見出し画像

どこにも書けない事 ③

私は夜逃げをするしかなくなって、少しくらいの金は持って出たのだけれども、そのうちそれも尽きてしまった。

どうする、どうする、……

金のないのは首がないのと同じだ、でもどうする事も出来なくて、ただ歩き回っていた。

漫画家の吾妻ひでおのファンだったが、彼の残した傑作『失踪日記』の世界そのものだ。彼も浮浪者となり、金や食い物をさがして彷ったようだ。

村上春樹は若い頃店を経営していたが、どうしても支払いする金が足りなくて、夫婦で夜の街を歩いていたら、なんと足りない分のお金が道に落ちていて、それを拾ってしのいだと書いている。

たった1晩歩いただけで?

馬鹿な!!そんな都合の良い話は、そうそうある訳ない。

吾妻ひでおは涙ぐましい努力をして小銭を拾い続けた。神は微笑み、1万円拾ったエピソードを嬉しそうに描いている。

で、そのような話を知っている私も当然真似したよ、当たり前じゃないか。さて、結果はどうだったか??

悲惨でした、1晩中歩き回って、さがし続けて、1円すら拾う事はなかった。1円すら拾えないなんて!?

私が不運なのか?いや、それは否定しないが、そればかりではなく時代が違ったからだろうと考察した。

村上春樹が歩き回った頃は日本は景気が良かった、ネオン街には酔客が集い、高額紙幣を落とす人が居ても不思議ではないのだ。滅多にないとしても。

吾妻ひでおの時代も、景気がかなり悪くなったとはいえ、やはり夜な夜な酔客は飲みに出かける習慣があった。

私の時代はコロナで酔客なんかいなかった、だいたい店が閉まっていた。そのうえ世は電子マネー決済が当たり前になって缶コーヒー買う時でも小銭を使わない人が爆増した。

駅の券売機などは普通電子マネーだし、小銭を取り忘れないよう警報が鳴る。吾妻ひでおの手法はもはや通用しなくなっているのだ。

ああ、こんな情けない話はどこにも書けませぬ。

返信転送

リアクションを追加

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?