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鬼才ジェシー・“バム”・ロドリゲス〜鳴り響く新時代到来のファンファーレ〜

あまりにも残酷で、あまりにも美しい世代交代劇。
Xでも同じように投稿したが、まさしくこう形容するにふさわしい圧巻のパフォーマンス、圧巻の結末だったと思う。

ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ) vs ジェシー・ロドリゲス(アメリカ)。スーパーフライ級の新旧トップファイター同士が拳を交え合う、文字通り同階級の今後を占う一戦。弱冠24歳の新鋭"バム"ことジェシー・ロドリゲスに対したのは、いずれも再戦ながらローマン・ゴンザレス(ニカラグア)、シーサケット・ソールンビサイ(タイ)の超ビッグネーム2人を下した実績を引っ提げ、階級No.1との呼び声高かったWBC王者エストラーダ。

結果はご存知の通り、目の覚めるようなボディーブロー一閃でジェシー・ロドリゲスの7回KO勝ち。47戦のキャリアを有しながらKO負けは1度も無かった2階級制覇王者エストラーダに、悶絶させた末にテンカウントを聞かせるという衝撃的なフィニッシュで試合を終わらせてみせた。

これまで敗戦は13年前の8回戦時代に1度、上記2選手に接戦の末に喫した2度、計3度の判定負けのみ(全員にリベンジ済み)。そんなタフで知られた名王者が4Rのダウンを含めて何度も効かされた挙句、最後に強烈なボディブローを食らってのたうち回る姿は、スーパーフライ級新時代の幕開けとしては十分過ぎるインパクトだった。未来のパウンド・フォー・パウンド候補の1人とさえ目されるバムからすると、これ以上ないほどアイコニックなハイライトを手にした形だ。

もっとも、KOシーンこそ多くのファンの予想を超えた鮮烈なものとなったが、バムの勝利自体は世界的には決して意外なものではなかった。実際戦前のオッズでは、バム勝利が約1.4倍、エストラーダ勝利が約2.8倍と、明白な差で若きニュースターの勝利が支持されていた。想像以上に大きな差で、驚いた方も少なくなかったのではないだろうか。

バム有利予想の根拠となった最たる理由は、やはりここ数戦見え隠れしていたエストラーダの"翳り"だろう。34歳という年齢は今どき決して老け込む数字ではないとはいえ、元来タフさと無尽蔵のスタミナで鳴らしたメキシカン。若い頃から世界的強豪たちと幾多もの激闘を繰り広げてきた代償は決して軽いものではなかったはずだ。近年はかなり芯でパンチを食うシーンも目立ち、自慢のタフネスとパワーに頼った際どい勝ち方も増えてきていた。前戦から1年半というブランクも少なからず影響があったかもしれない。

だからと言って、これまで明確な形で打ち負かされたことのなかったエストラーダを、終始圧倒して倒し切ったバムの勝利の価値が揺らぐかと言うと全くそんなことはない。百戦錬磨のエストラーダをあっという間に防戦一方に追い込んだ抜群のフットワークと、急所を的確に打ち抜いて再三膝を揺らした多彩なコンビネーションはまさに出色。鬼才としか言いようがない。

しかしここで触れないわけにはいかないのが、エストラーダが6Rに奪い返したダウンだろう。若き俊英のスピードに徐々に置いてきぼりを食い始め、ダメージレースでも圧倒的不利となった中で、海千山千の王者が見せた意地。これには、バムを応援していた自分ですら感嘆せずにはいられなかった。あの一瞬の煌めきは、間違いなくファン・フランシスコ・エストラーダが積み重ねてきたキャリア47戦の賜物だと思う。

だが、そのキャリア初ダウンすら、結局自らの主演舞台を彩るアクセントの1つに変えてしまったところも、バム・ロドリゲスの異能ぶりを際立てる。私は、まさに2ヶ月前の井上尚弥がルイス・ネリに喫した人生初ダウンのようだと直感した。オッズ有利ながら挑む立場であったバムと井上では少々訳が違うという声もあるかもしれない。しかしボクサーとしての評価を下げかねないはずのダウンシーンが、結果として興行を更に盛り上げただけのスパイスに変したのは、両者の飛び抜けた実力と精神力、そしてスター性あってこそだろう。昔からスーパースターにご愛嬌的なダウンシーンは付き物というものだ。

ここで少し脱線させて欲しいのだが、バムがダウンを喫した場面でもう1つ思い浮かべたダウンシーンがある。ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)がホルヘ・リナレス(ベネズエラ)にダウンを奪われたあのシーンだ。バムの倒れ方とロマチェンコ倒れ方、何なら立ち上がり方までかなり似ていると思わないだろうか?
下馬評不利の王者が、飛ぶ鳥を落とす勢いの最強挑戦者に食らわせた一噛み。そんな構図までどこか似ている。

話を戻そう。その才能を余すところなく見せつけたジェシー・ロドリゲスだが、エストラーダからWBC王座とともにリングマガジンベルトも奪い、名実ともにスーパーフライ級最強王者となった。1度フライ級転向を挟んだが、カルロス・クアドラス(メキシコ)、シーサケット、エストラーダというかつてのスーパーフライ級四天王のうちの3人に圧勝しているのだから当然だ。そのあまりに重厚なレジュメは、24歳のそれとは到底思えない。

だが、まだ忘れてはならない存在がいる。スーパーフライ級の残り3王者たちだ。確かにエストラーダは階級最強の地位に置かれ続けてきたが、打ち合い上等のそのスタイルが祟るシーンも少なからずあり、常に危うさを持ち合わせていたのも事実だった。そういう意味でも、誰もが文句なしで認める階級No.1だったかと言われると難しいところではあったろう。正直に打ち明けるが、かく言う私も今でもローマン・ゴンザレスとの2戦目はロマゴンの勝ちだったと確信しているし、3戦目も決して明確な決着だったとは思っていない。

WBAの井岡一翔、IBFのフェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)、WBOの田中恒成。はっきり言ってこの3人の対抗王者であれば、全員がエストラーダに勝てる可能性を十二分に秘めていたと私は思っている。もちろん、先ほども書いたように、現状はバムがスーパーフライ級トップランナーであることに疑いの余地などあるはずもないが、この3人の王者たちが待ち受ける以上、少なくとも彼が階級最強を確立するために歩まねばならない道は全くもって平坦ではないということは自信を持って言いたい。

バムは試合後、7/7に行われる井岡一翔 vs フェルナンド・マルティネスの勝者との3団体統一戦を希望した。当然の流れだろう。特に井岡は、バムにとって実兄が敗れた選手である上に、エストラーダに勝った今、スーパーフライ級で1番ネームバリューと実績のある相手だ。WBOの田中に1度勝っていることもあり、最も戦いたい相手であるに違いない。

私の持論になるが、井岡のスタイルは、確実にエストラーダよりバムにトラブルを与える可能性が高いと思っている。元々私は、バムがスーパーフライ級王者の中で最もやりやすい相手がエストラーダではないかと思っていた。打ち合いを得意とし、多少の被弾は厭わずそれ以上の手数とパワーで相手を飲み込むエストラーダのスタイルは、軽やかな体捌きとスピーディーなフットワークでアングルを自在に変えるバムのスタイルとは噛み合わせが悪いのではないかと…。

それに比べて、精巧なディフェンスと緻密なコンビネーションを身上とする井岡のスタイルなら、バムのフットワークやスピードを無効化できる可能性は十分にある。ディフェンス力の高さ故に受けに回り過ぎてしまう心配はあるが、バムも好戦的な選手、決して井岡のカウンターが刺さらない相手ではない。かつてスピードとパワー、そして若さで劣る田中恒成戦で見せたような魔法で、バムを彼が未だ経験したことのない井岡ワールドに引きずり込むはずだ。

だが、その前に立ちはだかる男がいる。IBF王者フェルナンド・マルティネスだ。Pumaの異名を持つアルゼンチンのファイターは、157cmの短躯を生かし獣さながらの突進と強打を繰り出してくる。だが、元オリンピアンという経歴からも分かる通り、一見荒々しいその攻撃は確かな技術に裏打ちされている。スタイルだけで言うならば、井岡にとってはスキルフルで美しいバムよりもやりづらいと言えるかもしれない選手だが、この相手に勝たないことには、井岡の未来予想図は全て水泡に帰してしまう。

ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)に2度とも大差で勝ち、不敗の指名挑戦者ジェイド・ボルネア(フィリピン)も退けた負け知らずの王者との統一戦。無論、日本が誇る井岡一翔とて容易かろうはずはない。だが、バムとのドリームマッチを実現させるためには絶対に負けられない試合。井岡ならきっと勝ってくれると信じている。1度は取り損ねたIBFのベルトを今度こそ手にし、統一王者として堂々と若き怪物を迎え撃って欲しい。勝負の七夕決戦は間もなくだ。

もちろん、田中恒成も忘れた訳ではない。今月20日に初防衛に臨む4階級制覇王者は、現状は立場上どうしても統一戦線の蚊帳の外に置かれがち。それでも、一戦一戦確かな進化を遂げているのは素人目にも明らかで、私は今すぐにでもスーパーフライ級戦線を掻き回し得る存在だと思っている。だが、今はじっくりその牙を研ぎ続ける時なのだろう。目の前の試合を1つ1つ確実にクリアしていけば、そう遠くないうちに必ずその時は来る。まだまだ焦る必要はない。

とはいえ、現実的な話をすると、仮に今度井岡が勝ったとしても、バムとの3団体統一戦に進む前にWBAの指名戦に追われてしまう可能性は高い。そうなれば案外先に田中にチャンスが回ってくるという展開もあるかもしれない。バムと真っ向からのスピード勝負で勝てる選手がいるとすれば、それは間違いなく田中一択だろう。
斬り合い必須のバム戦、井岡とのリベンジマッチ、交渉しながらも実現しなかったプーマとの統一戦。果たして田中恒成のストーリーは一体どういうシナリオを描くのだろうか。

ジェシー・ロドリゲスという異次元の才能によって、長らく凝り固まっていたスーパーフライ級に遂に鳴り響いた新時代到来のファンファーレ。
マエストロ井岡一翔が新たな曲で上書きするのか、アルゼンチンのプーマが高らかに躍動を始めるのか。それとも田中恒成という駿馬が自慢の快速で差し切るのか。
今後の動向から目が離せない。

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