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超短編戯曲 泣かないで
(タイトル)泣かないで
明かりがつくと、メイド服姿の微妙に若いウエイトレスが立ってい
る。
ウエイトレス (脱力しながら)あ〜あ。つまんない。あたしね、こう見えて
も3年前はアイドル系タレントでデビューしたんだ。芸名だっ
て倉田リミという由緒正しいアイドル名でね、これでもアキバ
系の一部の熱狂的なオタクファンに囲まれてたんだよ。ところ
が、期待されてデビューした割に、入った事務所が弱小でしょ。
ぜんぜん営業力なくて、取って来る仕事は、茨城とか埼玉とか
のメイドカフェめぐりとか、千葉のデパートの屋上やスーパー
のイベント広場なんかのどさ回りばっか。でね、2年間鳴かず
飛ばずだったわけ。挙げ句の果てに事務所のハゲ社長が、お金
全部持って、ぜんぜんかわいくない後輩の神楽坂シーナちゃん
と一緒にトンズラして、失業。で、現在、こんな恰好でウエイ
トレスやってるってわけ。あ〜あ、悲しい。悲し過ぎる。もう、
泣きたくなる!
暗転。
都内のある喫茶店の奥まったボックス席。封筒から取り出した札束
を数え、にんまりするひとりの男が座っている。そこへウエイトレ
スが(うさん臭そうな態度で)お冷やを持って注文を取りにくる。
ウエイトレス あの、お客様、ご注文は?
男、あわてて札束を封筒に入れ、上着の内ポケットに隠す。
男 えっと、コーヒー二つ。あ、おれ、いま、待ち合わせ中だから。
連れが来たら持ってきて。お勘定は連れが払うからさ。
ウエイトレス コーヒー二つですね、かしこまりました。
ウエイトレス、去る。
男の席にひとりの女が近づき座る。
女 お待たせ
男 やあ……、コーヒー注文しといた。
女 ありがとう。
男、お冷やを一口飲む。
男 ……で、どうする?
女 どうするって、何?
男 ほら、この前の。おれと君の未来の話さ。け・つ・こ・ん。
女 いやだ、あれ、本気だったの?
男 いやじゃないよ。本気も本気。おれ、いままでウソついたこと
あった?
女 それは……ないけど。田舎の両親にも会ってくれるの?
男 決まってるだろ? 長崎だっけ?
女 五島。
男 じゃあ、諸々の整理ができたら、行こうバイ。その五島へ、さ、
バッテン。
女 ふふっ、へんな方言。で、整理って何よ?
男 だからさ、この前、話したろ。
女 前の会社のこと?
男 そう。共同経営者がトンズラして、残ったのは借金の山だけ。
女 それって、あなたひとりで整理できそうなの?
男 債権者に頭下げて、金額減らしてもらって、分割にして、可能
な限り返したい。
女 あとどれくらい残ってるの?
男 借りられるところからは全部借りたんだけど、あと200万が
どうしても……。
女 ……その200万があれば、再出発できるのね?
男 ああ。借金整理できたら、シャカリキに働いて、結婚資金貯め
るよ。
女 本気なの?
男 本気も本気。何度も言わせるなよ。二人の未来のためだ。
女 信じていいのね?
男 ああ。おれの折れた心を、励ましてくれたのは、君だけだ。
女 うれしい。
男 またー、泣くなよ。
ウエイトレス、コーヒー二つとお冷やひとつを運んでくる。彼女は
男の背後から女に向かって「あやしい!」「この人詐欺師よ!」と口
パクするが、女はキョトンとしている。男が後ろを振り向く。ウエ
イトレス、あわてて、去る。
男 彼女、知り合い?
女 いいえ。
男 そう。
女 ……200万なら、あたし用意できる。たぶん。
男 でも、それは12年働いて貯めた大切なお金だろ?
女 役立てて。
男 悪いよ。
女 いいの。
男 ホントにいいのか?
女 うん。
男 さやか……。
女 えっ? さやかって誰?
男 え? あ、いや、さわや……かなあやか、あやか。あんまりう
れしすぎて、名前が出てこなかった……。
女 そう……。ふふっ。
ウエイトレス、水を注ぎ足しにくる。男の背後から女に向かい、表
情で「あなたはだまされている!」と合図する。女は再びキョトン
とする。
女 ねえ、いま何時?
男 5時半。
女 じゃあ、あたし、銀行に行って、お金おろしてくる。
男 いいのか?
女 うん、早いほうがいいもん。
男 悪いなあ。
女、立ち上がる。
ウエイトレスは女に近づいて声をかけようとするが、男が立ち上が
り、間に入る。女、男の胸にもたれかかるようにして甘くささやく。
女 タカシはここで待ってて。銀行、すぐそこだから。
男 え? あ、うん。そうだな。
女 じゃ。
女、お盆を持ったウエイトレスとぶつかるが、そのまま去る。男、
座り直しながら、ウエイトレスに向かって言う。
男 あっ、お姉さん。やっぱり、ここのお勘定、おれが払うわ。
ウエイトレス、ポケットの伝票を男に渡しながら言う。
ウエイトレス あんた、本当は結婚詐欺師でしょ? いったい何人の女を泣か
せたのよ。このロマンス詐欺男!
男 だめだよー、盗み聞きは。個人情報保護法。法律違反だよ。
ウエイトレス 店内での犯罪やトラブルは困るの。
男 犯罪? いやいやボクは国の法律を順守する善良なる一般市民
ですよ。
ウエイトレス うそ。
男は伝票を確認し、上着の内ポケットから封筒を出そうとして、な
くなっていることに気づく。
男 あっ、あれ、ちくしょう。封筒がない。……あ、あの女やりや
がったな!
ウエイトレス あらあら、ふふっ、彼女、なかなかやるじゃん。
男 くっそー。あ、お前もグルか?
ウエイトレス まさか。あたしもすっかりだまされたわ。ふふふっ。
男 く、くそっ。
ウエイトレス やっぱりあんた、バカ正直でゼンリョーな一般市民だったのね。
男 ちくしょー。店で犯罪が起きていいのか? 責任問題だぞ!
どうしてくれる。
ウエイトレス 警察に連絡しましょうか?
男 警察は嫌いだ。(半泣きで)くそっ!
ウエイトレス でしょ。はいはい、男なら泣かないの。負け犬の遠吠えはみっ
ともないわよ。
男 くっそっー!
ウエイトレス バッカみたいだけど、映画やドラマなんかより、おもしろかっ
たわね。
男 おもしろくない!
ウエイトレス じゃ、かわいそうだから、お勘定は今度来た時ってことで許し
てあげるわ。
男 二度と来るか、こんな店!
ウエイトレス ほらほら、泣かないの。ふふふっ。
暗転。
ウエイトレス ってなわけで、いやいや始めたウエイトレスのバイトも、けっ
こういろいろな事件が毎日起きて、退屈しない。おもしろいから
このままもう少し続けてみようかなって気になってるとこ。
狭いお店で日々繰り返される、だましまだされの悲しき人生の
裏側を、しばらくの間、このパッチリとした愛らしいお目目で
覗いてみようと思う。(お盆の内側から封筒を出して)それに思
わぬ幸運もあるしね。どっしようかな、このまま副収入にするか、
警察に渡すか……。それとも彼女が銀行から戻って来たら渡すか。
それはないな。 えへっ。あ、そうそう。もっとおもしろい事件が別
にあるんだけど、その話はまたおいおい、ね。倉田リミのメイド事件
簿。ご主人様〜、本日はご清聴ありがとうございました!
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