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電気的除細動とその機器の歴史、そして現在の課題

電気的除細動の幕開け

 電気的除細動の歴史は100年程度と比較的最近になって登場した心肺蘇生法技術です。ジュネーブの生理学者であるPrevostとBattelliが電気刺激で心室細動が誘発され、高エネルギーでそれが解除できることを示したことに始まったと言われています。

 その当時、アメリカの電力会社では高圧電線作業中の感電事故が多発しており、感電した人への治療のため除細動機器の研究・開発は重要なテーマだったようで、1930年ジョンズ・ホプキンス病院の電気エンジニアであったHookerとKnouwnehovenらは、犬を用いて電気的な刺激が身体に与える影響を研究し、この研究結果をもとに1937年にWiggersらが除細動器の開発を行いました。

 同じ頃、臨床の現場ではアメリカの心臓外科医であったBeckが術中に心室細動になって心臓マッサージを施すも救命できずに亡くなってしまう症例をたびたび経験していました。彼の同僚であったWiggersが動物実験において電気ショックで心室細動が治せることを報告したことを知った彼は、この技術は人にも応用できると考え、1947年、14歳の心臓手術中に発生した心室細動を電気ショックで治療し、人で初めて電気的除細動を成功させたと言われています。

 これまで全ての除細動は開胸下で行われてきましたが、1951年に閉胸式除細動器が開発されたことで動物実験を通じて体外式除細動も試みられるようになってきました。そして1956年にアメリカの循環器内科医であるZollは交流式の体外除細動器で4例の患者さんを蘇生することに成功したと発表したことで注目が集まりました。電気的除細動には主に交流式と直流式と2つのやり方がありましたが、交流式除細動では大型な機械が必要で操作者の感電のリスクがあるのに対し、直流では交流をコンデンサに貯めて放電させるためコンデンサの機能さえ改善できればポータブルなものが作れる可能性がありました。ただ、Beckが交流式除細動で成功したことをきっかけに主流は交流除細動となっていました。その後、1962年にLownらが犬の実験を使い直流による除細動の優位性を示したことにより、直流式が主流となり機械の軽量化・小型化が進むことになります。

AEDの登場、そして残された課題

 携帯型の体外式除細動器は1965年にアイルランドの循環器内科医であるPantridgeらによって発明されましたが、使用するのにはまだ熟練したオペレーターが必要でした。1970年代後半になると、一般向けに設計された最初の「自動化」された体外式除細動器が開発されました。これがAED(automated external defibrillator:自動体外式除細動器)の登場となります。その後、臨床研究で有用性が認められたため、1990年、アメリカやオーストラリアの空港と飛行機内、カジノなどにAEDが設置され経験が蓄積されていきました。日本に導入されたのは1992年で、医師の直接の指示があれば救急救命士の資格をもつ救急隊員による使用が許可されました。世界的には非医療従事者による速やかな除細動が救命率を著しく上げることが証明されたため、2000年の国際ガイドラインより世界各国でAEDによる除細動が一次救命処置として位置付けられました。これを受けて日本では2003年に医師の指示がなくても救急救命士が除細動を行うことができるようになり、その翌年の2004年7月には一般市民でもAEDが使用できるようになりました。

 一般市民でもAEDが使用できるようになったことにより日本でもAEDの設置台数は増えていきました。2015年には約65万台のAEDが全国に設置されていると計算されています。2021年に発表された総務省消防庁による救急・救助の現況によると、2020年に一般市民が目撃した心源性心肺機能停止傷病者数は2万5790人いて、そのうち一般市民が心肺蘇生を実施した傷病者数は58.1%の1万4974人となっています。このうち、蘇生処置として一般市民がAEDを使用し除細動を実施した傷病者数はわずか7.3%の1092人になりますが、除細動を受けた傷病者のうち1ヶ月後の生存者数は581人(53.2%)、1ヶ月後社会復帰者数は479人(43.9%)となっています。つまり生存者の82%は社会復帰できた計算になります。それに対して一般市民によって心肺蘇生がされなかった傷病者数は1万816人いて、うち1ヶ月後に生存できた人の数が8.2%の882人、さらに社会復帰できた人は3.8%の412人まで減ってしまいます。まとめると、目の前で人が倒れた時に、一般の人が何もせずに救急隊の到着を待っていると生存率が8.2%、心肺蘇生(いわゆる胸骨圧迫による心臓マッサージ)を行うと15.2%、そして心肺蘇生を行いつつ除細動まで行うと53.2%まで救命率が上がることが分かります。

一般市民が目撃した心原性心肺停止傷病者のうち、一般市民による心肺蘇生等実施の有無別の生存率(令和2年)、令和3年版 救急・救助の現況

ネットでたびたび炎上するAED問題

 今回、インターネット上などで女性に対するAED使用についていろいろな意見が飛び交っています。ウィキペディアによると、2017年12月、「(架空のアンケートにおいて)多くの女性がAEDを男性に使われた場合「セクハラで訴える」と答えた」などという内容のデマがツイートされ拡散されたことがあったそうです。過去にもAEDに関係したこのような話題は、内容の細部は異なりつつも(例えば、「AEDを使うために女性を裸にしたら警察を呼ばれた」という内容)、インターネット上でたびたび流布されてきたようです。最近、またこの話題が再燃したのは6月11日にNHKニュースで下記のようなツイートがあったことがきっかけのようでした。

 命に関わる医療行為になるので、「失敗したらどうしよう」「ちゃんとできなかったらどうしよう」「訴えられたらどうしよう」と、多くの人が不安に思う気持ちはよく分かります。医療従事者であっても、普段から救命措置の現場に居合わせることが少ない人にとっては心肺蘇生行為に対する心理的抵抗は決して低いものではなく、体が動かず立ち尽くしたままになっている医療従事者を何度も見たことがあります。

 心臓血管外科医として、そのような現場を経験してきた私が思うことは、AEDを使用することで多くの人の命が救えることをまずは知っていて欲しいということと、そして実際にそういう現場に遭遇してしまったら動ける人が動けばいいということ。自分が行動できないと思ったら、可能であれば「行動できる人(医療者・非医療者問わず)」を大きな声で探してみて下さい。その一歩が踏み出せただけでも救える命がきっと増えるはずなので。


参考文献

心肺蘇生法
ACD-CPRの理論と実際
除細動システム
心肺蘇生法の歴史と今後の展望
総務省消防庁、令和3年救急・救助の現況
Claude Beck, defibrillation and CPR
Termination of Ventricular Fibrillation in Man by Externally Applied Electric Countershock

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