と『心の平安』を
キーワードに国内外で、
国境・人種・文化・信教・・・・をも越えた
メッセージパフォーマンス
(コンサート、音楽講演)と作品制作(CD・BOOK・etc)を中心に
独自の音楽表現活動(ライスワークでもライフワ-クでもない)を展開。
🔶
フォト・ドキュメントリスト
PhotographDocumentaryList
(Documentation:phonograph)
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-193.html


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還暦記念撮影
2021年晩秋
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♦北條不可思*Official Site♦
http://fukashihojo.com./

🔶Bonus track🔶

『曇り硝子の四行詩』
(2021年作)
作詩・作曲 北條不可思
WRITTEN BY: FUKASHI HOJO
馬鹿なMONK(僧侶)の絵空事 語りつくせぬ独り言
言の葉,紡ぐ老詩人【その実(unvoiced)】 空を見つめてうわの空
人の心の奥の底 曇り硝子の四行詩,
詩人が韻を踏む~ だから 音符は宇宙を舞う
夢と悪夢の空遠く 幸い住むと鷽(うそ)が啼く
今も昔も 未来まで 幸い住むと鷽(うそ)が啼く
人の心の奥の底 曇り硝子の四行詩,
詩人が韻(因:真実信心)を踏む~ 
だから 音符は宇宙を舞う
表拍子と裏拍子 凍(い)てつく瞼)の変拍子
朝な夕なの念佛は 閻魔が阿弥陀に還る音
人の心の奥の底 曇り硝子の四行詩,
詩人が韻(因:真実信心)を踏む~ 
だから 音符は宇宙を舞う
-親鸞聖人の御和讃を念ふ-
Produced by GURAGYU
Copyright © 2021 by Special JION Music
Fantasia Records de JION MusicFactory

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布施によって生かされている者としての分限・分際の
自覚(仏教精神:ブディズムに根ざした真実の「縁」「絆」「命の尊厳」等を
表現メッセージする方法手段)から、
商業音楽・非商業音楽・商業芸術・非商業芸術・
商業講演・非商業講演・商業出版・非商業出版・
政治活動・社会運動・非政治活動・非社会運動等とは、
けして反ではなく、一定の距離を保ち
深く関心を持ち、敬意をはらいつつ、
日本国内外・各界各位のさまざまな人々から
その立場を越えて、
様々な形の加勢、支援と協賛を得て
ひっそりとそのメッセージ活動を続けている。
❝ライスワークでもライフワ-クでもありません。
あえて言えばライフスタイル、若しくは業です❞

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❝おかげさまでありがとう❞がこの愚身いっぱいです。
南无阿彌陀佛
NAMOWAMIDABUCHI
NAMOAMIDABUTSU
『心に慈慧の響きと平安を』
北條不可思

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