【短編小説】理想のヒューマノイド

僕は子供時代から天才と呼ばれてきた。
天才は孤独なものである。周囲と話を合わせようにも、話題も、知的レベルも違うため孤立してしまう。
それが平気かと問われれば、平気なわけがない。
孤独はつらい。

僕は自分のためだけの理想の人を作ることを決めた。
ヒューマノイドを作るのだ。

決めてしまえば話は早い。なにしろ天才なのだから。
そして僕はいま、最後の起動ボタンを押す瞬間を迎えていた。
いったいどんな人間が誕生するのだろう。
容姿は僕の好みに作った。性格は僕の性格データもろもろを入力して、それに適した人物像になるはずだ。
緊張しながら僕はボタンのスイッチを押した。

彼女が目をゆっくりと開ける。
僕の視線を感じたのか目をこちらに向けると、ニコリとほほ笑んだ。
僕は感動する。思えば、人に笑いかけられたことなど何年も記憶にないのだ。

「起きれる?」
彼女に尋ねる。
「はい」
そう言うと彼女は上半身を起こす。
「お誕生日おめでとう。これからよろしくね」
「はい。あなたの事はなんと呼べばよろしいでしょうか?」
「んー。無難に博士とでも呼んでもらうかな。君の名前は・・・ミューにしよう」
「はい。私はミュー。こちらこそよろしく、博士」
こうして僕らの生活が始まった。

僕の両親は大金持ちで僕に一軒の家を与えた。町から離れた場所にある、人と関わらなくてすむ場所だ。
両親は海外で悠々自適な暮らしをしている。
僕は彼らともうまくやっていくことができていなかったから、やっかい払いされたともいえる。
それでもいい。いまの僕にはミューがいる。

ミューは賢い女性だった。すぐに僕とも打ち解け、家事などの仕事もすぐに覚えた。

「博士、買い物に行ってもいいでしょうか?」
ある日、ミューがそんなことを言い出した。必要な物品は家に届くようにしてあるから、必要ないはずなのだが。
「何か欲しいものでもあるの? すぐ注文するけれど?」
ミューは首を振り、
「いえ。買い物という経験をしてみたいのです。何事も経験を積む事は大事ですので」
そんな風に言う。
「いいけど・・・僕は行かないよ」
「はい。けっこうです。私一人で大丈夫です」
「じゃあ、いってらっしゃい」
ミューが町へと行くのを窓から眺めてみる。なんだか嬉しそうだ。

ミューが帰ったのは太陽が落ちかけた頃だった。
「心配したじゃないか、ミュー! こんな遅い時間まで何をしていたのさ」
「町の人たちに囲まれまして、話し込んでいたらこんな時間になってしまいました。申し訳ございません」
「町の連中に? 変なこと聞かれなかったろうね」
「いえ。みなさんよい方ばかりでしたよ」
「ふうん」
なんだろう、理想の性格を設定したからには、僕だけに尽くす、僕のための彼女になるはずなのに、なんだか釈然としない。

次の日外をふと見ると、何人かの子供が木の影から我が家を窺っていた。
僕は緊張で凍り付く。人は苦手。
ミューがすぐにそれに気づいて、外へ行き子供たちと何事か話すと、子供たちはミューに手を振って去っていく。ミューもそれにこたえて手を振り返す。
「申し訳ございません、博士。昨日話した町の子供が来てしまって。あまりここへは来ないよう伝えておきましたので」
「あ・・・ああ」
我に返り、僕は手に汗をかいているのに気づく。

ミューはちょくちょく町へ行く許可を求めるようになった。
僕はそれを許可するのだが、町でいったい何をしているのだろう。それが気になった。

その日もミューは外出の許可をとり、町へと出かけていく。
僕はその後をこっそりとつける。町へ出るのは何年かぶりだ。

ミューは町の人たちと挨拶をかわすと、立ち話をし、笑いあい、またそこに違う人が加わり、入れ代わり立ち代わりいろいろな人と話し込んでいる。
その姿を僕はぽつんと眺めていた。

「来なければよかった」
僕はつぶやいた。
どこが理想の人物像なんだ。僕はやっぱり一人じゃないか。ミューは退屈な僕といるより、町にでて普通の人たちと関わっている方が楽しいのだ。
「もう帰ろう」
そうして町を後にしようとした時、

「あら! あなたって」
そう声をかけられた。
若い女性3人組だった。
「あなたあれでしょ? ミューちゃんの所の博士でしょ? ミューちゃんがよく話してるわよ」
わっと囲まれ、話しかけられ、僕は固まる。

女性たちが何かを話しかけ続けるが、頭に入らない。しだいに女性たちの顔が曇っていく。
これだ。この目だ。
いつも僕はこの目に囲まれて、何も言えず一人の世界に逃げ込んできた。
今日もまた。
早く。早くこの場から離れなくては。

「博士?」
ミューの声がする。振り返るとミューがそこにいた。
「なぜここにいるのですか? 町は苦手だと・・・」
「ミュー・・・」
とたんに女性たちは顔を晴れやかにして、
「ミューちゃん! これが噂の博士ね。頭よさそうよね。顔もけっこうイケメンじゃない」
などとミューと話しこみだす。
ミューはこちらをチラチラと窺いながら、女性たちの相手をしている。

「じゃあ私たちそろそろ帰りますので」
頃合いを見てミューが言う。
「ええ。また博士と遊びに来てね」
女性たちが手を振る。僕はぺこりと頭を下げるので精一杯だ。

町の出口に差し掛かったころ、ミューが口を開く。
「すいません、博士。私、町の人たちと博士の橋渡しをしたくて。
町の人たちのことを博士に好きになってほしくて。
町の人たちだって博士の事嫌いってわけじゃないと思うんです。
でもこんなに早く博士が町に来てしまうとは思わなくて
嫌な思いをしましたよね・・・」
ミューは申し訳なさそうに言う。

そんな事考えてたのか。でも僕はやっぱり無理だった。
心がずんと重い。足取りも重い。

「待って!」
その時背後から声がかかる。
振り向くと先ほどの女性3人組のうちの一人だった。

「私、うまく言えないけど・・・ミューちゃんと博士のこと応援してるから。だから」
そして僕の手をとる。
「がんばって!」
手のぬくもり。彼女の目は僕の事をしっかりとみつめる。
「それだけ。じゃあ、また会いましょう」
そう言って彼女は去っていく。

彼女の後姿を眺めながらミューが言う。
「ここからですね」
僕はうなずいて、
「そうだな」
とつぶやいた。

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