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欧州マーケット総論とトレンド(前編)

2021年10月22日(金)17:00~19:30に、連続講座「実践者から学ぶ、ブランドデザインの哲学と手法」の第4回目を開催しました。

第4回目のテーマは「欧州マーケット総論とトレンド」とし、株式会社ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブディレクション担当である栗野宏文氏を迎え、株式会社スズサンCEO / Creative Director であり Creation as DIALOGUE の統括コーディネーターを務める村瀬弘行氏との対談形式にて講演が行われました。

冒頭、司会進行のミテモ株式会社 代表取締役 澤田より、「欧州マーケット進出を本事業のゴールに持つ中で、欧州マーケットのこれまでとこれからについて問いに答えていくような形でお話をいただきたい」と講演の目的が話されました。大きなテーマとしては2つあり、1つ目は「ラグジュアリーマーケットを中心に世界のトレンドを牽引し続ける欧州マーケットの変遷を理解するとともに、欧州マーケットにおける日本の伝統工芸の可能性や磨き上げるべき方向性とは?」というもの、2つ目は「ものづくりの街・名古屋がその文化と技術を活かし、都市としてその豊さを世界中の人たちに届けていくために参考とすべき先進事例とは?」という観点が共有されました。
その上で、具体的な問いとして、次の4つの問いを提示し、それについて栗野氏と村瀬氏に語っていただきました。
・なぜ、ヨーロッパはトレンドセッターであり続けるのでしょうか?
・アメリカ、中国・インドなどのBRICsなどの市場がある中で、欧州マーケットはどのような位置付けにあり、その重要性とはどのようなものでしょうか?
・欧州マーケットにおいて、普遍的な要素があるとするとそれは何でしょうか?
・今後の欧州マーケットの変遷を読み解いていく上で、栗野さんが重視しているトレンドや変化があるとするとそれはどのようなものでしょうか?

本記事は前編とし、ヨーロッパのラグジュアリーブランドの歴史と現状、スズサンのヨーロッパにおける取り組みといったテーマの対話を掲載しております。

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ラグジュアリーを支えるもの

栗野氏:多分一番重要な今日のキーワードってポストっていうことです。例えばポストコロナとか、ポストパンデミックとかの「何々の後」です。ポストモダンという言葉もありますね。何々の後の世界はどうなっていくだろうってことはすごく重要です。下手をするとボストヨーロッパかもしれないですけど。そのポストってことを皆さんの頭の片隅に常に入れた上でこの話を聞いていただきたいです。

澤田さんが先程おっしゃったように、過去100年か200年ぐらい、ヨーロッパが世界の高級品市場です。あくまでも高級品市場という限定です。トレンドセッターです。ただしそれが、これからもそうであるかどうかっていうのは、必ずしもこれが前提ではないですね。ひょっとしたら変わっているかもしれない。それは変わっていくっていうことにおける、ポジティブな意味と、皆さんにとってはやりづらいことと、両方あるかもしれないです。でもいずれにしろ過去200年ぐらい、ヨーロッパっていうのが高級品のマーケットに対する情報発信地だったっていうのはまず間違いないです。それは情報だけじゃなくて、価値観そのものを世界に向かって発信していました。ネガティブな言い方をすれば、ヨーロッパ、欧米の人が考える価値観っていうものを世界にすり込んでいったわけです。その結果高級品市場っていうのは成り立っています。それが日本でもとても成熟しましたし、今はBRICsで言うと中国ですね。それが一番、次のラグジュアリマーケットになると思います。

こうやって文章だけ見ていただくと何もかも一緒に見えるかもしれないですけど、要はつい先日までヨーロッパが発信する側で、日本は買う側でした。アメリカも買う側に近いです。今はその買う側がアジアとか、一部ブラジルもそうでしょうけど、あとロシアとか、このBRICsに移りつつあるわけです。それは買う力、経済的な力があるってことです。経済的な力がない限り高級品は売れませんから。それを成立させてきたのは19世紀からの200年間のヨーロッパの歴史だと思います。

ただいろんな価値観の変化があった上に、更にこの2年間の新型コロナウィルス、ヨーロッパではCovid-19もしくはCovidって言いますけども、これによって大きく価値観が変遷しつつある、価値観が変化しつつあるわけです。それはいったい皆さんにとってチャンスなのかチャンスじゃないのか。どうやったらチャンスにできるのか。どうやったらそのチャンスを逃してしまうのか。これが今日の一番大事な部分だと思います。皆さんにキャッチアップしていただきたいのは、チャンスだと思うことと、チャンスだと思うためには何をしたらいいか、何を打ち出していったらいいかという話だと思います。

ある部分の結論から言うと、ラグジュアリーやそのイメージを支えてきたものは、富、地位。それからちょっと濃度の下がるところでいえばインテリジェンス。円グラフで言うと富、地位というものはラグジュアリーに関しては占めている割合が大きいと思います。富・地位以外の部分のスイカを切ったみたいな感じで円形グラフの中の切れ端が、インテリジェンスやエモーションです。おそらくつい近年まで、富・地位っていう部分はすごく大きいです。ラグジュアリっていう価値観を支えているからですね。ただこれは大きく揺らいでいます。このスイカの丸さだけは変わんないので。今後大きくなってくるだろうというのは、インテリジェンスやエモーションだと思いますね。

村瀬さんがおつくりになっているスズサンの商品がなぜヨーロッパで受けているかっていうのは、Covid-19で世の中が変化する前からすでにヨーロッパに進出しておられたんですけど、結果的にCovid-19の状況になっても、それからこの状況が終わって大きく価値観が変わる中でも訴求し続けられるだろうというものを持っています。それがスズサンの商品です。守秘義務以外のところで、数字のことなども共有いただけますか。

ヨーロッパで結果を出しているスズサン

村瀬氏:栗野さんがおっしゃっていたのがすべて腑に落ちる、まさにまさにって思いながら聞いていました。パリコレというのは年2回シーズンがあり、春夏と秋冬という2シーズンが開催されています。本来であればこの10月に、パリ、ミラノなどに世界中のバイヤーが集まってバイイングをするわけなんです。半年の中でクリエイションをデザイナーブランドが行なってお披露目します。その結果が数字として出てきます。半年間かけたものの結果としての、数字ですね。どれだけ評価があったのかというのが数字に現れているという意味です。作る側としては、要するにどれだけお客様から支持を受けられたか、社会が欲していたのかということを見られる年に2回の機会です。

前提としてはスズサンというブランドを12年前の2008年に立ち上げました。Covid-19の拡大があって、ファッション業界は大きな影響を受けました。例えばLVMHグループは2020年の売上を見ると25-30%くらい落ちたそうです。グッチもそうだったと聞いています。こういったラグジュアリーブランドのグループでさえかなり難しいです。世界中のファッションマーケットが難しい中で、幸いにもスズサンというのは、売上はまったく落ちなかったんです。数字のファクトのところだけお伝えすると、数字が落ちなかったということです。今ヨーロッパでの売上の割合は、今期でいうと(Suzusanブランドの卸売ベースで)78%でした。非常に高い数字がヨーロッパで取れていました。いい結果がなぜなんだろうということも考えています。

ヨーロッパに住んでいる、ラグジュアリーの発信地である人たちから求められているものというのが、要するに我々だったという仮説のひとつです。そういった意味では面白い結果が出たと思います。なので、日本のものづくりが、ただ日本の中のマーケットだけで終わるわけではないということを、ひとつ実証できたかなと思っています。

栗野氏:12年やってらっしゃるブランドの78%、つまり8割近くが日本以外の国で取引されているというのはすごいことです。400年ぐらい続いている有松絞りの5代目でしたよね。この伝統のある有松絞りの商品が、日本で作っているけど、8割が海外で売れているというのはものすごく面白い現象だと思うし、ビジネス的な話をさせていただくと、日本での売上をもっと伸ばしたらいいと思うんです。

村瀬氏:そうですね。

栗野氏:海外でこんなに売れていますという話は、日本で物を売るのにすごく有効なんです。あんまりポジティブな言い方じゃないんですけど、日本のバイヤーにしろエンドユーザーの方にしろ、海外に評価されているということがひとつの基準になる。だから自分たちが価値を発見したとか、自分たちは別に前から好きだという話ではなく、あえてミラノで売れているというような話は、やっぱりいいねとなるんですよ。

日本発の価値観、美意識

栗野氏:最初の話に戻れば、ヨーロッパが価値観のトレンドセッターみたいなことがあったんですよ。ただ、もうこの過去30年ぐらい、徐々にヨーロッパが支えてきた「自分たちの美意識や価値観が世界で一番優れているものだ」みたいなものがだんだん揺らいできたんです。揺らいでビジネスにならないじゃないかというものに対して、いや、揺らいで次こっち行けばいいですよとか。あるいは揺らがせたこと自体が日本に原因があるんです。

わかりやすい例を申し上げますと。自分は去年本(「モード後の世界」栗野宏文著、2020年、扶桑社)を出したんですけども、その本の中でも触れさせていただいたのですが、ルイ・ヴィトンがあります。もう20年ぐらい前でしょうか。ルイ・ヴィトンがケータイストラップっていうものを作って売ったんですよ。それは日本人のアイデアなんです。当時の日本のヴィトンの社長だった方が、若い人に受け入れられやすいものを作ったら、もっと売れますよっていうアドバイスをされたらしいです。そして、ルイ・ヴィトンのケータイストラップはものすごく売れたんです。携帯電話にストラップを付けるということ自体がひとつの流行りになったんでしょうけども。日本以外にはないんです、そういう価値観って。でもケータイストラップを付けることが流行って、若い人でも買えるルイ・ヴィトンになったわけです。

現象で捉えてみますと、ルイ・ヴィトンという百年以上続いている老舗のブランドがあり、日本というクオリティに対して理解が深くなおかつ若い人が消費に対して積極的な国民というのがいるということになります。この話のダイナミズムは、そこで受ければ、これからもっと世界で受けるじゃないかということを発見したということです。

だからそれ以降のルイ・ヴィトンの戦略というのは、若い人に売っていこうということに変わっていくわけです。それまでは、お金持ちの大人さえ買ってくれればそれで良かったんです。ヨーロッパにしか売ってないし、日本も伸びつつあったけど爆発的じゃなかったんです。でもそういうケータイストラップのような製品が、我々の業界で言うところのアクセッシブルという概念ですが、アクセスしやすいものになって。あるいはアフォーダブル、買いやすいものということですね。それを作ったことによって、ブランドのステータスは高いまま、そこに若い人の手も伸びるようになって、マーケットの視野がドバーンと広がったんです。

加えて、日本では日本のクリエイターのセンスを入れていこうとなりました。村上隆さんが、10年くらい前だったかと思います。ルイ・ヴィトンの村上隆バージョンを作るんです。ルイ・ヴィトンのモノグラムの「LVLVLV…」と描いてあるカバンの柄に自分のタッチを加えたものです。これがかなりセンセーショナルですが、受け入れるわけですね。これも若い世代に対してのアプローチです。

もっと引いてみると、ヨーロッパが作り上げてきた価値観とは違うもの、あるいはヨーロッパを作り上げてきたものとはまた違う美意識をそこに入れたことによって、違うストーリーも生まれるようになったということです。また違う角度から見れば、日本の人にとってみれば、自分の国のアーティストが世界的なブランドに認められたということになり、認めてくれたブランドに対しての「やっぱりこのブランドいいね」という感情がまた湧くのですね。

だからいろんな意味で日本のクリエイター、デザイナーを自分のブランドの中に取り込んで、第2世代第3世代のお客様を増やしていこうとした戦略が、功を奏しました。これはその後、ヴィトンに限らずいろんなラグジュアリーブランドが、東京に旗艦店みたいなものを作っていくひとつのきっかけになったんです。

表参道にエピセンターっていう建築があります。あれはヘルツォーク&ド・ムーロンというスイスの建築家が作ったものなんです。そういった商業建築をそれほど手掛けていない世界的な建築家、しかもものすごく前衛的な建築家に、プラダの期間店を東京に造らせました。あんなにラディカルな建物は、逆に他の国にはないんです。もちろんその後の上海とか北京とかだったらあるのかもしれませんが。でも青山にはできました。そこで世界中から人が見に来ます。「プラダというのは先進的で、新しいことを取り入れる会社なんだ」ということで、またブランド価値が上がるわけです。

ここにはもうひとつ違う角度からのものの見方があります。フランスやイタリアは、建築に対する縛りがすごく強くて、ああいったものを建てられないんです。日本は建てられるんです。ましてや中国はほぼなんでも建てられるんです。

東京オリンピックで最初にコンペティションに選ばれたザハ・ハディッドという人はアンビルド、実際には建築しない建築家ってずっと言われたんですよね。彼女が作るものは世界中のコンペティションで勝っていくんですが、でも実際作られたものはないんですよ、ほぼほぼ。東京の新しいオリンピック・スタジアムと、コンペで通ったので、彼女がやるはずだったんですけど、お金がかかりすぎるとか無理だとかいう批判を受けた形になって、ザハ・ハディッドはハシゴを外されちゃうんです。でも一方で中国にはザハ・ハディッドの建築は山ほどあります。何を造ってもいいですし、お金もじゃんじゃんありますから。

だからこれも大きな観点というところの、ラグジュアーの持っていき方なんです。ザハ・ハディッドみたいに名が通っていて、新しい前衛的な創造性を形にしていく人を、中国というマーケットは先駆的に取り込んでいったことによって、マーケットがますます強くなっていきました。結果、中国の立ち位置自体が、東京よりすごい建物があるということになるんです。

価値観の揺らぐヨーロッパに響くもの

栗野氏:話をヨーロッパに戻します。ヨーロッパはものすごく辛口の言い方をすれば、過去の遺産で食っているエリアです。エッフェル塔しかり、凱旋門しかり、フィレンツェの街しかり。もちろん彼らは新しいプロダクツを作っていますけども、それよりは過去に作ったものを世界中から人が見に来たり、例えば美術館に人が来てくれたりということを通して、国の立ち位置を作っています。フランスがひとつのブランドだとすれば、フランスというブランドを成り立たせている要素がルーブル美術館だったり、凱旋門だったりするんです。あるいは中に置かれているサモトラケのニケという彫刻だったり、モナリザだったりするわけです。そういう文化遺産みたいなものを集積することによって、フランスあるいはパリでブランドを100年も200年も300年もキープし続けてきたのです。コロナが開けたらおそらくフランスには世界中から人が行きます。これはやっぱり彼らが持っている強みです。ただ同時にこの2年間で「パリ行かなくてもいいじゃん」ということも起きてきたわけです。

今日の冒頭に「ポスト」がひとつ大きなキーワードだと申し上げました。ポストヨーロッパだったり、ポストヨーロッパ中心主義だったりということが今起こりつつあると思っています。スズサンの商品が日本以外のEUでの売上が落ちてないということ、売上の8割近くはヨーロッパでの売上だということが、具体的な答えになっていると思うんです。ではスズサンの商品は何なんだろうと考えると、それはクラフトマンシップ、職人芸なんですけども、ただの職人芸で終わっていません。これは世界語になっているんです。村瀬さんがおられたのは、ドイツの学校ですよね?

村瀬氏:はい、デュッセルドルフの学校です。

栗野氏:デュッセルドルフの学校を出られ、結果的にはブランド自体はドイツで立ち上げて、ものづくりは日本でお父様と一緒におやりになったという面白い構図があるんです。本人の思いついたことや受けた教育は日本の外にあるけれど、村瀬さんが日本の魅力や自分のお家がやってらした5代にわたるスズサン、あるいは200年続いた有松の魅力や価値を外から再発見することがそこにはあるんですね。そしてスズサンというブランドをお作りになったことが、結果的に12年前のヨーロッパにも響いたし、今その価値観が揺らぎつつあるヨーロッパにはもっと響いているし、これからますます響くだろうということが、僕が今分析している部分になります。

村瀬氏:そうですね。そうですねって言うとちょっとおこがましいかもしれないですけど(笑)。

栗野氏:いえいえとんでもないです。

村瀬氏:その分析で、ハマる部分も少なからずあると思います。この間ふと思いついたことなんですけども、ヨーロッパはどちらかというと目の文化だと思います。物を見る、そういう機能がある文化だと思うわけです。ただ日本はどちらかというと手の文化で、物を作り出すことができるわけです。それで触感というところが、まだ日本に残っています。文化があるということと、作れるということが、今必ずしも一致しない地域が多くなってきていると思います。その中で日本は幸いに文化があり、物を作り出せる手があるということで、その2つが揃っているということが、ヨーロッパから見る日本として希少だと思うわけです。

栗野氏:たとえ話というか実際あった話なんですけど、去年ぐらいですね、Covid-19がヨーロッパですごく広まっていって数ヶ月経ってからでしょうか。フランスの産業大臣か何かの役職にある人が「私たちはコロナに負けたんだ。なぜなら自分たちの国でマスクが作れない。医療用ガウンを作れない。海外から入ってくるのを待っているだけなんだ。」とおっしゃっていた覚えがあります。これはどういうことかというと、フランスはかつて物が作れる国だったのですが、でも物を作るということに対して非常に見下してしまい「物を作ることはアジアにやらせればいい、自分たちは高い美意識があるから、その美意識をブレイクダウンしたものをアジアで作ったらいいじゃん」という形になってしまったのです。結果的に、いざCovid-19みたいなエッジーな状況になったときに、マスク1つ、ガウン1つ作れない国になってしまったんだということを、おっしゃっていたんです。

(中編に続く)


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