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欧州の食文化と日本の技術の可能性(連続講座 第5回)

名古屋市発の「伝統産業海外マーケティング支援プロジェクト」における第1期事業がフランス・パリ市での展示に向けて大詰めを迎える中、第2期も本格始動に向けて、6回の連続講座が開かれました。第1回と第2回は前年と同様に基礎講座として開催されました。続けての第3~6回講座では、各界からマーケティング、流通のプロフェッショナルや、実際にヨーロッパに於いて活躍されている方々をお迎えしての講演会やトークセッションが行われました。 今回は、2022年7月27日(水)開催の第5回講座のレポートをお届けします。

第5回のテーマは、「欧州の食文化と日本の技術の可能性」 として、現在、パリ市最長12年で、世界最多のミシュランの星を持っているレストラン・グループでアラン・デュカス氏傘下のレストランSpoon2の料理長をされている茂田尚伸氏を迎え、株式会社スズサンCEO / Creative Director であり Creation as DIALOGUE の統括コーディネーターを務める村瀬弘行氏及び、弊社代表取締役澤田哲也とのオンライン対談により、進行されました。 

アラン・デュカスとの出会いと現在に至るまで

茂田氏:最初にアラン・デュカスについてお話しします。史上最年少でミシュランの三つ星を取得し、世界各国のレストランで三つ星を3か国で同時に獲得した世界初のシェフです。全国で21個の世界最多の星を持っています。
私は、そのグループの中の一つのパリの店で料理長をしています。スパイスロードをテーマにしたレストランSpoon2です。当初、世界全体をテーマにしていましたが、2018年11月に私が就任した際に、スパイスに特化したレストランにコンセプト変更してスタートし、4年目になります。
昨年、アラン・デュカスグループより著者としてのレシピ本を出版しました。3年分のレシピとスパイスを使ったカクテルのレシピを収録しています。今のところフランス版のみです。

私は、元々はデザイナーを目指してエスモードに入学すると、在学中にレストランでも研修を始めました。その仕事に魅了され、そのままレストランに就職しました。その後、様々なジャンルのレストランで経験を積んでいるうちに日本にアラン・デュカスのレストランができ、入店。30歳の時に、フランスで勉強したいと志願し、ワーキングホリデーを利用して、渡仏。アラン・デュカスグループのブノワ(伝統料理)の店に入ったのが12年前です。そして現在に至っています。

フランス語もできない中、ワーキングホリデーの1年で店からのオファーが来るよう人の3倍の仕事をこなす努力をし、なんとか労働ビザを得ることができました。最初の店で5~6年、副料理長までステップアップし、エッフェル塔のジュール・ヴェルヌ料理長補佐になり、そこから現在の店Spoon2料理長に就任しました。

説明をする茂田氏

異文化の中でお客様に価値を生み出していくアプローチについて

澤田:ここからお話を伺っていくにあたって、

  • 実際にパリ、アラン・デュカス・グループで働く中で感じる、日本で働いているだけでは理解できなかった食文化の特徴とは?

  • Spoon2はインドと中東を結ぶスパイスロードにインスパイアされた旅から生まれる料理がコンセプトと聞いている。スパイスロードの料理をパリの地で、日本人である茂田さんが表現しているということが極めてユニークだと思うのだが、どのようにコンセプトやメニュー開発、顧客体験を作り上げていったのか?

このような、異文化の中でお客様に価値を生み出していくアプローチについてお話を伺いたいと思います。

日本で働いているだけでは理解できなかった食文化の特徴、 旅から生まれる料理をコンセプトに、スパイスロードの料理をパリという土地で日本人である茂田さんが表現している構図がもの凄くユニークだと感じます。どんなふうにお客様への価値を作り出していらっしゃるのでしょうか。

茂田氏:いろいろな人種がいて、食文化がかなりミックスされている。ムスリムだとラマダン(断食)の期間は、豚を食べることができません。ヒンドゥー教は牛がダメ、ユダヤ教は甲殻類やタコが規制されています。日本ではあまり見ないことです。そのような文化が交わる場所としてパリは特殊な気がします。ワールドワイドなチームで、スパイスに対する感性を食文化として持っているインドや中東のシェフから教わることもあります。Spoonはグループの中でも特殊で異色なレストランです。コンセプトがスパイスロードなので、インド、イスラエル、スリランカなどへ行って、インスパイアされたものも多く、その味がベースになっていることもあります。かしこまって食べる料理だけでなく、家族や友人でにぎやかに食事が出来る料理を目指しています。
他にも、フランス料理だと欠けた皿はNGのところ、欠けたままのお皿や揃っていない食器で世界観や、雰囲気を出すためにわざと使うこともあります。

村瀬氏:私もお店を訪れた時に、お皿がさまざまなのがすごく面白いと感じました。ほかのお店でタブーとされていることを敢えてしてみるのって、すごく面白いなと思います。

茂田氏:最初は少し躊躇していましたが、シェフ(アラン・デュカス)との試作時にいろいろ試したことが好評だったのです。
自分の中では良い意味で「アラン・デュカスのラグジュアリーなものだけのイメージを覆す」のをテーマにしています。彼の嫌いなものをあえて調理して出してみたりもします。

村瀬氏:自分が持っていない感性を取り入れるのはフランス人が得意なことですよね。敢えて日本人の茂田さんが、フレンチやスパイス料理を作っているのは特殊な状況なのではないですか。日本のお寿司屋さんでフランス人が握っている感覚に近いような。

茂田氏:そうですね。元々はフランス料理を学びに来たのに中東料理を作っている。時間ができればしょっちゅう中東に行って、研究しながら現地でインスパイアされています。今年はイランに行こうと思っています。

澤田:旅やスパイスロードをテーマにされたのは生活している人の食文化、価値観の変化など、どういう視点からこのコンセプトに至ったのか、どういう風にとらえていたのか茂田さんの目から見て、スパイスロードを表現するに至った背景を聞かせてください。

茂田氏:世界の料理をテーマにやってくれという依頼から、何度も試作・テイスティングを重ね、このスパイスで行こうという風になるまでは、取っ散らかって何をメインにするかわからなくなることもありながら、特色を出したいということで、スパイスロードに落ち着きました。世界観も全く違います。レストラン自体がアラン・デュカスだと知らない人もいらっしゃる。中東の方もいらっしゃるし、もの好きな人が多い。週末にはDJを呼んで音楽をかけたり、若い人も多く、いろいろな人が集まります。お客様同士で場を一緒に作ったり、シェアする雰囲気がキーポイントです。1皿をみなで分けてくださいという雰囲気なので、自然とそうなります。

村瀬氏:前職がジュール・ヴェルヌということで、国賓のお客様がいらっしゃるようなレストランで、ギャップが面白いなと思うのです。

茂田氏:モダンフランス料理のジュール・ヴェルヌの時には、大統領向けにSPの取り巻く中で料理をしたこともあります。そこからの急な人選で、完全に目指す料理が変わり、かなり戸惑いました。中東なんて行ったこともないし、フランス料理を極めるために渡仏したわけですが‥‥。そこから時間があるたびに海外に出て、中東の旅が始まったわけです。
デュカス自身が日本好きでよく行っているのですけど、日本人の気質として、異文化を受け入れて昇華する表現に長けていることを見抜いての提案だったのかなと思います。

村瀬氏:日本人がそもそも持っている感性、ほかの国の人が気づかない、生まれ育ったからこその感性をヨーロッパで広げていけるのではないかと思います。その代わり、色々なところでぶつかることもあるのでは。

茂田氏:例えば、試作でダメ出しされたものをアレンジし直しもう一度出してみて、良いといわせたいということはやっている。 ダメと言われると興奮する。いいと言わせたいところがある。

村瀬氏:交渉の仕方として、日本のNoは一生Noではない。ドイツ人は一生Noなんです。チャレンジ精神は大事だから、もう一度やってみる。それでだめなら仕方がない。

茂田氏:チャレンジ精神は大事だと思います。

茂田氏

コロナ禍での変化を通して

村瀬氏:日本人の技術や感性についてもっと聞いていきたいと思います。コロナの初期のころ、動きが止まっていた時期に、アラン・デュカス・グループは病院に仕出しをしていたのですよね。

茂田氏:コロナの時に、ロックダウンになって1週間も経たないうちにデュカスさんに召集され、無償で食材を募って病院に毎日150食送るというフランスで最初のプロジェクトを始め、3か月続けた。できるだけ少人数で、できるだけ多く作ろうという状況で、いい勉強になりました。その後、テイクアウトを始めたのも早くて、社会情勢の変化への対応が早いと思います。 グループ全体で、50名ほど経験のない人を含め難民のシェフたちを受け入れて一緒に仕事をする活動もしています。

澤田:社会の変化に素早く適応し、社会的なインパクトを意識して動く、フットワークの軽さを感じました。アラン・デュカス・グループが世界的に評価されているポジションを作っていくうえで、企業文化、カルチャーがあるからブランドができていると感じる、コアになっている企業カルチャーとはどんなものですか。

茂田氏:シェフ自身もありふれたものが嫌いで、ただ変わったことをやればいいとは思っていなくて、新しいチャレンジを常に試みているのは感じます。チョコレート屋を始めたのも、おそらくシェフでは初めてだろうし、ビーガンのハンバーガー屋など、勿論、全部が成功するわけではないけど、常にチャレンジしています。

村瀬氏:組織が大きくなると新しいことにはなかなかチャレンジできなくなりがちですが、常にチャレンジできる基盤があるのも凄いことですよね。

茂田氏:イメージとしては王道的なものに見えるけど、ご本人はチャレンジャーです。 色々考えて実行できる人ですね。

澤田:やらないことを含めてグループとして既成概念にとらわれずチャレンジするのか、チャレンジしていくことに一貫性があるのでしょうか。

茂田氏:食関係であるところは一貫していると思います。レストランではなく、料理学校も作っているし、ただし食関係からそれることはありませんね。

澤田:パンデミックがあっていろんな分野で生活者の価値観が変わっているんじゃないのかと聞くのですが、食文化で価値観の変化を感じることは何でしょうか。

茂田氏:日本でも黙食があったり、パリでもバリア(仕切り)があったり、食文化が変わってきました。改めて食事ってその場を楽しむ場がなくなったことで、その大切さを痛感し、わかってきたと思います。ラグジュアリーよりも、「本物とは?」「食とは?」「レストランとは?」に重点が移ってきたように思います。一方サステナブル、無駄を除く動きが高まっていることは感じます。

村瀬氏:ファッションやアートでも同じで、ラグジュアリーの形も変わってきています。何が本質、価値あるものか、面白い時期にいると思います。観光客がいなくなったこの時期、残った店とそうでない店で、どんな違いがありますか。

茂田氏:シェフもパリを離れて自分で農場を持つ人も増えています。観光客目当てで表面的で芯がないレストランは、どんどん無くなって、やりたいことが明確なレストランが残っているようです。

お客様が感じる価値とは

澤田:芯があることや、レストランとしての本質、お客様はどこに価値を感じていらっしゃるのでしょうか。

茂田氏:ストーリーが重要視されてきていて、「これ儲かるからやろう」というところはどんどん無くなり、通用しなくなってきています。お客さんも、そういうところを見るようになってきている感じはします。

村瀬氏:そういった点では我々も、日本でどうやって作っているのかなど、すべてその場で話せるのは強みです。ルイ・ヴィトンやグッチなどの大きなブランドでは、どこで作っているのか、どうやって作っているのかまでは話せません。その工程を説明できて当たり前で、話すことで人とのつながりを生み出してくれます。

茂田氏:誰がどうやって作っているのかは大事で、買うだけではなく、人とのつながりが重視されてきていると私も感じます。

村瀬氏:伝えられるストーリーがあることは必要ですよね。

澤田:人とのつながりについて話がありましたが、人とつながることって、安心なのか、信頼なのか、どういう価値を感じ、求めているのでしょうか。人とのつながりを感じてもらうことで、お客様にとってどんな価値が生まれると思われますか?

茂田氏: 例えば、スパイスを注文するときには業者は通すのですが、その業者は現地から直接入れていて、旅行に行った時には私も生産者さんに会いに行きます。家畜や野菜ではないので本当に森の奥地だったりしますが、直接行くことで「こんなところで作っているのですよ」とお客さんに話せるし、安心にもつながります。

村瀬氏:実際にヨーロッパにいて、日本人の人種としての信頼感は、過去の方々が頑張ってくださったおかげで、品質や、日本人のまじめさの点で、つながりを作るうえで、安心材料になっています。

茂田氏:それは感じます。日本人の技術は世界共通で評価されていると思います。レストランに日本人がいると安心するというお客様はいらっしゃいます。

村瀬氏:フランスで外国人として雇用されるって大変じゃないですか。それだけのハードルを越えたってことは凄いなと思います。

村瀬氏

茂田氏:フランス人を雇用するのと違って政府に申請して了承を得ないとビザは下りないです。だから必死にやるしかない。フランス人は気質としてラテンな感じが多いです。仕事は仕事、空いた時間を仕事に使う人が少ないように感じます。仕事は生きるための糧であって、自分の人生はまた別というスタンスの人は多いので、チャンスになります。

村瀬氏:キャリアとしても遅いスタートでしたよね。情熱があったということですね。

茂田氏:フランス料理を本格的に始めたのは25歳で、料理学校にも行ってないから、現場で覚えるしかない状態でした。子供が3歳の時にワーキングホリデー最後のチャンスだったので、今行かないと一生行けないと思って渡仏しました。

村瀬氏:実際に行ってみてギャップは感じましたか。

茂田氏:現地に行ってみて、意外に人が優しい、人間っぽい、良い意味で干渉しない、自分は自分、彼は彼みたいなところが心地よく、もっとここにいたいと思いました。人間関係がさっぱりしていて、過ごしやすいですね。

日本の食文化のヨーロッパでの捉えられ方

村瀬氏:日本の食文化に対してのイメージ、フレンチをやり続けてきたから見える視点を教えてください。

茂田氏:日本料理って、技術もずば抜けていると思うし、みんな憧れの目線で見ています。フランスでは随分前から日本食ブームが来ていて、みんな出汁(だし)も取れるようになってきている。食材も見直され、和食レストランも増えてきて、レベルも高いです。

村瀬氏:そうすると日本のモノづくりや、日本の精神性、器、出し方など、食材だけ料理だけじゃなく、全体が注目されますね。

茂田氏:神秘的に見えるそうです。空間とか、雰囲気があってセレモニーみたいに感じるらしい。作法があるじゃないですか。茶房が流行ってきていてコアなファンが一部にはいて、日本文化が見直されて、文化に魅了されています。色々聞かれても自分がどれほど無知だということに気づいて、海外に離れてから自分自身も日本の文化について詳しくなりました。

村瀬氏:その人たちがどこに魅了されているか。話してみると日本に行ったことはなく、想像の中のあこがれの国。クリーンな部屋で整然と暮らしている。そのイメージが出来上がっているのが面白い。僕らが知らない日本が作り上げられている。

茂田氏:フランス人も漫画で育っている世代。僕らと変わらないくらい知っています。漫画で知った、変な日本語をしゃべり出すこともあります。日本と変わらないレベルで、漫画の影響が凄いですね。

村瀬氏:日本のどこを切り取って、どこを評価しているのか。安全と清潔感は、日本は凄いです。

茂田氏:ここまで清潔で安全な国はないですね。

村瀬氏:大体の国は、中央駅が怖いところといわれていますが、日本は駅が一番栄えていて、安全安心でみなが集まれます。

茂田氏:安心安全は誇れることです。単純なことだけど、他に類を見ないことでもあります。

澤田:食文化からみる価値観、そこからみる日本の可能性についてお話しいただきましたありがとうございました。


この後、参加をされていらっしゃる方からの質疑にお答えいただきました。
茂田さん、ありがとうございました。


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