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バックグラウンド①

▶︎バックグラウンド①(概念編)032

演技するとき初心者は、泣こう、笑おう、怒ろうとします。しかし人が泣いたり、笑ったり、怒ったりするには理由があります。その理由は一人一人の人生の人間関係(主に親子関係)や、過去の出来事に起因しています。

僕の友人に鶏肉が食べられない男がいます。食べて気持ちが悪かったとか、アレルギーとかではなく、とにかく見るのも触るのも駄目なのです。しかも本人は鶏肉が苦手になった理由がまったくわからないと言うのです。実は彼は幼少期、田舎の祖父の家に行った時に、庭で飼っていた鶏に追いかけられた事があったそうで、それがトラウマとなり、それ以来鶏肉が食べられなくなったと、彼のお母さんから聞いたことがあります。しかし彼自身は、その事をまったく覚えておらず、ただ「鶏肉が嫌い」となったのです。これが深層心理のメカニズムです。

シェイクスピアの「ハムレット」にオフィーリアという登場人物がいます。ハムレットの恋人で大臣ポローニアスの娘ですが、ハムレットが叔父のクローディアスと敵対した際に、クローディアス派に組した父親に従ってハムレットとの関係を解消します。その後、ハムレットに父親を殺害されたオフィーリアは正気を失い、川のほとりで花を摘んでいるときに誤って川に落ちて死んでしまいます。なんとも哀れな最期ですが、たとえば「ロミオとジュリエット」のジュリエットと比べてみると、あまり意志を持たない、清楚で可哀想なだけの魅力的ではないキャラクターです。

そこで、もし僕が将来「ハムレット」を演出するとしたら、オフィーリアをどう演出すれば良いかを僕なりに考えてみました。そのヒントとなったのが、かつて観た太地喜和子さんのオフィーリアでした。彼女は父親からハムレットと別れることを強要されたとき「はい、お言葉どおりに」という台詞を、それまで可憐に素直に受け入れていた女優たちとは違い、じっと耐える表情でしばらく間を置いたあと、振り切るように「はい、お言葉通りに!」と言い切ったのです。当時まだ若かった僕は、その瞬間「オフィーリアってハムレットの事が好きだったんだ?」とびっくりしたのです。

そこからの連想で僕が妄想したオフィーリアのバックグラウンドが「オフィーリア妊娠説」です。

つまりハムレットとオフィーリアがすでに大人の関係だったと考えれば、オフィーリアの苦悩はいかばかりか。お腹に生命が宿っている状況で、父親からハムレットとの交際を禁じられ、ハムレット様は気が狂ったという噂を聞き、そうこうしている間にもおなかの子はドンドン育ってくる。そんなときに父親がハムレットに殺されたことを知らされるのです。そうです、こんな風に考えるとオフィーリアという人物の苦悩にリアリティを与える事が出来るようになるのです。つまり泣こう、笑おう、怒ろうとするのではなく、その人物のバックグラウンドを考えて、泣きたくなる、笑いたくなる、怒りたくなるような出来事を想像し寄り添ってやるのです。

と、得意げに書いて来ましたが、実はこの「妊娠説」最初に考えたのは僕ではなく、あの文豪太宰治です。彼の著作に「新ハムレット」という実験的な戯曲があるのですが、今から80年も前に「妊娠説」はすでに発表されていたのです。10代の頃にこの本を読んだ僕はその後その事をすっかり忘れてしまい、まるで自分が思いついたように思ってしまったのです。うん?ひょっとして、これもある意味「深層心理」か。

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