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ロー、セカンド、サード、トップ。

▶︎ロー、セカンド、サード、トップ。(実践編)024

最近ではほとんど死語ですが、かつてMT車(マニュアルトランスミッション車)の1速をロー、2速をセカンド、3速をサード、4速をトップと呼んでいました。これを演技に応用してみると、人の会話を簡易的ですが明確に分類することが出来ます。

①「ロー」1対1の会話。言葉の内容を冷静に伝えたい。
②「セカンド」5、6人の会話。感情を伝えたい。
③「サード」聴衆、世間に訴えたい。ことさらに当てつけたい。
④「トップ」相手に向かって感情を爆発させる。

①「ロー」は相手とフラットな気分で会話する時です。基本的には、内容を冷静に穏やかに伝えようとしますが、心底には感情がうごめいています。

②「セカンド」は仲の良い数名の友達と楽しく会話する時です。あるいは逆に感情を表に出して自己主張します。

③「サード」は大衆に向かって演説したり、大声でこれみよがしに煽りたてたい時に使います。

④「トップ」は相手に向かって感情を爆発させる時に使います。映画やドラマのクライマックスで主人公が1回か2回だけ発動します。

この分類をアメリカ映画に当てはめてみると、俳優たちは基本的にプライベートな状況では「ロー」と「トップ」を多用して喋り、パブリックな場面では「セカンド」「サード」で喋っています。ところが日本のドラマでは、プライベートな場面でもパブリックな場面でも「ロー」「セカンド」「サード」「トップ」に関係なく感情を込めて喋ることが多く、特に初心者はこれが顕著です。

何故、そうなってしまうのか、それは演技を「表現」だと考えているからです。つまり「個人プレイ」です。「チームプレイ」の場合は「ロー」と「トップ」はプライベート。「セカンド」「サード」はパブリックと分けて演技します。

実際に例を挙げてやってみましょう。僕が1990年に出版した「黒いスーツのサンタクロース」という戯曲の最新版PDFが劇団座キューピーマジックのHPのbookというページの中にあります。ご自由にダウンロードして活用してください。

「黒いスーツのサンタクロース」あらすじは以下の通りです。

クリスマス・イヴ。待つ人の誰もいない暗いアパートにひとりぼっちで帰って来た売れない女優、森田由紀子の部屋に不法侵入していた黒いスーツの中年男。泥棒かと思ったその男は実は彼女をあの世へ案内するためにやって来た死神でした。パニックになって死にたくないと訴える由紀子。と、そこへ昔の恋人から舞台の主演依頼電話がかかって来ます。死神に懇願し、舞台が終わるまでという約束で彼女は死期を延ばしてもらうことにするのですが……。

出来れば台本を最初から最後まで読んで、物語の全体の流れを把握してください。以下は4場の冒頭シーン。幸子は劇団の演出家で由紀子はその所属女優です。実は昨夜、幸子の主催するパーティを由紀子はある事情によりすっぽかしていて、プライドを傷つけられたと感じた幸子がわざわざ苦情を言いに来たという場面です。

幸 子 今晩は。
由紀子 あ、あら、幸子、どうしたの?
幸 子 上がっていい?(返事を待たずに上がって来てソファに腰掛ける)
由紀子 ええ、どうぞ、どうぞ。…………ああ、ごめんね夕べは。行きたかったんだけど、急な仕事が入っちゃって。
幸 子 いいのいいの。
由紀子 楽しかった? みんな集まったんでしょ?
幸 子 ………。
由紀子 どうしたの?
幸 子 そのことで報告に来たの。
由紀子 報告?
幸 子 『グループ・アクトレス』のことだけど。
由紀子 ええ。
幸 子 解散するわ。
由紀子 解散?
幸 子 だれもこなかったの『女優たちだけのクリスマス・パーティ』に。
由紀子 だれも?
幸 子 わたし以外はひとりも。
由紀子 そんな………。
幸 子 想像してみて。レストランの奥の個室。壁にはささやかな飾りつけ。テーブルの真ん中には三段重ねのデコレーションケーキ。それぞれの席の前には小さなキャンドルと名前入りのカード。だけどそこにいるのはわたしひとりだけ。窓辺の席では恋人たちが楽しそうにお喋りしている。だけどそこにいるのはわたしひとりだけ。
由紀子 ご、ごめんなさい。
幸 子 やがて次々に運ばれてくるワインにシャンパン。そして、豪華なお料理の数々。だけどそこにいるのはわたしひとりだけ。
由紀子 悪かったわ。まさかそんなことになってたなんて。
幸 子 いいのいいの、気にしないで。(テーブルのウィスキーを指して)飲んでいい?
由紀子 ああ、じゃあ、新しいグラスを………。
幸 子 これでいいわ。(グラスにウィスキーを注いで一気に飲み干してしまう)
幸 子 そういうわけでみんなの家を訪ねて解散宣言して回ってるの。じゃあ、わたしはこれで。
由紀子 さ、幸子、ちょっと待って。
幸 子 (玄関まで行っておもむろに振り返る幸子)あなたがアニー・サリバンを演じるはずだった『奇跡の人』わたしの手で演出出来なくて残念だわ!

台詞の前に「ロー」「セカンド」「サード」「トップ」を記入してみます。意識を変えながら喋ってみてください。

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