34日目①

「……あのさ、もしかして、修平さんって水難の相でもあるの?」

「……何故だろう。割と頻回に聞かれるな、それ」

「そうなのね」

「水族館でイルカから水掛けられてたよね」

「飼育員の指示以外であんな水しぶき出すんだな」

「それでスマホ壊れてたよね」

「その前の博物館で子供がぶつかってきて、ズボンがジュースまみれになったな」

「凄いよね」

「どこのぞ女流棋士からゲロ掛けられたりするしな」

「凄いよね」

「で、どうする?」

少し遠出したデート先の牧場では突然の豪雨と土砂崩れで帰れなくなった。

今、まさに帰ろうとしたところだったが、土砂崩れがあり通行不能と引き返してきた車の人が教えてくれたのだ。

安全な牧場の駐車場のそばまで戻り、レンタカーで助手席に座る彼女の顔を見やる。

夏芽は楽しんでいる様子に見えた。

「ーー違ってたらごめん。なんか、楽しんでる?」

「楽しんでる。将棋が好きな人って台風の日が好きだし、非日常が好きだし、ハプニングが好きな人多いよ」

スマホの地図アプリを見せる。夏芽が覗き込む。

「ここが現在地。ここが通行止め」指差しながら伝える。「で、このルートが通れないなら、こっちの山の反対側から延々走って帰らなきゃいけない」

「この高速道路は?」

「インターがないから乗れない」

「そうなんだ」

最近気付いたが、彼女はびっくりするほど世間知らずだ。

「今が17時。午後5時だ。今から山の反対側を走って行くと帰りは多分、夜の10時くらいになる」

「え!そんなに!」

「晩飯食わずに休憩なしで走れば、だ。休憩入れたら、もっと遅くなる」

「……明日は移動日だけど、女流鳳凰戦のタイトル戦だし、疲労は溜めたくない」

彼女に女流鳳凰戦の開催地と集合時間を確認する。すでに和服とスーツは現地に郵送してあるので、あとは身一つで行けばいいとのことだ。

思い付いたことがあった。それが可能かどうかを検証する。

「少し長考させて」

「了解した」

彼女が鞄から詰将棋パラダイムを取り出した。あっという間に解き始める。

10分ほどかけて思考が可能かを検証する。それを整理するのに更に10分かかった。

話しかける前に深呼吸を二度、三度。

「夏芽さん」

「結論出たの?」

彼女は数秒してから顔を上げた。

ピンを出現させた地図アプリを見せる。

「棋戦の開催地がここ。で、高速道路がこう通っているから、山から降りて、このルートで進んで、高速乗れば一時間ほどで到着する」

「ふむふむ。凄くいい案に思える。さすが修平さん」

「ただこの大雨で高速道路は使えない。一般道だと4時間ほどかかる」

「それは困る。疲れると将棋に差し障る」

「大雨は今夜半までらしいから、明日の朝には高速道路も使えるだろう」

言葉を切ってから。

「なので、今から山を降りて、この街で泊まり、明日の朝に開催地まで連れて行く。で、俺はそのまま帰って仕事に行く」

「完璧ね」

「ただ、この街の宿泊施設はラブホしかない」

石のように鍵村夏芽女流五冠が固まった。

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