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死にたいなら死ねばいい

先に謝罪致します。

タイトルが物騒すぎます。申し訳ございません。

これはとある女性と友人関係になって、私自身がマインドチェンジした大きなテーマで、是非共有したいことがあったので書かせていただきました。

貴方の周りには「死にたい」と言っている人はいないでしょうか?

今回はその友人に対しての、アプローチを考えたので紹介致します。

まずは自殺についての世間の考え方について触れていきましょう。

昨今、自殺に関する悲しいニュースがあまりにも多いですね。

特に去年は、三浦春馬さん、竹内結子さん、芦名星さん、木村花さんの自殺で世間は話題になったかと思います。

今年は、読者の皆様はご存知かは定かではないですが、YouTuberのうごくちゃんの訃報が先日発表されました。

はっきり言って悲しすぎます!

そして、自殺の報道がされると必ず上がる声が――。

「周りに助けることができる人はいなかったのだろうか?」

という声です。確かにいれば自殺という悲しい選択をしなかったのかもしれません。しかし、周囲から愛されている人でも自殺という悲しい選択をしてしまいます。答えは非常にシンプルです。

ものすごく辛い

だからこのような選択をしてしまうのです。自殺を選択する人は「もういいや」となり、気付けば行動に移してるのだと思います。自殺未遂をして精神病院に運ばれた女性の友人は、「そのときの記憶はあまり無い」と述べています。

と、思い返せば私の元カノもそうでした。精神的に弱い部分があるため、精神安定剤を服用しておりました。ショックな事が起きると、リストカットをするためです。しかしその際はやはり衝動的にとる行動なので記憶乖離が激しいのです。彼女の場合は薬の副作用というのも、理由の一つにありましたが――。

私もメンタルに関してはものすごく弱いので、死にたいと思うことはありました。

中学生のときにイジメられていたときもそう――。

夜勤有り、2連休なんかロクに取れない、月の平均残業時間90時間のときもそう――。

大好きだった人と別れて失恋したときもそう――。

それでも思うだけで行動に移さないのは周囲の人間関係に恵まれているからであり、求められ続けているからです。

それを考えるとどうでしょうか?

周囲に話す人がいたとしても――。

残される人の気持ちが、一体どんな気持ちになるのか分かっていたとしても――。

辛い想いはそれらを超越してくるのです。

私の場合は、19歳のときに友人を交通事故で亡くしているので、残された側の苦しい気持ちは痛いほど分かります。

「結局、選択するのは自分自身なんやから、他者にどうこう言われる筋合いは無い」

と女性の友人は述べていました。

確かにそうだ。と妙に納得させられました。

その友人の人物像をご紹介させていただくと。

・年齢は18歳(私と10個離れています)

・TikToKのフォロワーは1,000人ほどおり、プレゼントも頻繁にもらっているほどの人気ぶり。

・幼少の頃から、家庭内の事情で周囲の大人たちからも何でも好きにやらせてもらったためお嬢様気質。

・若いながらも、20代後半のような価値観や考え方を持っている。

・その子の友人には一人、「死ね」と言えば喜んで死を受け入れる、その子に依存しまくりの友人がいる。

「一緒に死のう」と言えば、「私も一緒に死ぬ」と懇願する人間が周囲にいる。

・仲が良くて懐いた人間をとことん大切にする。(私がトイレ行っている間に会計を済まされていたこともありました。普通逆ですよね――)

と、こんな感じです。

会って間もない頃にその子から「人生辛すぎる。私な20歳になったら死ぬって決めているねん」と告げられたことがあります。

勿論私は反論しました。「そんな事言わんといてや」と――。

そのときに言われたのが「結局、選択するのは自分自身なんやから、他者にどうこう言われる筋合いは無い」でした。

それでも私としては死んでほしくないのです。

ですので、私はその子と会った時、わりと好き放題させています。お酒も煙草も許しています。

その子はバイト先のお客さんから、お酒を注いでもらったりしているので、ある意味その子に対して未成年だから駄目だよって言っても、考え方が変わることはないのです。

法律なのですから当然通報されれば罰せられますが、その子からすれば

未成年という成熟していない身体で、吸っては駄目、飲んでは駄目ということであって、死にたい願望がある私からすればどうでもいいことだから、勝手に価値観を押し付けないでほしい。

ということになります。

私から見れば滅茶苦茶ワガママだとは思いますが、死んでほしくないと願うならば、好きな事を好きなようにさせ、そして会ったときは楽しい思い出を一つでも多く、「死にたい」と言っている人間と作ることなのではないでしょうか?

について私達からわざわざ話題に触れる必要はありません。その人のことを本気で死んでほしくないと願うならば好き放題にさせて互いに全力で楽しむということに注力しましょう。

そして求められたときは駆けつけてあげてください。

そうすることによって、尊い命が救われるかもしれません。少なくとも私はそうなると信じて、その友人と関係を続けていきたいと思います。

仮に「自殺」という選択をとったのであれば、悲しい選択ではありますが、その選択に対して否定をしないであげないで下さい。

死にたいならば死ねばいい

この冷たいマインドを持つことによって私は、死んでは駄目という価値観の押し付けをしなくなりました。バランスが取れたのです。

「そうか。悲しいな。でも天国に行ったらまた遊んでな」

と送ってあげましょう。それが悲しい選択をされたとき、私たちにできる最大の弔いだと思います。









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