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EP1 心臓病との出会い

ダブルフォルトが付き物の私のサービスゲームにとって30ー0は私が一番嫌いなポイントである。決まればゲーム奪取優位となり前向きな気持ちになれる。しかし、このポイントでのダブルフォルトは単なる30ー15となるだけではなく試合の優位性もレシーバー側に傾くことがあるのだ。私にとって30-0でのポイントは自分を映し出す鏡となる。これまでの2ポイントは己の実力で積み重ねたポイントか、たまたま転がってきた他人任せのポイントか。

高校1年生の春季新人戦大会ダブルス決勝戦ゲームカウント6-6ポイント30-0、ここから他人任せのポイントの積み重ねが露呈した私はゲームを落とし、準優勝という結果をいただいた。

大会の後、年に一度の健康診断において心電図の波形異常が見られるということで、市民病院に検査入院することとなった。スポーツ心臓といって細身の体で体を酷使すると心臓が少し大きくなると聞いたことがあったため、大丈夫だろうと気楽に考えていた。しかし、いざ入院となると不安が押し寄せてくる、初めての入院ベット。天井に描かれた不規則な模様から動物の形を探しながら自分に言い聞かせた、異常なんてあるわけがない、小学生の頃からリトルリーグで野球、スイミングスクールで水泳と問題なくこなして来た、今だってテニスで活躍で来てるし、退院したらまた部活頑張ろう!

「突然死の可能性があります」

母親が泣くのを目にしたのは祖父の葬式以来だった、私にとって母親の涙は心を大きく揺さぶられる出来事であり、そのせいか逆に自分に宣告された病気に対するショックはあまりなかった。というより高校1年生の青年にとってその宣告は全く自分の事として受け入れられるものではなかったのだ。「症状はまだそんなに進行してません、日常生活は普段通り過ごして下さい、激しい運動は避けるように」という主治医からの言葉だけが頭の中に残った。しかし、その「日常生活」が何を指すのか私は理解しないまま元の生活に戻っていくのであった。

肥大型心筋症とは心臓の壁が厚くなり硬直する事で心臓の収縮が上手くいかず突然死する可能性があるという事らしい。

テニスラケットを倉庫にしまい、一緒に過ごす友達もテニス部から帰宅部へとスムーズに乗り換えた私は肥大型心筋症との駆け引きを開始した。帰宅部との付き合いは市内でのフットワークが絶対条件である、古本屋通い、ゲームセンター、カラオケ。私は通学手段を市内電車から自転車へと変更した。さて、心臓はどうなるのか?定期検診のため何度か外来を受診して心電図検査を受けたが毎度変わらず、という事で私の中で自転車は「日常生活」に含まれることとなった。

体育の授業、バスケットではボール拾いを担当、ハンドボールではキーパーを担当。呼吸や脈拍が大きく乱れることはない、外来の検査でも症状に変化は見られない。大丈夫。

こうして私は自分なりの「日常生活」の定義付けをしていったのである。


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